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幼年期の記憶(Once upon time) 2


 グラスを傾けて数時間後、竹川は限りなく酩酊に近い状態になっていた。小鳥遊(たかなし)も竹川ほどではないにしろ、帰りをタクシーを呼ぼうか思案するほどには酔っている。


「そう言えば―」


 竹川は、それまで着崩していた上着の第一(ボタン)をかけなおした。あたりには彼等以外の士官達の姿も見られるようになっていた。


「そろそろ行儀良くした方がよさそうだね」


 小鳥遊は苦笑した。


「確かに」


 海兵出の士官の中には、予備士官のことを快く思っていないものもいる。下手に羽目を外して、目をつけられては堪ったものではない。


「今日は何の用事で霞ヶ関(かすみがせき)に来たんだい?」


 小鳥遊のグラスにビールを注ぎながら、竹川は答えた。


「人事局から呼び出されてね。次の配属先が決まりそうなんだ」

「へえ、それは―」

「小鳥遊君の方はどうしてここに?」

「私は、まあ、ちょっとした会議に顔を出した帰りというところかな」


 言葉を濁すような小鳥遊の返事に、竹川は訳知り顔で肯いた。恐らく軍機なのだろうと思った。


「そうか。そいつはおつとめご苦労さん」

「ああ、ありがとう」


 竹川の察する通り、むやみに口外できない会議だった。司法省の一室で行われたもので、そこには農林省や内務省、さらには陸軍省の法務担当官が一堂に会していた。小鳥遊は海軍側の代表のひとりとして、呼び出されていた。議題は魔獣の運用に関する法的な整備についてだった。


 どこぞの莫迦が帝都近郊で派手にドラゴンを飛ばしたせいで、七面倒極まりない会議が開かれたのだ。何しろ前例がなさすぎるのである。小鳥遊個人の見解では、いずれは必要になるだろうと思っていたが、本格的な検討は先延ばすべきだと思っていた。案の定、会議は紛糾し、次回に持ち越されることになった。


――軍の装備品扱いにして暫定運用……そんなところか。


 落としどころとしてはそこだと考えていた。少なくとも、この戦争が終わるまでは応急措置的な判断になるだろう。ただ、その判断に落とし込むまで、どれほど会議が開かれるのか考えたくも無かった。


「どうかしたのかね? 君、眉間にえらい皺を刻んでいるよ」


 訝しむ竹川に、小鳥遊は手を振るとこめかみを軽く揉んだ。


「いや、なんでもない。ところで君の配属先はどこになりそうなんだ? アラビア海あたりかな」

「実は内地になりそうなんだ」

「それは―」


 小鳥遊はそっと顔を前に出すと、小声で「いいことじゃないか」と言った。内地勤務なら危険も少ない。それに海上勤務より、よほど自由が利く。加えて、日本の地面を踏んでいられるのは何よりも得難いことだった。


「どうなのかなあ」


 竹川は浮かない顔だった。


「何か懸念があるのかい」

「いや、どうも海軍大学校(かいだい)へ行くことになりそうなんだ」

「海大? それはまたすごいじゃないか」


 士官が海大へ配属される状況は大きく二通りに別れる。指導教官として着任、あるいは高級幹部候補として入校のいずれかである。竹川の年齢と軍歴から、前者とは考えにくい。


「君、地中海で相当な活躍をしたんだね。予備士官で海大へ入校なんて海軍始まって以来の快挙だよ」


 自分のことのように喜ぶ小鳥遊に対して、竹川は小さく首を振った。


「違うよ。文字通り、海大へ配属(・・)されるんだ」


 小鳥遊は目を見はった。


「まさか指導教官として行くのかね?」

「ああ、ごめん。言葉足らずは、ぼくの悪いくせだな。どうやら、海大の研究機関に助手として行くことになるみたいだ」

「研究機関に? それはまた意外だね。なんで、またそこに?」

「わからない。聞いた話だと、そこの機関長がぼくの論文(レポート)に興味を持ったらしくてね。まあ、論文と言うほど大したものじゃないんだが。メモ書きみたいなものさ……」


 竹川が軍へ入隊する直前、大学の研究室にいた際に書かれた論文らしい。彼の研究室の教授が、海大の機関長と知り合いだったらしく、その縁で呼ばれたようだ。


「世の中、何がどう転ぶかわからないものだね」


 本心から小鳥遊は思った。十年前に彼が描いていた人生の青写真は、国際派の弁護士としてロンドンやサンフランシスコ、世界中を行き来する日々だった。

 現実では確かに、彼は世界中を行き来しているが、弁護すべき対象はどこにもいない。


 竹川とて変わりは無いだろう。いち研究者として、自身の分野へ没頭、真理を探究する日々を描いていたはずだった。

 それが、このようなかたちで実現するとは夢にも思わないだろう。


「いったい、どんな論文なんだい。確か、君の専攻は史学だったな」


 海大へ引っ張られるくらいだから、よほどの内容だろう。竹川の専攻科目を考えるに、予想だにできない。何か戦史に関わるものだろうか。


 小鳥遊は久方ぶりに自身の知的好奇心が刺激されているのを感じていた。竹川は口元に笑みを浮かべながら、少し眠たげな口調で話し始めた。


「いや、大したものじゃないんだ。魔獣との戦争について、疑問に思ったことを書き連ねたものだよ」

「何を疑問に思ったんだ?」


 竹川は安物の煙草に火をつけた。


「なんというか妄想に近いんだがね。ふと思ったんだ。なんで魔獣は神話や伝説上のドラゴンやヒュドラに酷似しているんだろうかってね。これっておかしいことじゃないか」


◇========◇

次回1月19日(日)投稿予定

明けまして、おめでとうございます。

旧年より読んでいただき、本当に有り難うございます。


申しわけありません。1/5投稿予定だったのですが、予約設定を失念していました。


よろしければご感想、フォロー・評価やツイートをいただけますと幸いです。

引き続き、今年もよろしくお願いします。

弐進座



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