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35.ルネは嫁にやりません


 私は疲労困憊である。


 ヘズルに私の存在がしれた今、屋敷の中で隠れていても意味はないと、普通の生活をしようとしていた。

 しかし、ことあるたびにヘズルに顔を合わせてしまうのだ。


 疲れ切った私は、自室でバルとリアム相手にぼやいている。


「いつになったら帰ってくれるのかなぁ」


 私はリアムに尋ねた。


「明日の朝には屋敷を発つはずだ」


 リアムが答える。


「今日も部屋の前にプレゼントが置いてあったよ。こんなにもらっても困っちゃう……」


 私はげんなりとして答えた。


 晩餐会のあった翌日から、ヘズルはせっせと私にプレゼントを贈ってくる。きっと、護衛騎士かなにかの入れ知恵なのだろう。


「朝昼晩と顔を合わせるたびにくれるの。しかも、変な物ばっかり。王太子が使っていたハンカチとか、ポケットから出してきたお菓子だとか……。なんでか、王家の紋章の入ったジュエリーはお父様から返してもらったけど、困る」


 私の生活パターンを調べた上で、偶然を装い会いに来るのだ。

 まるでストーカーである。

 ちなみに、今日は晩餐会から三日目である。


「しかも破廉恥な手紙付だからな。王族でなければ斬っていた」


 リアムが剣に手をかける。


「破廉恥な手紙?」


 バルがキョトンと首を傾げる。


「ああ、ルネの尻尾に触れたい、などと恥ずかしげもなく!」

「あー……」


 バルは遠い目をした。


「汚らわしい、その場で破り捨ててやった!」


 リアムが怒ると、部屋のドアがドンドンと叩かれた。


「ルネ、いるか! いるなら少し話そうぜ!」


 ビクリとバルが硬直する。

 私たちは居留守を決め込んだ。


「いないのか? ったく、お前! お前がここにいるって言っただろ!」


 ドアの向こうでヘズルが付き人を叱っているようだ。


「……申し訳ございませんでした」

「もう二度と嘘つくなよ!」

「嘘では……」

「言い訳するな! いないじゃないか!! それともルネが俺を避けてるとでも言いたいのか!?」


 そのとおりです、と口から出かかる。


「……いえ、その」

「もういい! これ以上ミスするなら、父上に言いつけてクビにするからな!!」


 ヘズルは乱暴に言い捨てた。


 私は心の中で、ヘズルの付き人に謝る。


 ごめんなさい。でも、無理だから。


「で、では、メモを残しておくのはどうでしょう?」

「そうか! 良い案だな!! おい、紙とペン!」


 ヘズルは機嫌を直したようだ。

 そして、ドアの下からメモを差し込む。


 私はそれを見てゲッソリとした。


 付き人の人、謝らなくて良かったわ。余計なアドバイス、しなくて良いよ……。


 ヘズル達の気配が消えたところで、リアムがメモを拾い上げる。


「なんて破廉恥な!!」


 そう言うと、私に見せる前に破り裂いた。


「あーあ……。あれが王太子かぁ……」


 バルが呟く。


「オレ、アイツと半分血が繋がってるんだよな……。あんなふうになりたくないよ」


 悲しそうな目をして、窓の外を見る。


「兄貴がいるって知ったとき、オレちょっとだけ嬉しかったんだ。王妃様には嫌われてるけど。いつか、ルネとリアムみたいにさ、仲良くなれたらいいなって。でも、王宮に行くとオレもあんなふうになっちゃうのかな?」


 私はバルの手をギュッと握った。


「バルはあんなふうにならないよ。絶対!!」


 きっと彼は、王宮の中で、誰にも咎められず生きてきたのだろう。自分の考えることはすべて正義で、望む物すべてが当たり前に与えられてきた。

 そうして、自他境界が曖昧になり、自分が世界の中心だと誤解してしまう。普通なら、子供のうちに正されるはずのものが、正されないまま大きくなってしまった。


「彼は、すごく幼稚だもの」


 私が呟くと、バルは苦笑いする。


「ああ、バルはあんなふうにならない、だからルネから手を離そう?」


 リアムが口元だけで微笑んだ。


「っ! だから、今のはオレのせいじゃないだろ? ルネのせいだろ?」

「ルネは悪くありません」


 リアムはシレッと答え、私の手をバルから引き離した。



*****



 翌朝、ヘズルは予定どおり王都へ戻ることになった。


 王家の紋章がついた豪華な馬車が待っている。

 ヘズルは名残惜しそうな目で私を見た。


「ルネ、またな!」


 なんで、そんなに馴れ馴れしいのか、私には理解できない。


 私は無言でリアムの後ろに隠れた。


「すぐには無理だけど、正式に王宮へ迎える文書を送るから、少し待っていてくれ」


 そう言われて、私は縋るような目でお父様を見た。


「王宮へ来てお妃教育を受けろ。そして成人したら王太子妃だ!」


 ヘズルの言葉に絶望する。


 やっぱり、お父様は私を売ってしまったんだ……。


 耳は萎れ、尻尾はネンニョリと垂れ下がった。

 

「ルネは嫁にやりません」


 リアムがキッパリと言い、私は顔を上げた。

 お父様も静かに頷く。


「ああ、ルネは王家には嫁がせません」


 お父様の答えを聞いて、私はパァァと笑顔になる。


「お父様ぁ!」


 お父様は私を売るつもりはなかったようだ。


 お父様は相変わらずの無表情で、ウムと頷いた。


 なぜか、ヘズルはニヤリと笑った。


「ルネ! 昨晩送った手紙、呼んでくれたか?」

「……はい……」


 私は小さな声で答える。


 昨晩ヘズルからもらった手紙は、長い長い巻物だった。別れを惜しむ手紙である。

 既視感のある文章に、頭が痛くなった。

 これは前世でももらったことがある、昔からある恋歌の名前や風貌だけ自分に書き換えたものだ。


「これを読んで俺を思い出してくれ」


 ちなみに内容は、身分違いで引き裂かれる歌である。

 私はゲッソリとする。そもそも、引き裂かれるような仲ではない。


「どんなに反対されても、お前を迎えに来るからな」

「来なくて良いです」


 即答したら、ヘズルは嬉しそうに頬を赤らめた。


 そうだった、この人、冷たくされると喜ぶんだった……。


「お前のためなら頑張れる! 気にするな!」


 嬉々とした元気なお返事を返された。


 私はもうなにも言えずに遠い目をした。

 どんなに冷たく突き放しても、相手を喜ばせるだけだと思ったのだ。


 そうして、ヘズルは王都へと帰っていった。


「……疲れた……」

 

 私はグッタリとして、耳も尻尾も萎れてしまう。

 リアムはそんな私を見て、ヨシヨシと頭を撫でた。


「お兄様ぁ……」


 私はリアムにギュッと抱きつく。


 するとそれを見ていたお父様が、真顔で尋ねた。


「ルネはリアムが好きなのか?」


 問われて、リアムはパッと頬を赤らめた。


「父上、急になにを……」

「はい! 大好きです!」


 私は元気いっぱいに答える。


「そうか。どこにも行きたくないと王太子に答えていたが、本当か?」


 お父様に尋ねられ、私はコクコクと答えた。


「お父様、お願いです! 私をお嫁にやらないで! 大きくなったら、自立して、ちゃんとご恩をお返しします。ですから、どうぞお願いします」


 必死に頭を下げる。


「私からもお願いします。ルネを王宮にやらないでください」


 リアムも深く頭を下げた。

 

「そうか、わかった。ふたりがそんなに真剣に言うのならそうしよう」


 お父様の声に顔を上げると、お母様も頷いた。


「「ありがとうございます!」」


 私とリアムは両手を合わせた。


「良かったね! ルネ」

「うん! 良かった!」


 私は安心して、涙が零れる。


「ほら、泣かなくて良いのよ? ルネ」


 お母様が涙を拭ってくれる。


「ただ、まだあなたは幼いから、正式な手続きはもう少し大きくなってからね」


 お母様に言われ、私は元気に返事をした。

 なんの手続きかわからないが、きっと何らかの手続きが必要なのだろう。

 お母様に任せておけば安心だ。


「はい! お願いします!!」


 私が答えると、お母様は嬉しそうに微笑んだ。


「大きくなるのが楽しみね」


 私はお母様が嬉しそうに未来を語るのが嬉しい。

 無表情のお父様も、穏やかに微笑んでいて、私もつられて微笑んだ。


 お父様とお母様から、ルナールにいて良いとお墨付きをもらった私は、ご機嫌だ。


 良かった! これで、安心して、恩返しに集中できる!


 私はモフモフの尻尾をブンブンと振った。




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