虫の妖し
湯島のはずれに古い貸家があった。
もとはさる大店の妾宅で、今は山崎岩兵衞という人の持ち物である。この貸家じつは有名な化物屋敷で、借り手がついても半月ともたない。ゆえにいつも三か月分の店賃を前払いさせている岩兵衞はボロ儲けであった。
あるとき江戸詰めになって間もない藩士が、家族とこの家に越してきた。彼には子が八人もいて、幼い子連れではすぐ逃げ出すだろうと岩兵衞はたかをくくっていた。
ところが半年過ぎても出てゆく気配がない。じれた岩兵衞は湯島まで様子を見に出かけた。
家の庭では子供たちが駆けまわり、藩士の妻が洗濯物を干していた。
「これはご新造さま、なにかご不便なことはございませんか?」
さりげなく水をむけてみたが、
「ここは静かで良いところですね」
と笑うばかりである。
――これはしくじったか。
金儲けの種を失いがっかりして帰路についた、その晩のこと。
夜半ただならぬ気配で目を覚ますと、寝所に大勢の化物がひしめいていた。
「ななっ、なんだおまえたち」
叫ぶ岩兵衞にむかって、化物は恨みがましい顔で言った。
「我らは湯島の家に巣くうものなり。これまで人が住まぬよう骨を折ってきたが、わっぱに八人も来られては是非もない。うぬは知るまいが、幼い子が小動物にみせる残忍さは我らの比ではない。あそこへいては命が危ないので、今日よりはうぬの家に憑くからそう思え」
言い終わるや化物は、ナメクジ、クモ、ゲジなどそれぞれの本性へと返り、床下や天井裏へぞろぞろと消えた。岩兵衞はそのまま気を失ってしまった。
金に飽かせて建てた彼の屋敷は、それ以降あき家になっているという。




