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27.リアムの夢 2


 月の光が優しくて、どうしようもなく、ルネが恋しい。

 闇に呑み込まれそうになった私を救い出してくれた人。


「……ルネ」


 名前を呼べば、さらに思いが募る。


「ルネ……」


 泣きながら、私に向かって「そばにいて」と言ってくれた。


「ルネ」


 片想いでも良いのだ。

 

 ルネがそばにいてくれと、そう望んでくれるなら、私はいつまでもそばにいる。


「ルネ……会いたいよ……」


 さっきまで一緒にいたのに、もう会いたい。

 もう恋しい。

 ひとときだって離れたくない。


 保護欲以上のこの思いは、とっくに愛だとわかっている。

 それでも。


 一番そばにいられるなら、兄でも良いんだ。


 そう自分に言い聞かせる。


「せめて、寝顔だけでも見たい。兄なんだから、おかしくない」


 自分に言い訳しつつ、ルネの部屋に向かった。


 灯も持たず、そっとルネの部屋の扉を開けた。


 すると、ルネはピクリと耳を動かし、ベットから起き上がった。

 キツネの耳は気配に聡いらしい。

 家の中だと油断して、気配を殺すのを忘れていた。


 いや、気がついてほしかったのかもしれない。


「お兄様?」


 寝ぼけ眼のルネが可愛い。

 ポヤポヤとした目でこちらを見ている。


「眠れているか見に来ただけだよ。起こしてごめんね」 


 私が言えば、ルネはニヘラと笑った。


「ううん。お兄様の顔が見れて良かった。あれから気を失っちゃってたから、心配だったの」


 その一言で、私の胸が苦しくなる。

 温かい物が胸の奥から湧き上がってきて、指の先までホカホカとする。


「ねぇ、お兄様、こっちへ来て?」


 ルネは罪のない瞳で、私を見てポンポンとベッドを叩いた。


 私はルネに勧められるまま、ベッドの脇に腰掛ける。

 ルネはベッドから起き出してきて、私の横にちょこんと座った。


 そして、当たり前のように私に寄り添う。

 銀色の尻尾が私の腰を包み込んだ。


 フワフワで温かい、モフモフの尻尾だ。


 いつものように優しく撫でる。

 ルネはうっとりとして、ため息をつく。


「ふぁぁぁ、きもちいい」


 満たされて幸せそうな笑顔を見ながら、私の心も満たされる。

 ルネの顔を、こうさせるのは私だけだと嬉しくなる。


「ねぇ、ルネ、お願いがあるんだけど」


 私が話を切り出すと、ルネはキツネの耳をヒクリと動かし私に向けた。

 話を聞き漏らさないようにと、集中するときの彼女のくせだ。

 ルネの意識が自分だけに向かっていることがわかる。


「闇の精霊と契約したこと、ふたりだけの秘密にできないかな?」 


 尋ねると、ルネの尻尾がフワワワと広がった。

 

「お兄様と私だけの秘密?」


 キラキラした紫色の瞳が、覗きこんでくる。

 同じ紫色の瞳なのに、闇色には思えない。

 彼女の瞳は朝を待つ、希望いっぱいの空の色だ。


「うん、せっかく王家が封印していた物を解き放ってしまったってバレたらお咎めがあるかもしれないからね」


 理由を説明すると、ルネは思案顔になる。


「たしかに、そうかも! 絶対絶対、秘密にします!!」


 ルネはそう言うと、小指を差し出してきた。


 私は小首をかしげる。


「あのね、葛の葉様に教わったの。約束のおまじない。小指同士をからませて、『指切り拳万げんまん』って言うの」


 ルネに言われたように、小指同士を絡ませる。


「約束を破ったらね、万回叩くよ、って言う意味だって」

「わかった」

「ふたりだけの秘密を守る、約束よ?」

「うん」

「じゃあ、せーの!」

「「指切り拳万」」


 ふたりでそう言って、小指をとく。


 心に重くのしかかっていた秘密が、ルネの前では幸せな物に変っていく。


 ルネは満足そうに微笑んでいる。


「ルネは嬉しそうだね」

「うん! お兄様の特別になったみたいだもん。誰も知らないお兄様の秘密、私だけが知ってるの。絶対ぜーったい、誰にも教えてあげないの」


 ルネは尻尾をパタパタとして、心から喜んでいるようだ。

 私はそれで安心する。

 重い荷物をルネとふたりでわけあったように、心が軽くなった。


 ルネの頭をヨシヨシと撫で、キツネの耳に頬を寄せる。

 ルネはクスクス笑っている。

 いつものように、離れ際に耳へ口づけた。


「さぁ、そろそろ眠ろうか」


 私は、ルネをベッドに促す。

 ルネは素直にベッドに入る。


「おやすみなさい、お兄様」

「おやすみ、ルネ」


 私はルネの額にお休みのキスをした。実は、今までしたことはない。


 ルネはビックリしたように額を押さえ、微笑んだ。


「お兄様も!」


 ルネはそう言うと手を広げた。

 私はルネの顔に、頭を近づける。

 すると、ルネは私の頭を抱えて、額に軽くキスをした。


「良い夢を、お兄様」

「うん、ルネも、良い夢を」


 私はルネの部屋を出た。


 廊下には白金の光が差し込んできている。


 もうきっと、悪夢は見ない。


 そんな気がした。




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