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なめこ太郎/666文字奇譚  作者: 閉伊卓司
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わっこ

「わっこ」とは山梨県K地区に伝わる風習である。この土地のひとは九という数を忌み嫌う。そのため家に九人目の子が生まれると、産土神に念じてもうひとり架空の子供を授かる。それが「わっこ」だ。

 「わっこ」は扱いかたを間違うと祟るといわれ、家では実の子とおなじように接しなければならない。朝夕の膳はもちろん、寝るときにもひとつ余分に夜具を敷きのべておく。

 この生活は十番目の子が生まれるか、不幸があって九人より数を減らすまでつづく。

 私の祖母の生家でも「わっこ」のいた時期があったという。

 そのときは十人目の子がなかなか授からず、やがて戦争が始まり長兄のもとへ赤紙が届いた。この時代、戦争へ行くことは死を意味するので「わっこ」はただちにお返しせねばならない。しかし祖母の両親はそのことをすっかり失念していた。

 しばらくして四男が汽車に轢かれた。

 一月後、今度は末の妹が井戸に落ちて死んだ。

 やがて祖母は奇妙な夢を見た。

 河原にたたずみ、向こう岸で遊ぶ大勢の子供たちをながめているのだ。そのなかに死んだ兄と妹もいた。手を振ると、向こうも嬉しそうに振り返してくる。無意識に水へ足を踏み入れていた。そのとき背後から巨大な腕がヌッとのびて後ろ髪をつかんだ。祖母は悲鳴をあげた。グイグイと河原へ引き戻され、気がつくと座敷に寝かされていた。腸チフスにかかり生死の境をさまよっていたのだ。両親が「わっこ」のことに気づき、あわてて神社へ駆け込んだので助かったらしい。

 集落によっては「あわっこ」と呼ぶところもあり、たぶん間引きの風習が関連しているのだろう、と祖母は言っていた。



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