復活祭(Easter) 13
【合衆国 USS第3艦隊 重巡洋艦<インディアナポリス>】
1945年12月22日 朝
初めに日本海軍の動向に疑問を持ったのは、ハインライン大佐だった。それはささいなものでハインライン自身も確信をもっていたわけではなかった。ゆえに彼は世間話の駒として、盤上に上げることにした。
「ちょうど、あのあたりでしたよ。当時の私は<ネバダ>の艦橋にいました。思い返せば、あれが魔獣とのファーストコンタクトでした」
<インディアナポリス>の艦橋から、ハインラインはフォード島を指した。傍らに立つ壮年の士官が、興味深げに目を向けていた。
「なるほど君にとってのフィリピンが、このオアフだったわけだね」
ウィットを込めて彼は言った。
それはマッカーサーを揶揄したジョークだった。4年前、かの元帥は魔獣の攻勢に耐えかねてフィリピンを放棄した。その際、「私は必ず帰ってくる」と言い残したのだ。
彼の誓約は、望まぬかたちで果たされた。合衆国が撤退後、日本が多大な犠牲とともに、死に物狂いでフィリピンを攻略した。南方資源地帯との海路を確保するためだった。マッカーサーが星条旗と日章旗が立ち並ぶレイテの飛行場に降りたのは昨年のことだ。
彼が日本軍に対して複雑な感情を抱く理由の一つだった。
「さすがに『私は帰ってきた』とは言えません」
ハインラインは苦笑しつつ、首を横に振った。
「4年前の私はあまりにも未熟で、そして事態は突然すぎました。だから、残してはならないものをここに置き去りにしてしまった」
「たしかに、我々は来るのは遅すぎたのかもしれない。しかし、無意味ではない。違うかね」
ハインラインの上官は諭すように言った。
「ええ、その通りです。スプールアンス閣下」
レイモンド・スプールアンス大将はカーキ色の士官用勤務服を身に着けていた。空調が効いているとはいえ、ネクタイまで締めている。この提督の几帳面な人柄を端的に表していた。さすがにジャケットまでは羽織っていない。
ハインラインも同様の格好だが、彼はネクタイは締めず、第一ボタンを緩めていた。
数か月前まで、ハインラインは『猛牛』ことウィリアム・ハルゼー提督の第5艦隊に身を置いていた。現在は、スプールアンスの第3艦隊に出向している。ハルゼーの持病の皮膚病を悪化させ、入院したのがきっかけだった。スプールアンスの第3艦隊がハルゼーの第5艦隊に代わり、復活祭作戦の基幹戦力となった。
不運な同僚の見舞いに訪れたスプールアンスは日本海軍との連絡役に適当な士官がいないかハルゼーに尋ねた。第3艦隊は、創設後大西洋に展開されていたため、極東の島国とは縁遠い関係だった。ハルゼーは不満げな顔で、麾下の幕僚から選出した。ハインラインであった。
「もしかしたら、ハルゼー提督なりの計らいだったのかもしれんよ。君が、あのときパールハーバーにいたのは彼も承知していたからね」
スプールアンスは諭すように言った。
「仮にそうだとしたら、私の身に余る幸運です。再び、この海に星条旗がはためく瞬間を見れたのですから。もちろん、すべてがあのときとは同じわけではありません──」
フォード島には3種類の国旗が掲げられていた。星条旗の横に、日の丸とユニオンジャックが風を受けて、はためている。
「頼もしき我らが同盟国、今や彼らなしでは本土の維持もままならない」
「思えば、フォード島の情景は合衆国をとりまく状況の縮図です。いささか不完全なピースがありますが」
ハインラインはあからさまに言葉を濁した。
「何か思うところがあるのかな?」
「いいえ、他意はありません。同盟国の献身には感謝すべきです。そして彼らにはそれを主張する権利があります。現に英国人は彼らの王の行幸を願ってきました」
英国海軍は、フォード島に戦艦<キング・ジョージ5世>を入港させていた。政治的な効果を狙ったものだ。かの国の王の名を冠した戦艦が、旧植民地の回復に訪れたのだ。
「同様の要求が日本人からも来ると考えていました」
「それについては、私も同感だ」
元が軍港とはいえ、フォード島の収容隻数には限りがあった。3か国の艦隊をすべて吸収できるほどではない。しかしながら、スプールアンスは良識ある軍人だった。具体的には政治的なセンスを備えている。彼はこの作戦における各国のプレスが欲しがる絵が撮れるよう、フォード島の岸壁を同盟国に開放した。戦艦<キング・ジョージ5世>が停泊しているのも、その一部だった。
「<タイホウ>が入港してくると思ったのだが、少し残念だ。間近で日本の最新鋭艦を観察するチャンスは得難いものだからね」
フォード島には戦艦<イセ>が停泊していた。それなりに威容のある艦だが、旧式で他の艦に比べると見劣りする。政治的な効果を狙うのならば、帝国海軍最大の空母を舞台に上げるべきだった。
「ええ、まったくです。彼らはフォード島よりもラウラヌイ島のほうが好みのようです。あの狭い海域に主力の空母を4隻も停泊させるほどに」
ハインラインは駒を置いた。
日本海軍は旗艦<大鳳>と雲龍型空母3隻をパールハーバー北西のラウラヌイ島周辺、カパパプヒポイントの近くに停泊させていた。それはまるで海岸一帯を守護する城壁のようだった。
「なるほど、それは興味深い話だ」
スプールアンスはハインラインの駒をとった。
ラウラヌイ島周辺は大型船舶の停泊には適した海域と言い難かった。水深も浅く、入り組んだ海域で外海へ出るのも苦労する。何の理由もなく、わざわざ主力空母を4隻も投入するところではなかった。
「ハインライン大佐。日本人があの海域の何を気に入ったのか、君にはわかるかね」
「サー、残念ながら私には皆目見当もつきません」
「よろしい。ならば、見識を深めてきたまえ。そして、私に教示してもらえるとありがたい」
「イエス・サー」
ハインラインは敬礼をすると<インディアナポリス>の艦橋を後にした。
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次回7月26日(日)に投稿予定
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弐進座




