鬼嫁
結婚してわかったことだが、うちの嫁は鬼であった。冷酷非道な女という意味ではない。鬼の起源とされる、ある種族の末裔なのである。もちろんあたまにツノが生えているとか、指さきから電撃を発するなんてことはない。れっきとした人間である。
嫁の祖先は方相氏を名乗っていた。
方相氏は、宮廷内で皇族の葬送儀礼にたずさわる役人であった。一時は葬司として権勢を誇ったが、死というものに深く関わりすぎたため、次第に人々から恐れられ蔑まれていった。清和天皇のころには大儺という疫鬼追放の祭祀において、弓や太鼓で追い立てられる役割を担わされた。これが追儺の鬼の始まりである。
人々から忌避されることにより、方相氏では独自の家風が培われてきた。嫁の実家では今でも節分のとき「鬼は内」と唱えるそうである。また陰陽道と深く結びつくことによって、彼らは代々不思議な力を得てきた。
嫁には予知能力がある。
たとえば天気予報が快晴であっても、彼女が傘を持っていけと言えばかならず雨が降った。今年はどこそこの地方へは行くなと忠告すれば、本当にその年のうちに大災害が起きた。戦争があると予言すれば、たとえ地球の裏側であってもその通りになる。
嫁とは社内恋愛の果てに結ばれたが、おれと初めて顔を合わせた瞬間、彼女には「このひとと夫婦になる」とわかってしまったそうである。
美人で気立ての優しい嫁なのだが、ときどき氷のように冷たい目をすることがある。
じつは最近、酔った勢いで総務の女の子と関係を持ってしまったが、とても隠し通せる気がしない。
土下座して謝れば、命だけは助けてもらえるだろうか。




