復活祭(Easter) 6
【オアフ島西部 ワイナイエ】
1945年12月21日 午前
ジョセフ・ラスカー一等兵は今年の9月に配属された新兵だ。昨年、彼は重大な人生の選択を行った。すなわち海兵隊へ入隊届をだしたのだ。同世代の友人よりも一足早く、彼は軍役に就こうとした。それは、健全な愛国心と自立心に富んだ気質によって導き出された選択だった。
正式入隊前に、彼はサンディエゴで三ヶ月にわたる過酷な訓練を受けた。いかなる事情、身分であっても、この訓練課程をクリアしなければ入隊は許されなかった。三ヶ月(より正確には14週間)後、ラスカーは訓練課程を終え、海兵隊員となった。その後は歩兵学校ヘ進み、今に至っている。
思えばサンディエゴはクソみたいなところだった。教官は自分の親父よりもよほど歳を食って、そのくせやたらと腕っ節の強いジジイだった。そいつが鼓膜が破れるほどの怒鳴り声でがなり立て、人格を否定し、少しでも口答えしようものなら、キツいしごきを課してきた。暴力こそふるわれなかったが、いっそのこと殴られた方がマシだと思えるほど、グラウンドを走らされた。野外訓練では生傷は絶えず、初めの数週間は疲れすぎて満足に飯も食えないほどだった。
後悔は何度もしたが、ジョセフに戻る道はなかった。彼は実家を勘当されていた。生来、父親と彼はソリが合わなかったのだ。彼の父は地元で中規模の金型工場を経営していたが、BMとの戦争特需でのし上がった。住民にとっては気前の良い名士だったが、ジョセフにとっては戦争を食い物にした俗物だった。
そんな父が陸軍へ行くように命じてきたとき、ジョセフは反発した。浅ましい魂胆が見え透いていたからだ。陸軍には、ラスカー家の親戚が士官として入隊していた。父は親戚のコネクションを使い、息子を後方勤務へ回すよう手配するつもりだった。下手をしたら、地元の議員に賄賂を送って徴兵を遅らせていたかも知れない。
今となっては、確かめようがないが、純朴な愛国心を抱える青年にとって冒瀆以外の何ものでも無かった。サンディエゴへ行く前日、ジョセフは父親から一発だけ拳をもらい、自由を獲得した。母親を泣かせてしまったのが、唯一の心残りだった。
とにかく、ジョセフは国に貢献したかった。そうすれば成り上がりのラスカー家の息子ではなく、合衆国市民ジョセフ・ラスカーとして誰もが認めてくれると思った。その意味で、海兵隊は理想的な環境に思えた。
合衆国海兵隊は地獄を好む尖兵として、世に知れ渡っている。過去4年間、主に太平洋において彼等の異名は確立された。BMとの戦争が勃発したとき、陸軍は北米の防衛に忙殺されていた。そのため、必然的に海兵隊は北米以外の戦区を担当せざるをえなかったのである。合衆国は本土以外にも守るべき同盟者を抱えていた。それらは太平洋の島嶼部に散らばり、渡洋能力を有する部隊しか対応できなかった。例え、それが二万人足らずであっても、彼等は等しく義務に忠実な兵士だった。
最初の組織的な軍事行動はパプアニューギニアで行われた。日本軍との協同作戦だった。同地を占拠していた魔獣の群体を排除する作戦だった。その後、オーストラリア、フィリピンへ転戦し、屍と共に戦果を積み上げていった。いずれも、簡単な戦いではなかった。上陸時は水棲型の魔獣へ一方的に嬲られる恐れがあり、上陸後も兵站が確立されるまで困難がつきまとう。ようやく脅威が排除できたところで、次の地獄が待ち受けている。
9月に配属された後、激烈な上陸訓練を経て、12月にジョセフはオアフの土を踏んだ。
サンフランシスコで輸送船に乗り込むとき、内心では不安と期待が混合され、興奮を抑えきれなかった。初陣が、ハワイの奪還だと聞かされたとき、彼は運命を感じた。ようやく自分の存在を証明できるときが来たと確信した。
ゆえに彼の失望は大きかった。オアフは彼の望んだ地獄とはまっとくかけ離れた場所だったからだ。戦闘らしい戦闘も行われなかった。魔獣と遭遇したが、どれも小型で戦意に欠けていた。一方的に銃弾でなぎ倒される的だった。戦友達はスコアで賭けをはじめてしまった。ジョセフは自分が何をしにきたのか、わからなくなった。戦闘前の興奮は完全に冷め、不安や期待を覚えていた自分が愚か者に思えた。
いっそ陸軍に転属願いを出そうかと妄想したとき、ようやく彼の望む地獄が訪れた。
午前中、ジョセフの小隊は偵察のため、オアフ東部にあるワイナイエ山岳地帯へ入った。事前に聞いてはいたが、オアフの山岳部は長年放置され、植生が随分と変わっていた。BMや魔獣の影響か、在来種の他に見たこともない大型のシダ植物が至るところで幅をきかせていた。それらは身の丈ほどの高さで、視界の確保を困難にさせるものだった。マチェットで前方を切り拓きながら進んでいると、しばらくしてスコールが訪れた。小隊長の少尉が周囲を警戒するように命じる。ただでさえ不明瞭な視界が、より一層限定された。いやな予感をジョセフが覚えたとき、スコールの雨音に紛れて背後から悲鳴が聞こえた。
振り返った先で、彼の同期が緑色の物体に覆われていた。はじめ巨大な風船に思えたが、違った。花だった。緑色の硬い花弁を持つ巨大な植物だった。そいつが、ビルの上半身から丸呑みにした。
「畜生め…!」
悪態と当時に射撃命令が下った。ジョセフはM1ガーランドのトリガーを引いて、茎の部分をずたぼろにしようとしたが、叶わなかった。何者かが彼の足をはらい、銃口は空を向いた。咄嗟にジョセフはマチェットでなぎ払い、解放された。
「なんだ……」
呆然と自身の足へ目を向けると、太い蔦が巻き付き、頭足類のようにうねっていた。嫌悪感とともに、引き剥がし、再びガーランドを手にする。
周囲では惨劇が起きていた。ビルを飲み込んだ捕食樹がいたるところで海兵隊員を餌食にしていた。
完全な奇襲だった。
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次回6月7日(日)投稿予定
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弐進座




