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38.どうする? ルネ


「なんだ、嫌だったのか? 王太子の『ルネを王宮で育てる』と言う発言で気がついたのだ。たしかに、貴族のあいだでは、許嫁を養女とすることもある。本当の家族として暮らすには、幼い頃から一緒であったほうが馴染むだろうからな。そう考えればルネはぴったりじゃないか」


 お父様がそう言う。


「そうよ、そうすれば、ずっと一緒だわ」


 お母様も続ける。

 

 リアムは不安そうな顔で私を見た。


「でも、ルネは嫌……? 嫌なら無理にとは――」


 言いかけて、リアムは微笑んだ。


 それはそうだろう。

 私の尻尾は喜びで、タシタシと床を叩いている。

 耳はピーンと立って、リアムにだけ向いてしまっているのだ。

 頭の中は整理し切れていないけれど、体は心に正直だ。


「えっと、あの……嫌だとか、は、ぜんぜんなくて……」


 私は体中が熱くなる。

 顔が真っ赤になって、変な汗が噴きだしてくる。

 頭の中がグルグルだ。


「うん?」


 リアムは小首をかしげて、私の言葉の先を促す。


「えっと、その、だって、急だから……ビックリして……」


 だって、婚約ってことは、将来結婚するってことで……。ってことは、私が、私が。


「お兄様のお嫁さん?」

「婚約するなら、兄ではなくなるね?」


 リアムがニッコリと微笑んで、その眩しさに私は卒倒寸前だ。


「あぅぅぅ……」

「どうする? ルネ」


 リアムは尋ねた。

 私の気持ちなんて、見ればわかるくせに聞いてくるのは意地悪だと思う。


「でも、本当に私で良いの? だって、私は平民で、孤児で……キツネ耳で……」


 そう言って、私はキツネの耳を押さえた。

 平民で孤児だった娘が貴族になるのも前代未聞だが、キツネ耳の侯爵夫人など見たことも聞いたこともない。


「平民だけど領民のことを考えて、孤児なのにひねくれず、キツネの耳は可愛いし、私はそんなルネが好きだよ。ルネじゃなきゃ嫌だ」


 リアムはキツネ耳に囁き、軽く耳にキスをする。

 いつもどおりのことなのに、バクンと心臓が跳ねて、ボフンと尻尾が広がった。


「私たちはね、孤児だろうが、平民だろうが、キツネの耳があろうが、ルネが大切なのよ」


 お母様が微笑んだ。


「お母様……」

「そうだ。嫌がるお前を王家の嫁にする気はない」


 お父様は無表情でそう言った。

 しかし、首は赤らんでいる。


「お父様……!」


 私は身がよじれるほど嬉しくて、尻尾が千切れそうなほど振れてしまっている。


「ねぇ、ルネ、そろそろ君の答えがほしいな」


 リアムが微笑み、胸がキューンといたくなる。


 ハクハクと息をすって、真っ赤になった頬を押さえる。

 心臓がバクバクと言って、耳の中が血の流れる音でうるさい。


「……はい! 私も、お兄様……じゃなくて、えっと、リ、リアム様? のお嫁さんになりたいです!!」


 キュッと目を閉じ、必死で答えた。


「……良かった」


 リアムが心の底から安心したように呟いた。


「そうか、では、早速、国王に親書を送る」


 お父様はそう言うと、部屋を出て行った。


「嬉しくて、しかたがないのね」


 お母様はお父様の気持ちを代弁してから、後を追っていった。


 私とリアムだけが部屋に残された。

 なんだか少し照れくさくて、私はリアムの顔が見られない。


「ルネ」

「……」

「ルーネ?」

「……」

「こっち向いて?」

「……」

「突然のことで、怒ってるの? でも、無視されるのは悲しいな……」


 リアムが悲しそうな声で尋ねるから、私は慌ててリアムの顔を見た。


「そうじゃなくて! だって、お兄様がそんな……知らなかったし、そのビックリして……!」

「知ってる」


 リアムはニッコリと笑っている。


「! 嘘ついたの?」

「ううん。ルネに無視されて悲しかったのは本当だよ」

「お兄様のいじわる!」


 私はポフンと尻尾でリアムを叩いた。


「あはは、いたいなぁ」


 リアムはぜんぜん痛くなさそうな顔で笑う。

 私はポスポスとリアムを連打した。

 リアムはとっても幸せそうだ。


 そして、リアムは私の尻尾を捕まえると、ギュッと抱きしめる。


「っあ、ずるい、それ!」

 

 私が不平を言うと、尻尾を抱きしめたまま上目遣いで私を見た。


「好きだよ、ルネ」


 甘い声に、息が止まる。

 尻尾がブワリと膨らんでしまう。


「ずっと、誰かに愛されたいと思っていた。でも、愛されるより、愛するほうが幸せだって気がついた。ルネが気付かせてくれたんだ」


 深紫の瞳が、微笑んだ。

 

「っ! お兄様」

「ねぇ、『リアム』と呼んで?」

「……リアムぅ……」


 私が答えると、お兄様は幸せそうに微笑んで、尻尾の先に軽く口づけた。


「ぴゃ!」


 変な感触に驚いて、私はリアムの手の中から自分の尻尾を奪い取り、抱きしめた。

 そして、リアムを涙目で睨む。


 リアムはビックリしたように、目を見開いて顔を赤くした。


「ダメ! それは、ダメなんだからね!!」

「ごめん、嫌だとは思わなくて」

「ヤじゃないけど、ダメなの!」


 私が、プンプンと怒ると、リアムは困ったように笑う。


「……怒ってても可愛いんだから、困るなぁ……」


 ボソリと呟く。


「もう!!」


 私が憤慨すると、リアムは両手を広げた。


「もう嫌がることはしないよ。でも、抱きしめてもいい?」


 私はピョンとリアムの胸の中に飛び込んだ。


 ギュッと抱きしめられて嬉しくて、私も尻尾でギュッと抱きかえす。


 リアムは私のキツネ耳のあいだに、いつものように顔を埋めた。


 好きだ、好きだ、好きだ――。


 まるでずっと堪えていた思いがあふれ出したかのように、繰り返される言葉。

 囁きは木漏れ日のように降り注ぎ、私の心をホカホカと温めた。




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