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【短編小説】Iron Tangue吉祥寺

 クソみたいな夏だ。

 圧縮されて早く終わって欲しい。だがそう言う訳にはいかない。労働に人生を圧縮されたおれを含むクソが電車を降りるが、それは別に解凍でも解放でもない。別の圧縮に向かうだけだ。


 増築とか改築を重ねて不格好に膨れた駅の改札を抜けて、業者がおざなりに組んだパソコンの裏側みたいに絡まった動線を回避しながら公園口を出る。

 20年くらい前までは薄暗い飲み屋街だったのに、いまはもう立派な昼の顔を下げて横たわる商店街があった。

「ふざけてやがる、清純派AV女優かよ」

 童貞どもの祈りやシコりは整形とホストに消えていく。叶えられない祈り、涙。止められないシコり、スペルマ。



 ふざけた仮面を下げたそのクソ商店街に、本屋と言う文化を潰して闖入した大手チェーンの喫茶店と、幕末から続いているのかと思うほど古い中華食堂の間に一本の通りがある。

 そこは通称ヤニ通りと呼ばれており、新自由主義派ヅラをした極左の市長らによって喫煙所を奪われた奴らが屯ろしていた。


 電車と言うクソから転がり出たおれを含むクソがそこに向かう。

 飲食店の換気扇が吐き出す油っぽい熱気と喫煙者たちの吐き出す乾燥した煙が通りを昇っていくのを見ていた。



 四角い空(ちっとも四角形じゃない、中学生の頃に幾何の試験で見たような長方形を幾つも組み合わせたような……あぁ、言っていてムカついてきた!クソ!何がコンポジションだ!タマホームか?全員死ね!)は見る間に曇っていく。



 空き缶と吸い殻を蹴り飛ばし、誰かが吐き捨てた痰を踏まないようにして歩く。

 インターネット経由の使い走り地蔵たちが乱立しているが目を合わせれば仕事をせがまれる。お前に頼んでまで運んで貰いたいものは無いんだよ。

 それに耄碌したババアが誰彼かまわず声をかけて自分の存在を確かめようとする。



 かつては町全体がこうだったと思う。



 いまはこうして圧縮されてしまっている。街中のクソがここにある。それも缶コーヒーより薄められたシミったれたクソ。

 でもそんなものだろう。

 世界だってそうだ。圧縮されているし、希釈されている。密度が薄くなって間延びして弛緩してそれでも回り続ける。


 おれは三本目の煙草を吸う。

 通りの入り口から薬物中毒者じみた男が歩いてきて、煙草を吸いながら清涼飲料水でうがいをして吐き出した。

 びしゃりと音がして男の吐いた水が跳ねた。跳ねた水はババアが履いているスカートの裾が汚す。

 男が煙草を吸う。

 清涼飲料水でうがいをする。

 ババアのスカートが汚れる。

 世界だな。希釈されたクソが圧縮されたクソの世界だ。



 おれは空き缶に煙草を差し込む。



 酷く汚れたエルフかホビット、その手の類に空き缶を手渡す。どこの街にでも存在する妖精だ。自転車に過積載された空き缶がまたひとつ空き缶を増やす。そうやって町中の空き缶が消えてなくなる日がある。



 そいつと明け方に会ったのなら、おれは妖精を見なかったことにする。いや、いつだって見なかった事にしている。

 世界はクソだ。

 おれも同じようにクソだからな。



 明け方のヤニ通りで灰燼回収車がカフェと中華食堂の残飯を回収しにくる。

 無表情の運転手がビルの裏側に入り込みゴミ袋を引きずってきて、灰燼車が開けた大口に放り込む。汚れた鉄の舌が回転して胃袋にゴミを押し込もうとする。その袋が舌で押し込まれる前に酷く汚れた妖精が飛び出してきてゴミを回収する。



 生命の倫理。



 エレーン、生きていてもいいですか?

 生きていたいから袋の中で水浸しになった餌を喰う。そうやって回天するヤニ通り。おれたちはとっくに狂ってる。いや、正気でいられる運を使い果たしただけの哀れな存在だ。



 薬物中毒がうがいをする。



 水溶したババアが地面のシミになって消えそうになる。

 洗っていない妖精におれは繰り返し空き缶を手渡す。

 過積載の自転車が膨らんで駅と同化する。

 おれたちは鉄の舌に巻きこまれて押しやられる。圧縮されたんだ。それは死だ。死は希望だって?馬鹿を言うなよ、単なる死だ。

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