表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

229/471

復活祭(Easter) 12


 ジョセフは、可能な限りあまさずに数年前からの変遷を伝えた。榊は日本が無事であることを知り、安堵した。そして、合衆国と同盟を結んだ事実に驚愕した。あまつさえ、このオアフに同胞の部隊が来ていることを伝えられ、涙した。


 アメリカ人の青年は数時間ひたすら話を続け、サカキの積もった懸念を振り払った。やがて青年は体力の限界を感じた。


「サカキ、すまない。少し休ませてくれ」


「ああ、構わんよ。聞きたいことは十分に聞けた。ありがとう」


 ジョセフはほっとしたように肯くと寝台に身を横たえた。やがて睡魔に誘われるまま、意識を沈降させていった。


 榊はしばらくパイプ椅子に座ったまま、その様子を眺めていた。そしておもむろに立ち上がると、洞窟の奥にある木箱を開けた。年代物のラム酒が入っていた。煤けたグラスと一緒に取り出し、榊は外へ出る。


 緞帳のごとく空を覆った雲は消えさり、満月がオアフの森を照らし出していた。洞窟から持ち出したパイプ椅子に腰掛け、 ラム酒のコルク栓を開ける。煤けたグラスに透明の液体が満たされる。


「乾杯」


 榊は月にグラスを捧げると、一気に飲み干した。ほのかな甘みのあとで、喉から食道を酒精が焦がしていき、鳩尾(みぞおち)が暖められた。


「神様、ありがとうございます。本当に──」


 雨上がりの大地に、塩分を含んだ水滴が吸い込まれていった。

 


【ワイナイエ山中】

 1945年12月21日 深夜

 

 黒木たちが野営の準備に入ったのは、日も暮れかけた頃だった。


 本来ならば、もっと早い段階で取りかかるべきだった。いや、より正確には、山中で野営などすべきではなかった。一度ベースに戻り、物資の補給をすませておくべきだ。医薬品と糧食は十分足りている。隷下の兵士に損害はなく、弾薬の損耗も軽微だった。ただひとつ、火炎放射器の燃料が心許なかった。予備のタンクがあるが、それが空になったら引き返す必要が出てくる。


──今さらどうしようもない。雨と無縁の状況だけでも御の字だ。


 黒木は満天の星空を仰いだ。幸いなことに、無電によると明日は晴れらしい。洋上の第八艦隊経由で気象予報が部隊に通達されている。ことに密林の戦いにおいて、気象は重要な要素だ。豪雨ならば視界が限られ、冷えた身体を乾燥させる必要が出てくる。感染症への配慮も欠かすことはできない。晴天ならば、熱による消耗を気にかけなければならない。


 それだけではない。魔獣への対処行動も変わってくる。


 捕食樹(プラントイーター)が良い例だった。あの植物性魔獣は雨天時に活発化する特性をもっている。黒木がかつて所属していた部隊が壊滅しかけたときも、スコールの最中だった。体内に水分を吸収し、水圧を調整することで、あの驚異的な膂力を発揮しているのではないかと考えられている。

 天候に限らず、時間帯も戦術的な要素に含まれている。


 まことに厄介なことだが、夜行性の魔獣は少なくないのだ。


 黒木が数名の部下と共に歩哨に立っているのも、決して規則によるものではなかった。必要に迫られて行っているのだ。いかに味方が優勢であっても、魔獣が殲滅されたわけではない。目前の暗闇の奥から、じっとこちらを伺っている。そんな気配を黒木は感じていた。


 ふいに背後で足音がして、ゆっくりと振り向く。


 数名の兵士が連れ立っていた。


「軍曹、交代です」


 分隊長の上等兵が声を落として言った。


「もう、そんな時間か。少尉殿(・・・)の様子は?」


「ようやくお休みになりました。まったく子守は勘弁ですよ」


 上等兵は肩をすくませた。黒木は苦笑で同意をあらわした。


 中隊本部から連絡将校の少尉が派遣されてきていた。小隊は無線を装備しているので、伝令自体不要のはずだが、この少尉は熱心なことに自ら指揮官代理とし志願してやってきたらしい。


 問題は、少尉が密林の中を貧弱な装備で来たこととだった。無線で彼の存在を知らされた黒木は、幾分かの人手を割いて捜索に当てた。幸い、すぐに保護(合流)できたが、それは黄昏時のことだった。


 夜中の行軍は避けるべきかどうか悩んだ黒木に、少尉は野営をするように命じた。


 その結果が今である。黒木の予定では海兵隊のベースまで戻り体力回復を図るはずだったが、魔獣だらけの密林で夜通しの番に付き合わされる羽目になった。


「明日の朝にはお帰り願おう。そいつがお互いのためさ」


 上等兵の肩を叩き、黒木は言った。


「引っ込んでくれれば良いですがね」


「大丈夫さ。無線で少尉のご活躍を中隊長に伝える。少佐なら察してくれるだろうよ」


「そりゃあいい。どうやら少尉殿はご自分の判断で、我々の加勢にこられたようですから。忠君報国の篤い志に今井少佐も感激されるでしょう」


「そうだな。こんな地獄に好きこのんで来るのだから──」


 表情を変えた上等兵の視線に、黒木は気がついた。咄嗟に振り向き、遙か先の茂みが僅かに揺れていることを認める。


 指示されるまでもなく、彼と周辺の兵士は姿勢を低くし、膝射態勢を整えていた。


 やがて茂みから正体の一部が現れ、黒木は舌打ちして叫んだ。


「撃て!」


 数発の小銃弾が茂みに吸い込まれる。しかし相手に怯んだ様子はなかった。


 すぐに背後の兵士に目配せをする。


「後退! 距離を取れ! それから機銃を持ってこい! 擲弾筒もだ!」


 黒木達の後を追って、暗闇から魔獣が姿を現わした。


 赤茶けた甲殻と巨大なハサミ、禍々しくソリ上がった尾の先には鋭利なトゲがあった。


 大サソリだった。


 全長は3~4メートルほどはある魔獣だ。


 小銃で倒すには骨の折れる相手だった。



◇========◇

次回7月19日(日)に投稿予定

ここまで読んでいただき、有り難うございます。

よろしければご感想やブックマーク、ツイッターでフォローをいただけますと幸いです。

本当に励みになります。

引き続き、よろしくお願い致します。

弐進座



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「TEAPOTノベル」でも応援よろしくお願いいたします。

もし気に入っていただけましたら Twitter_logo_blue.png?nrkioytwitterへシェアいただけますと嬉しいです!

お気に入りや評価、感想等もよろしくお願い致します!

ツギクルバナー cont_access.php?citi_cont_id=681221552&s 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ