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幼年期の記憶(Once upon time) 6


「ここに書いている日付は間違いないのですか? それに、いったいどこで撮られたのですか?」


 竹川の声はかすれていた。あまりの衝撃に冷や汗が吹き出し、喉の渇きを覚えつつある。六反田は上客を前にした古美術商のように笑った。


「日付は本物さ。一九一五年、撮られた場所は北大西洋。より正確にはアイルランド沖だ」


 竹川は六反田の言葉を反芻した。史学者である彼は一九一五年が示す意味に気がついた。


「欧州大戦……」


「その通りだ。昨今では、第一次(・・・)大戦などと呼ばれているようだがね。そいつの最中に撮られたものさ。撮ったのは貨物船イベリアン号の乗組員だ。そこでバラバラになっている船の生き残りだ。イベリアン号はアイルランド沖を航行中、独逸のUボートに遭遇した」


 第一次大戦中、独逸はUボートによる通商破壊戦を大西洋を中心に行っていた。当時イベリアン号は英国船籍の船であり、Uボートにとっては格好の獲物だった。イベリアン号を標的に捉えたのは、U-28だった。U-28の艦長は魚雷の節約のため、浮上して警告を行った。


「今では考えられんがね。独逸海軍も紳士(プロイセン)的な時期があったのさ。まあ背景には経済的な理由があったわけだが。イベリアン号はUボートから数発の警告射撃を食らった後で、停船に応じた。問題はそのあとでおきた」


 イベリアン号のキングストン弁が抜かれ、浸水が始まったときだった。突如、後部右舷に水柱が上がった。その後、船は大傾斜を起こし、数隻の救命ボートを巻き込みながら沈んでいった。無事だった救命ボートの乗組員は恐怖、パニックに陥った。彼等はUボートが無警告に魚雷攻撃を行ったのだと思った。しかしながら、数分後、それは誤りだとさとった。イベリアン号が完全に沈んだ後、猛烈な水中爆発が巻き起こった。そして瀑布のような水柱の中から、巨大な顎が現れたのだ。


「無事だった救命ボートに英国人の写真家がいてな。彼はブローニー社のボックスカメラを所持していた。肝の据わった奴だったのかどうか知らんが、咄嗟にシャッターを切った。おかげで、我々はこの写真を拝めることができたわけだ」


「Uボート、つまり独逸側の記録はないのですか」


 六反田の話を聞きながら、竹川は食い入るように写真を見ていた。


「あるにはある。だが、信憑性には乏しい。残念ながら、母港のキールの酒場で与太話として処理されたようだ。公式記録にも残っておらん。まあ当然だろう。あの時代にサーペントを見たなどと話したら、それこそ狂人扱いだ」


「英国は違ったと?」


「いいや。数年前までは似たようなものだった。写真の原板は一種類だけで、あとは証言のみだったからな。その後の目撃例もないとくれば、眉唾ものだろう。実際ところ、BMの出現が無ければ歴史の闇に葬られただろうさ」


「奇跡ですね。よくぞ今まで残っていたものです。この写真の資料価値は計ることはできない」


 竹川は純然たる感動を覚えていた。六反田は自分の目に狂いが無かったことに満足を覚えた。


「君なら、そいつの価値がわかるだろうと思った。ついでに、そいつが意味するところも大よそ思い至るだろう」


「ええ、もちろんです。第一次は今次大戦と大きく状況が異なっています。欧州でBMは目撃(・・・・)されなかった(・・・・・・)。単に発見できなかっただけかもしれません。いずれにしろ、彼等は来ていた(・・・・・・・)


「その通りだ。さて竹川君、着任早々で悪いが君に幾つかやってもらいたいことがある」


「なんなりと仰ってください」


 竹川は瞳を怪しく輝かせながら身を乗り出した。人殺しに通じる狂気を感じ、六反田は苦笑した。


「手始めに、君にはうちの機関の調査部に入ってもらう。そこで、ある種のゲームをやってほしい」


「ゲーム?」


 肩すかしを食らったように竹川は聞き返した。


「推理だよ。その調査部の目的はただ一つ、魔獣とBMの出所を突き止めることだ。奴らがどこからやってきたのか、どうやってやってきたのか、君の観点から仮説を立てろ。いいな」


「畏まりました。やります」


「良い返事だ。おい矢澤君、彼の配置へ案内してやれ」



 竹川と共に廊下へ出た矢澤は、そのまま連れだって歩いた。


「びっくりしただろう」


 矢澤は背後を軽く振り向くと、労うように言った。


「はい。思いも寄りませんでした」


「大変だと思うが頑張ってくれ。私は矢澤中佐だ。閣下の副官だが、出納係とでも思ってくれ。必要な資料があれば、私に言ってくれれば経費として賄おう。人の手配についても閣下が必要と認めれば融通する。まずは、気軽に相談してくれ。何か要望はあるかね?」


「ありがとうございます。その、ひとつ教えていただきことがあります。これは六反田閣下に聞くべきか迷ったことのなのですが」


「私で答えられることならば、構わないよ」


 歩きながら、矢澤は肯いた。廊下の端にある階段にさしかかると、そのまま降りていく。竹川は早歩きで付いていった。


「もしBMの出所がわかったとして、それは敵の居場所を捕捉できたことになります。そうなると、我々は軍人ですから、つまり――」


 内心で意外な思いを抱きつつも、表情に出さないよう矢澤は努力した。


「竹川中尉、君の質問について私は答えを持っていないと思うよ」


 無機質な回答、その言外に含まれるものをすぐに竹川は察した。


「承知しました」


「ああ」


 二人は、そのまま玄関に停まっているセダンに乗り込んだ。運転手に上大崎へ行くよう、矢澤は指示した。


「上大崎まで、行くのですか?」


「実は、そうなんだ」


 怪訝な顔の竹川に、矢澤はすまなそうに言った。


「君の配置先は、ここではない。実は移転することになったんだ。いや、元に戻ると言うべきかな」


「どういう意味でしょうか?」


 今度は矢澤が訝しむような表情になったが、すぐに得心した様子になった。


「ああ、そうか。君は予備士官だったな。元々、海大は上大崎にあったんだ。ただ、五年前に東京湾BMが現れた際に手ひどく破壊されてね。築地の古い方の海大施設を流用していたんだよ。今月から少しずつ移転作業が始まっている。私も何回か行き来しているが、新庁舎はなかなか良い出来だったよ。空調が入っていた」


 セダンは正門をくぐり、目黒方面の道を辿った。


 上大崎の新施設で、竹川は生きた伝承に出会うことになる。


◇========◇

次回2月16日(日)投稿予定

ここまで読んでいただき、有り難うございます。

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本当に励みになります。

引き続き、よろしくお願い致します。

弐進座


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