表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/42

10.馬鹿なこと、言うな!


 子供はビクリと体を震わせ、動きを止めた。


「私、両親に捨てられたの。モンスターの前で見捨てられた」


 金の髪の子供は、ゴクリと息を呑んだ。そして私をマジマジと見る。


「でも、あなたのお母さんはあなたを庇ったんでしょ? 自分の命を引き換えに、あなたに生きてほしかったんでしょ!?」


 子供はハッとしたように、息を止めた。金の瞳が、動揺で揺れている。


「……かあさんは、俺に生きてほしかった……?」

「そうよ! それなのに、生まれなければ良かっただなんて、お母さんが可哀想よ」


 シンと森の中が静まりかえった。


 私は、沸々と怒りが湧いてきた。


「私は捨てられた。親からいらないって捨てられた。私こそ生まれなきゃよかったんだわ!」


 私が生まれなければ、侯爵家の養女にならなければ、侯爵も殺されずにすんだ。

 私が生まれてきたせいで、みんな不幸になった。

 ぜんぶ、ぜんぶ、私のせいだ。


 感情の関が決壊し、涙が溢れる。胸の奥に秘めていた思いがぐちゃぐちゃに暴れ出す。


「私さえいなければ! 私なんて死んでれば!!」


 そうわめいてハッとする。

 キツネが怯えた顔で私を見上げている。


「そうか……私が死んでしまえば……」


 王太子に見初められることもなく、お父様もリアムも死なない。ルナール領は奪われることもない。


「そうか……」


 私が呟いた瞬間、子供が木の枝を投げ捨てた。

 そして、ずりばいで私に近寄り、ギュッと抱きしめた。


「馬鹿なこと、言うな!」

「……だって、あなたはお母さんに愛されてるじゃない……」


 小さな胸に抱かれて、私は鼻をすする。


「あなたは命をかけて愛されてるじゃない!! それなのに、生きてる意味がないんでしょ? 親に捨てられた私なんか、もっと生きてる意味がないじゃない! 誰にも愛されない私なんて……!」


 声をあげて私は泣いた。


 私には一生手に入らない愛情だ。

 父は弟だけを可愛がり、自分に似ていない私を疎んだ。

 母と弟は、父の逆鱗に触れまいと私から距離を取った。私も、二人に迷惑がかけられないと甘えることはできなかった。


 侯爵家の人々は私を大事にしてくれるけど、前世ではルル様の代わりにされていただけだった。

 今は、精霊ライネケ様の使いだからだ。

 

 無条件に愛してくれるはずの両親は、私を捨てた。そんな私が他の誰に愛されるというのだろう。


 リアムの微笑みが頭を過る。唯一心から安心して甘えられるのはリアムだけだ。


 ありのままでいて、とお兄様は言ってくれたけど……。それは嬉しかったけど……。お兄様が優しくしてくれるのも、私がルルに似ていて、ライネケ様の使いだからよ……。きっと。


 そう思ったらギュッと心臓が痛くなった。


「ごめん! 俺が悪かった! 泣き止め! な? 俺も死ぬなんて言わない! だからお前も死ぬなんて言うな!!」


 男の子は、ワシワシと私の頭を撫でた。

 少し乱暴だが、温かい手が気持ち良い。

 動物たちもよってきて、慰めるように体を擦りつける。


「……本当に?」

「本当だ。だから、な? それに、誰にも愛されないなんて言うなよ……。まだわからないだろ。今から出会うかもしれねーじゃん?」


 私はスンと鼻をすすった。涙と鼻水で顔がグシャグシャだ。

 腹いせに、男の子の胸に顔を擦りつけ、涙と鼻水を拭う。


「っ! お前……っ! 鼻水付けるな!!」


 男の子はイラッとしたように声をあげた。


 私は顔を上げ、テヘと微笑む。


「ごめんなさい。かわりに治療するから許して?」


 小首をかしげて、狐耳を動かせば、男の子はウッと顔を赤らめ言葉を詰まらせた。


「……しょうがねぇな。お前みたいなちびっ子に治療なんてできるのか?」


 私はその言葉を無視して、男の子の腕から離れる。

 すると、そばにいたキツネが、大きなキュウリのような果実を落とし、ふたつに割り、私に手渡した。


 果実はスポンジのようで、中に水を含んでいる。

 キュッとつまむと、綺麗な水が零れた。


「これで、血を流せるわね」


 私が言うと、男の子はキラキラとした顔で私を見た。


「……もしかして、お前って、森の妖精?」


 紅潮した顔にギョッとして、私は否定する。


「違うわ! 違うの! えーっと、私は色々あって、精霊様から狐の耳と尻尾をもらったの」


 そう言って、尻尾を振り、耳を動かしてみせる。


「こんな姿だけど、ただの人間! 妖精だったら捨てられたりしないでしょ?」


 私がそういうと、男の子は気まずそうに目を逸らした。


「……ごめん、その」


 きっと、この姿のせいで親から捨てられたと思ったにちがいない。


「尻尾のことなら気にしないで。これのおかげで今は新しい家族と暮らせることになったから。それに、私、気に入ってるの! 可愛いでしょ?」


 そう微笑めば、男の子はホッとしたように息を吐いた。


「可愛いけどさ、自分で言うか?」


 そう言って笑う。

 根は優しい子なのだろう。


「ほら、足をみせて」


 私の言葉に子供はオズオズと足輪のついた足を伸ばした。


 血まみれになった足輪に手を伸ばす。

 足輪には、八桁のダイヤルがついており、番号を揃えることで開くようだ。


「っつ!」


 男の子は痛みで身じろいだ。


「ライネケ様、ライネケ様! 声が聞こえますか? お願いです! 助けてください!!」


<こんな臭いところに我が輩を呼ぶな!>


 ライネケ様は鼻声で怒っている。

 そして、私を後ろから抱き込むと、私の頭に口を付けスーハースーハーと呼吸をした。


「すみません。でも、この鍵を開けたくて……。開けられますよね?」

<ふん! このくらい簡単だ! ガーランドの暗号など我が輩には無意味>


 ライネケ様が言うと、私が触れた部分から勝手にダイヤルが回り出し、数字がそろっていく。

 カチリと音が鳴り、足輪が外れた。同時に、内側のトゲも中に引き込まれる。


<果実の水で足を洗ったら、毒を吸い出せ。その毒は、体内に入らなければ効果はないから大丈夫だ。そして、ヨモギを傷口に巻くのだ。いいか、我が輩はもう行くぞ!>


 ライネケ様はプリプリと怒りつつも、適切な指示を出してから消えた。


 なんだかんだいっても、ライネケ様は面倒見が良いのよね。


 私は微笑ましく思いながら、ライネケ様の指示に従った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ