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幼年期の記憶(Once upon time) 16:終

【上大崎 海軍第二技術研究所】

 昭和二十(1945)年十二月七日 夕刻


 執務室の黒電話が鳴った。すぐに受話器をとったのは、矢澤中佐だった。電話の種類から内線だとわかっている。彼は、労いの言葉をかけると受話器を降ろした。


「竹川中尉の意識が戻りました。どうやら過度の過労がたったようです」


 六反田は「そうか」と頷いた。執務机に体積の大半が脂質と化した足を乗せた状態だった。腹の上に分厚い報告書を載せて目を通している。


「腰をやりますよ」


 呆れた口調で矢澤はたしなめた。


「お気遣い痛み入るよ。それよりも竹川君は帰らせておけ。明日は来んでよろしいと伝えろ。これは命令だ」


「承知しました。妥当ですね」


 六反田へ調査報告を行った後、竹川は自室へ戻る途中で倒れたのだ。


「まあ、場合によっては君の判断で二、三日休ませろ。オレの命令扱いでかまわん。まだ靖国行きは早いだろう。それに彼には、この先も役立ってもらう。矢澤君、我々は真実の原石を得たのだ。竹川君には、そいつを研磨してもらわねばならん」


「ええ、ユナモちゃんの言う光る竜が居るとしたら、我々を取り巻く状況に新たな要因が加わったことになります」


「ああ、全くその通りだ」


 六反田は投げ出した足を床に戻すと、腹の上に載せた報告書を机に置いた。


「竹川君のこいつを読む限り、古代こちら側に来た竜はBMと無関係と結論づけている。鬼の嬢ちゃん(ネシス)も言っていたが、向こうの世界じゃ竜は大昔からいたそうだからな。ラクサ某が来たのは、その後だ。つまりBMを送り込んだ不愉快な奴らと竜は元から繋がっているわけじゃない。全く別の存在だ。こいつが何を意味するかわかるだろう」


「第三勢力、不確定要素、あるいは新たな脅威。言い換えるのならば、そんなところでしょうか」


「実に官僚的な修辞法(言葉遊び)だな」


「昔取った杵柄ですよ。私も霞ヶ関の端くれでしたから」


「まあ、間違ってはおらん。オレの解釈は少し違うが」


「なんです?」


「野良(ドラゴン)だよ」


 矢澤は失笑したが、六反田にとっては心外だったようだ。


「おいおい、儀堂君のシロの例を考えてみろ。人に飼われる竜がいるとしたら、野生の竜がほっつき歩いていても可笑しくはあるまい。まあ、歩くよりは飛ぶ方が正しいか。どっちでもいいが、あらゆる世界を行き来している竜がいるとしたら、そいつとなんとかしてコンタクトを取りたい。竹川君には引き続き、その方法を探ってもらう」


 矢澤は頷きつつも、眉間に僅かな皺を寄せた。


「しかし、これ以上調べたところで何かわかるとは思えませんが」


「そうでもないぞ。肝心なことを忘れちゃいないかね」


 試すように六反田は言った。矢澤は顎に手を当て、数秒経た後に気がついた。


「シロですか」


 六反田は片方の口角を上げた。


「我々は運に恵まれているな。上手くいくかどうかはさておき、試す価値はあるだろう」


「上手くいかなかった場合は?」


「簡単だ。探してもらう。ここ(・・)にいる限り叶わぬのならば、外に出てもらうだけさ。考古学に現地調査(フィールドワーク)はつきものだからな。なんにせよ。我々には時間がない。北米がいつまでももつかわからんからな。事と次第によっては──」


 六反田を遮るように、黒電話が鳴った。すかさず矢澤は受話器をとった。短いやりとりの後で、六反田に受話器を渡した。相手は井上海軍大臣だった。六反田は挨拶代わりに嫌みの応酬を行うと、急に神妙な顔つきになった。そして、しばらくした後で静かに受話器を降ろした。


「やれやれだよ」



「いかがしました」


「遣米軍司令部からの情報だ。合衆国がハワイ奪還に動き出したらしい」


 矢澤は言葉の意味を理解するのに数秒かかった。そうして、ようやく彼なりの感想を述べた。


大統領選挙(エレクション)はまだ先のはずですが」




【東京 霞ヶ関】

 昭和二十(1945)年十二月十五日


 霞ヶ関の水交社に入ると、すでに彼を呼び出した友人は席に着いていた。給仕(ボーイ)の案内を断ると、竹川は向い側の椅子に座った。


「小鳥遊君、すまない。遅れてしまった」


 律儀に頭を下げる竹川に対し、小鳥遊は苦笑した。


「いや、こちらこそ呼びだしてすまないね」


 小鳥遊は給仕を呼ぶと、ビールを注文した。数分後、運ばれてきた黒いラベルの瓶を傾けると、二人は乾杯した。


「どうしたんだい。君からの呼び出しとは珍しい」


 コップを空にした竹川は二杯目を注ぎながら言った。小鳥遊は唐揚げを小皿に乗せると、卓上の塩を少し振りかけた。


「いや、実はしばらく内地を離れることになりそうでね。離任前の挨拶だよ」


 竹川は、僅かに目を丸くした。


「次の任地は?」


「はっきりはしていないが、恐らく中米か欧州だよ」


「中米だって? 欧州はまだ察しがつくけど、中米に何があるんだい」


「年明けにパナマで国際会議がある。パナマ条約の改正に絡んで、列強各国のお歴々が顔をつき合わせるわけさ。その随行員になるかもしれない」


「それは大変だなあ」


 同情的なぼやきに対して、小鳥遊は首を振った。


「そうでもないよ」


 実際のところ、小鳥遊の心境としてはまんざらでもなかった。ようやく煩わしい霞ヶ関の政治劇から解放されるのだ。その代わり随行員として厄介な露払い(事前交渉)を押しつけられるかもしれないが、それはそれで本望であった。少なくとも、戦時における魔獣の運用法及び監督省庁の職掌配分会議などという、出口の見えない省庁間の綱引きに付き合わずに済む。


「とにかく、そういうわけでしばらくの間はこうして飲めなくなる。君の方は、以前よりも元気そうだな」


 竹川は少しやせたようだが、以前よりも目つきに生気に溢れているように感じられた。顔色が良くなり、表情筋に健康的なはりを帯びている。


「まあ、ぼくなりにひとつ解答を得たからかな」


「それは軍機に関わることかい」


 茶化すような小鳥遊に、竹川はニコリと笑った。


「どうだろう。それよりもずっと大切なことかもしれない。あるいはいつもどおりの与太話かも。記憶の話さ」


「心理学かな」


「さながら歴史の心理学というところだね。人類(ぼくら)が幼年期から受け継いできた記憶の話だよ。まあ聞いてくれ。昔々あるところに──」



◇========◇

次回4月26日(日)投稿予定

ここまで読んでいただき、有り難うございます。

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本当に励みになります。

引き続き、よろしくお願い致します。

弐進座


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