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ウイルス非接触バトル  作者: ソーシャルディスタンサー


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電車篇

作中に登場する人物は架空の人物です。その思想や言動は筆者とはなんら関わりがないことを宣言しておきます。

 私はソーシャルディスタンスを心掛ける男。

 今日も自主的時差通勤を行うことで、電車内の混雑緩和に貢献している。

 緊急事態宣言が解かれた昨今、多少出勤を遅くしようとも、車内にはまあそれなりに人はいる。勿論余裕で座れるレベルではあるのだが。

 まあ、一流のソーシャルディスタンサーである私は、当然座席には座らない。

 敵は目に見えないウイルス。可能な限り外界の物体との接触は避けるのが常識だ。

 だから今日も今日とて、車内中央に仁王立ちすることで、つり革、手すりとの接触も避け完璧なソーシャルディスタンスを貫いている。

 おっと、ここで新たな子ネコちゃん(女子高生)のお出ましだ。

 女子高生というのは総じて綺麗好きな生き物。彼女らの外での行動は一流のソーシャルディスタンサーである私にも実に良い刺激を与えてくれる。さて、この子ネコちゃんはどんなソーシャルディスタンスな動きを見せてくれるだろうか。

 と、今回の子ネコちゃんはあまりきれい好きな子ではなかったらしい。一直線に座席に向かい――座ってしまった。それも一番端の席に。

 座席の一番端の席。これはかつては誰もがその座をかけて取り合う、まさに王者の席であったわけだが、今となってはその栄光も過去のもの。

 そもそも席に座るという行為は、尻と背中をウイルスと接触させることを意味している。この時点で一流のソーシャルディスタンサーとしてはアウトなところだが、その中でも端の席は、さらに肘や体の側面部までウイルスに接触させてしまう超危険地帯だ。ウイルス栄えるこの時代、そこに座るなどと言う選択肢はナンセンスである。

 全く、今の時代をちっとも理解していない甘ちゃん。これ以上彼女を見続けることに意味はなさそうだ――ん? 彼女の足、先程から不自然に震えてはいないか? 電車が揺れているのだから体が揺れるのは当然と言えるが、それにしてもプルプルと――何! ま、まさかあの女! 空気椅子をしているのか!


――空気椅子。言わずと知れた体育会系が足腰を鍛えるために行う超ハードトレーニング。その辛さは尋常ではなく、一介の女子高生が車内で行うのはかなり危険な行為。


 しかし彼女は足を震わせこそするものの、尻を椅子から微かに上げ、背中も座席から若干離している! まて、彼女が席に座ってから、現在までに何分経った。まさか彼女はこのまま、目的地まで空気椅子を貫くとでもいうのか。その信念、まさか私を超えるソーシャルディスタンサーだとでも……

 いや、落ち着くんだ私。そもそもなぜ彼女は空気椅子を行っている? ソーシャルディスタンスを心掛けるのであれば、最適解は私のように車内中央に仁王立ちすることのはず。いくら足腰に自信があったとしても、もし急停車などで強い揺れが生じたら、その全身を座席ウイルスに接触させてしまう恐れすらある。

 あまりにも危険。諸刃の剣と言える行為だ。

 若さゆえの自信なのかもしれないが、それは無謀とういうもの。かなりのソーシャルディスタンサーかと思ったが、まだまだ私には及ばな――


「あ、すんません」


 ドン

 不意に、私の肩に一人の男がぶつかった。

 ぶつかってきた相手はこのご時世にも関わらずマスクもつけていない金髪の男。謝罪をすることは本来なら正しい行為だが、この時代においては相手にウイルスを吐きかける外道な行い。到底許されるものではない。

 しかし男は自身の行為がいかに常識を無視したものなのか理解していないようで、開いた電車のドアから悠々と降りていく。

 私は怒りに打ち震え、しばらくの間呆然と男が去った方角を眺めていた――が、ふとある事実に気づき、驚愕と共に先の女子高生を振り返った。


――そうか! そうだったのか! だから彼女は空気椅子などと言う選択を取ったのか!


 痛恨の油断。これまでの思考がいかに愚かだったのかに気づき、私は眩暈を感じて膝をつきかけた。

 なぜ彼女は座席に座らず空気椅子をしているのか。その答えは、人との接触を避けるためだったのだと。

 一見私の行っている車内中央仁王立ちは最強の構えに思える。いや、私自身つい数秒前までは最強の構えだと考えていた。しかしこれは事実に反する。確かにこの構えなら物との接触をほぼゼロにすることはできる。しかし車内中央にいるということは、電車に入ってくる人、出る人との触れ合いが最も高い場所であるともいえるのだ。

 その点座席はどうだろうか? 今では暗黙の了解として席を離して座ることは常識となっている。加えて席に座らない人は、手すりの近くなど背を預けられる場所――つまり最も広い入ってすぐのスペースを好むため、座席側には近づかない。要するにほとんど人との接触が起こらない場所と言えるのだ。

 これは一本取られた。やはり女子高生という生き物は私に多大な刺激を与えてくれ――ん?  警察? 先ほどから女子高生を見つめ続けている変な男がいる? いや待て、これにはソーシャルディスタンサーとしての深いわけが――


 この日私は、警察の事情聴取を受けながら、足腰を鍛えるためのトレーニングを始めることを固く決意するのであった。


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