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ウイルス非接触バトル  作者: ソーシャルディスタンサー


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6/6

回顧篇

 私はソーシャルディスタンスを心掛ける男。

 さて、早速だが皆にクイズだ。

 私は今どこにいるでしょう?

 正解は宇宙だ。

 何? 答えを言うのが早すぎる? まあそんなことはどうでもいいではないか。どうせ皆もそこまで興味はないだろう。

 で、なぜ私が宇宙にいるのか。それは前回私の山に越してきた謎の隣人との話し合いの結果である。

 できればここに関しては何も突っ込まないでほしいのだが――というか突っ込まれても私にはどうしようもない――、突如現れた隣人は某A国から脱走してきた超天才科学者だったのだ。

 何を言ってるか分からない? 話が唐突過ぎる? ふん、そんなこと私に言われても困る。

 とにかく、その天才科学者は超巨大箱型脱出装置を利用して、A国から私が所有する山まで引っ越してきたらしい。

 その後は皆も知っての通り。そうして引っ越してきた隣人に対し、私は宇宙服を貰えないかの交渉に出向いていった。そしてその結果が、宇宙だ。

 隣人はソーシャルディスタンサーとしての私の心構えに心打たれ、それならば宇宙服を着るよりもウイルスなど存在しない宇宙に行った方がよいのではないかと提案してきた。

 宇宙移住。正直盲点だった。

 確かに宇宙船に乗って宇宙に行ってしまえば、流石にウイルスも追ってくることなどできはするまい。もはやソーシャルディスタンスというよりプラネットディスタンスな感じになってしまうが、やるのであれば山への移住などではなく宇宙への移住の方が遥かに合理的だったと言える。

 とはいえ、普通に考えて宇宙に行くなど実現不可能だ。資金的に無理である。考えた所で一笑に付されるだけの話。

 しかしこの隣人は偶然宇宙船も所持し、それを打ち上げるだけの設備も揃えているとのことだった。

 そしてあれよあれよと話は進み、隣人との出会いから一月後には宇宙へと旅立ったわけである。

 宇宙に旅立つ直前のニュースでは、我が国の人口の八割近くがかのウイルスに感染しており、完全な医療崩壊を起こしていると話していた。さらには、我が国を中心とするように各国でも一度は収まりかけた感染が広がっているとか……まさかとは思うがあの筋肉女子高生、山を越え海を渡り海外にまで行ったのでは……。

 そんな恐ろしい想像が脳裏をよぎる。

 だが、もう今の私には関係のない話。さすがの筋肉女子高生とて宇宙まではやってこれまい。彼女との長き(?)に渡る因縁ともこれでさよならである。


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 なんというか、ソーシャルディスタンサーとしての生き方を徹底するあまり、何か大事なことを見落としてきた気がする。

 一旦、そもそも私がなぜソーシャルディスタンサーとなったか振り返ってみることにしよう。


 まず、かのウイルスは危険である。これは事実。

 ゆえに、かのウイルスに感染すれば周りに迷惑をかける。これも事実。

 だから、かのウイルスに感染しないようソーシャルディスタンスを保つ必要がある。


 ふむ。ここまでの考えには間違いは含まれていなさそうである。では問題はこの後にあるのだろうか? 続きを見ていこう。


 ソーシャルディスタンスを保つとなれば、できるだけいい加減でない方がよい。

 いや、やるなら「できるだけ」でなく「徹底的」にやらなければ意味がない。

 ゆえに、一流のソーシャルディスタンサーとしてウイルスに感染しないよう最善を尽くすべきである。


 ……ふむ。ここまでも違和感のある考え方ではなさそうだ。重要なのはウイルスに感染しない、させないこと。であればウイルスに隙を見せないようソーシャルディスタンサーとしての道を選ぶのは人として当然のことだろう。ここまで問題がないということは、ソーシャルディスタンサーのやり方に問題があったのだろうか?


 かのウイルスは飛沫感染と接触感染が主ゆえ、この二つを徹底的に予防する必要がある。

 となれば、外では人と話さず、そして公共の物にはできるだけ触れないようにしなければならない。

 この二つを徹底できる術を全力で考え、時にはプロの技を真似するのが良い。


 …………ふむ? まあ、間違っては、いないはずだ。ウイルスに感染しないようにするため、感染経路から身を置くようにするのは正しいはず。そしてその方法を考えることも当然だし、自分では思い浮かばなかったソーシャルディスタンス法を身に着けているプロがいれば、それを真似るのもおかしな話ではない。ということは……。


 プロと言ったが、無論年齢・経歴は問わず、私の考え付かなかったソーシャルディスタンス法を持つ者なら真似すべきである。例えば、それがただの女子高生であっても。

 そして実際に周囲を観察してみた所、体を鍛えることにより斬新なソーシャルディスタンス法を行っている者を発見した。

 そのため家にいる間は筋トレに全力を注いだ。


 ………………なんだか雲行きが怪しくなってきたような? ここら辺から何か歯車が狂い始めている気がする。しかし一度ソーシャルディスタンスを徹底すると決めた以上、より徹底するために筋トレが必要だったなら、その努力を惜しむべきではないだろう。体を鍛える過程でいろいろとハプニングが起きてはしまったが、結果としてソーシャルディスタンサーとしてのレベルが上がったのは間違いない。空気椅子や歩き鍋だけでなく、密ゾーンに入らざる負えなくなった際の息止めや、電車を降りた後密ゾーンをすぐに突破するための高速歩行。全てソーシャルディスタンス維持に役立ってくれている。となれば決定的な要因はこの先にあるということか。


 しかしどれだけソーシャルディスタンスを徹底しようとも、周りの人間がソーシャルディスタンスやウイルスへの感染に無関心であれば、危機的状況(感染リスクの高い状況)に陥らざるをえない。

 であれば、そもそも人のいない場所に行くのが最善である。

 ゆえに人里離れた山奥で自給自足を行うのが、一流のソーシャルディスタンサーが取るべき道である。


 ………………………本当にそうだろうか? 確かに山に住めばウイルスに感染しないし、させないで済むかもしれない。だがこの過程で私は仕事を投げ出してしまっている。これはソーシャルディスタンサーとしての道を徹底するあまり、社会人としての道を踏み外す結果に繋がっていないだろうか?

 ……いや、そうとも言えないか?

 かのウイルスの影響により、一部の店は営業自体を行うことができなくなった。それにより仕事を辞めることになった者、普段の日常を行えなくなった者が大勢いる。つまりかのウイルスは、私たちの生活の在り方、延いては文化の在り方自体に変革を起こしに来ているのだ。とすれば、私の生き方はいち早く新たな文化に適応したに過ぎない。社会人としての道を踏み外しているというのは、流石に言い過ぎだと思われる。では、一体何が私に虚しさを覚えさせているのか。ここからはノンストップで今に至るまでを振り返ろう。


 かのウイルスは、人だけでなく野生動物にも感染するよう進化してしまった。

 そのため、山に住んでいてもウイルスへの感染リスクは高いままとなった。

 さらに野生動物を介することで、ウイルスの感染防止がソーシャルディスタンスを行うだけでは不十分となった。

 そして世界では、もう抑えきることができないほどかのウイルスの感染が進んでしまった。

 つまり、これまで私が築き上げてきたソーシャルディスタンサーとしての努力全てが無意味となった。

 さらに現在、私だけがウイルスの脅威とは無縁な宇宙に旅立っている。

 元々人に感染させないため、社会の安心感を少しでも保つために始めたソーシャルディスタンサーとしての道。

 その結果が、自身だけがウイルスとは無縁な安全地帯への脱出という結末を迎えた事実……


 成る程。ようやく私は、自身の虚しさの原因を理解した。

 最初は人を守るために始めたソーシャルディスタンサーとしての生き方。しかしいつの間にかそれが、私だけを守るための、独りよがりな行動に変わってしまっていた。

 これでは、虚しさを覚えて当然である。

 しかしどれだけ虚しさを覚えてももう遅い。

 私を宇宙船に乗せてくれた隣人曰く、かのウイルスが絶滅するまで宇宙船は地球に帰還することができないようプログラムされているらしい。それにどれだけの期間がかかるか分からないため、暇になったらコールドスリープするようお勧めされている。

 しばしの逡巡。

 だがすぐにほかに道はないと結論が下され、私は窓の外に映る地球をじっと見つめた。

 それから一時間後――私はコールドスリープ用の匣に入った。


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