ベス
週末の夜を持てあまし部屋でファッション雑誌をめくっていると、友人から電話がかかってきた。鍋パーティーをやるから来ないかと言う。二つ返事で承諾し、鼻歌まじりに着替えをはじめたら、部屋の中央で寝そべっていた老犬のベスが、ムクッと身を起こした。カーテンの向こうの闇を見透かすようにジッと目を凝らしている。
わたしは着替えの手を止め、そっと聞き耳を立てた。
ベスは今年で十三歳になるスパニエルだ。
小学四年のとき、河川敷に捨てられているのを拾ってきた。ダンボール箱には仔犬が四匹。みな可愛らしい声でキャンキャン鳴いていた。当初わたしはすべて飼うのだと頑張ったが「一匹だけよ」と母に厳命され、ベス以外の三匹を泣く泣く元の場所へ返しに行った。
「だれか優しいひとに拾ってもらってね」
仔犬たちの顔を見ないようにして急いで土手を駆け上がる。キャンキャン鳴く可愛らしい声が耳から離れなかった。
どれくらい走ったろう、不意にけたたましいサイレンの音を耳にしてハッとなった。
「――今日はダムの放流日です。危険ですので川には近づかないで下さい」
大変だあ!
あわてて駆け戻ったが、もう遅かった。ダンボール箱は、川面に落ちた木の葉のようにクルクル回りながら、やがて水に飲まれ見えなくなった……。
「ごめん、やっぱ行けなくなったよ」
友人に断りの電話を入れ、ため息をついた。そっとベスのとなりに座り、やわらかな毛並みを撫でてやる。ベスは相変わらず外の闇を見つめたままだ。
アパートの前の通りからは、キャンキャンと仔犬の戯れる声が聞こえてくる。
こういう日は、外出してはいけないのだ。




