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幼年期の記憶(Once upon time) 1

人間は、古来より記録する生き物である。記録媒体(メディア)は多岐に渡り、石板(ストーン)から葦の束(パピルス)、そして(ペーパー)に至る。


形式(フォーマット)も進化し続けてきた。漢字のように象形的に誇張(デフォルメ)されることもあれば、アルファベットのように音素を記号で現わす原始的(プリミティブ)な形式もある。いずれも、数千年かけて人類が整備してきた記録の作法(プロトコル)である。記録によって、ある意味、人類は時間と距離を超越することになった。


記録は作成者の死後も残り続け、先人達の軌跡が後世に伝えられるようになった。個体としては活動期間が限られている人類だが、記録は失われない限り生き続ける。残されたものによって引き継がれ、リレーされていくのだ。


昨今では逐次情報は保存(セーブ)され、あらゆる学術分野の発展に寄与している。それらは電信技術の発達によって、海を渡り、山を越えて、容易に伝播可能となっている。


さらに現代において、記録はいくつかの分類がなされるようになった。あるものは神話、または歴史、ときには創作(フィクション)とラベルが添付される。それらのラベルは定期的に見直されることがあっても、年を重ねるごとに固定化されてしまう。


しかしながら何事にも例外はある。

イーリアスに熱狂し、トロイアを見出した独逸人のごとく。



【東京 霞ヶ関】

 昭和二十(1945)年十一月七日


 その日の昼下がり、いくつかの偶然が重なって、小鳥遊俊二(たかなししゅんじ)少佐は水交社の食堂を訪れた。


 東京の空は曇っていた。街路樹の銀杏は葉の大半を落とし、冬支度を終えたところだ。あと数週間もすれば、吐く息が白くなり始めるだろう。外套(コート)を新調すべきかどうか思案しながら、彼は食堂のドアを開けた。


 水交社は、海軍の福利厚生団体だった。海軍省の外郭組織で、主に士官用の旅館や食堂を経営している。社長は海軍大臣が兼務している。小鳥遊が訪れた食堂も、支店のひとつだ。


 給仕(ボーイ)に案内されると、片隅の席でビールをグラスに注ぐ士官が見えた。わずかに眉をひそめた小鳥遊だったが、知己の相手とわかり今度は我が目を疑った。相手も自分のことに気がついたらしく、驚いた様子で小鳥遊を見返していた。


「竹川君か?」


 名前を呼ばれ、士官は肯定した。昔と変わらぬ、のんびりした口調だった。


「やあ、小鳥遊君、ひさしぶりだね。なんだ、君も海軍かぁ」


 竹川正和(たけかわまさかず)は、小鳥遊の大学時代の友人だった。小鳥遊は法学を専攻し、竹川は史学を専攻していた。


「まあ、座りたまえよ」


 小鳥遊は竹川と向かい合うように座った。給仕にハヤシライスを注文する。竹川がビールグラスの追加を申し出たが、丁寧に断った。


「君こそ、なんでまたこんなところに? 大学院の研究室へ入ったと聞いていたが」

「まあ、そのはずだったんだがね。予備士官扱いで海軍に引っ張られたのさ」


 竹川は襟章を指さした。どうやら中尉待遇らしい。予備士官は大学卒以上の男子に適用される制度だった。短期間の訓練を経た後、原則として少尉待遇以上の士官として軍へ配属されることになる。


「なるほど、私と同じか」

「ぼくからすれば、君の方が意外だよ。てっきり検察か弁護士にでもなっていると思っていたからね。高等資格をもっていても、軍に引っ張られるんだなぁ」

「まあ、色々と事情があってね。法務士官として、あちらこちらに飛ばされているよ」 

「ははあ、あれだね。君、国際法を専攻していたから重宝されるんだろう。ぼくとちがって英語も達者だしね。なるほど、だから少佐様なわけかぁ」


 嫌みの無く竹川は言った。素直に感心しているらしい。小鳥遊は苦笑した。


 彼が知る限り、竹川は軍人に不向きな性分だった。ずぼらな気分屋で、まともな生活習慣に縁が無い。落ち着きがなく、机で勉強するのが苦手なため、寝転がったまま論文を読んだり書いたりするほどだった。くわえて自分が関心を抱いた事象には容赦ない探求心と行動力を発揮する一方で、まったく無関心な事柄には一切関わらない男だ。そのため、大学時代の評価は最優等か落第の二手に分かれていた。


 理不尽と不条理の巣窟たる軍は、竹川にとってさぞや面白くない環境だろう。ビールの一杯くらい引っかけたくもなるのも無理はない。


「君は内地勤務か? 配属はどこなんだ?」

「今は人事局預かりになっているんだ」

「それは……」


 人事局預かりとなる例は限られている。所属先の部隊で本人が問題を起こし飛ばされた場合か、あるいは部隊自体が何らかの要因で解散した場合、いずれかが通例だった。もっとも前者は人手不足の昨今、よほどの無能ぶりを発揮しない限りはあり得ない措置だ。竹川は軍に不向きだろうが、それは必ずしも無能と同義なわけではない。後者の場合、部隊の解散は壊滅と同義であることが多かった。竹川は自分が後者の例であることを明かした。


「数ヶ月前まで、地中海にいたんだけどね。運の悪いことに、乗っていた海防艦がサーペントの轟雷を食らってボカ沈しちゃったんだ。たまたま後部甲板にいたぼくは投げ出されて助かったけど、大半はまあ無理だったらしいよ。ま、そのあと色々あって、戻ってきたわけさ」


 竹川はビール瓶を傾けた。グラスに最後の一滴まで注ぐと、給仕にもう一本注文する。ついでに小鳥遊は改めて、グラスの追加を頼んだ。竹川は少し驚くと嬉しそうに笑った。


「飲まないんじゃなかったのかい」

「今日はもう上がりだし、野暮な気がしてね。まあ少し付き合うよ」


 数分後、乾杯した二人は昔話に花を咲かせた。


◇========◇

次回1月5日(日)投稿予定

今年も読んでいただき、有り難うございます。


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来年もよろしくお願い致します。


それでは、皆さん、良いお年を。


弐進座




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