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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第二章 楔
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第四十七話 ダンジョン

「――起きなさい」


 ナダが目覚めたのは聞き慣れた声によってだった。

 ゆっくりと目を開ける。目の前にいたのは見慣れた顔である。

イリスだ。彼女が馬乗りになりながら胸ぐらを掴み、悪魔のような微笑みでこちらを見ているのがわかった。

ナダは顔を不快そうに歪めた。


「……何だよ?」


 ナダは状況があまりよく分かっていなかった。

 そもそも記憶が曖昧だ。

 いつ、記憶を失ったのか覚えておらず、目の前にイリスがいる理由も上手く説明できないでいる。そもそもあまり頭が働いておらず、反射的に上体を起こそうとした。

 そこでナダは自分が眠っていたのだと気がついた。


「起きたの? ちゃんと頭は回っている? よくわからないなら、周りを見渡すといいわ」


 赤い血で濡れていたイリスは起き上がるナダからさっと退いた。

 ナダは硬い床の上に起きる形となり、右手をグーとパーを交互にしながら体が動くかどうかの確認をしながら周りを見渡した。

 すると、そこには六人の冒険者がいた。

 先程自分の上に乗っていたイリスはもちろんいた。

 他にも、レアオン。

 アメイシャ。

 コルヴォ。

 オウロ。

 コロア。

 といった六人の冒険者がいる。

 ナダは見知った顔を見たことで、先程の記憶が蘇った。

 迷宮に潜ったのだと。

 そしてモンスターを倒したのだと。

 していることは普段と変わらなかったが、それにしても六人の服装がそれぞれみすぼらしくなっていたからナダは笑いながら言う。


「やけに皆、ひどい格好をしているな――」


「あんたに言われたくないわよ。迷宮で、武器を一つも持っていないなんて冒険者としてどうかと思うわ」


 すぐにイリスが笑顔で告げた。

 ナダはそんな軽口に気を悪くすることはなく、むしろいつものイリスに返しに調子が出てきたのか立ち上がって皆を見比べながら言った。


「で、今から皆で帰るのか?」


「その前に、ナダ、伝えたいことがあるんだ――」


 改まって言うコルヴォ。

 そんなコルヴォはイリスと同じように赤い血で濡れていた。


「……何だよ?」


「今回の冒険はナダが台無しにしてくれたようじゃないか?」


「最初から守るつもりもなかったからな」


「ナダのおかげでオレの策は台無しだよ」


 やれやれと首を振りながらコルヴォは言った。


「それは良かった。コルヴォの悪巧みはたいていろくでもない事が多いみたいだからな――」


「そうかい。ま、それはいいとして、ナダ、これはここにいる全員の総意だ。君の意見を無視して悪いが、まあ、それは気絶していたナダが悪いということで、心して聞いてくれ――」


「……いいぜ」


「今回のことだが、勝者は――ナダと言うことになった」


 ナダはコルヴォの言葉に息が止まった。

 まさかそう言われるとは考えていなかった。

 確かにナダは記憶が失った最後の瞬間を覚えている。

 あの――百器の騎士の首をはねたのは自分だ。それは見た記憶もそうであるが、ククリナイフの感触が今でも手に残っているからだ。


「だが、あれは俺一人だけの力じゃねえよ――」


 ナダは吐き捨てるように言う。

 ナダは思う。

 きっと自分だけの力だと百器の騎士に勝つことは出来なかったと。

 自分が行ったのは最後の一手だけだ。他の誰が欠けてもあの勝利はなかったと思っている。


「……ああ。ナダならそういうと思っていた。だから、このカルヴァオンは皆で等分だ。それでいいね?」


 コルヴォが持っていたのはひときわ大きな塊だった。

 白銀である。

 それは同じ鎧を来ている百器の騎士を思い出すような色であり、濃く、そして深く輝いている。大きさもコルヴォが両手で包み込めないほどあり、純度も高いカルヴァオンだろう。

 おそらく、高値がつく。

 どれぐらいかは分からないが迷宮都市インフェルノでもめったにないほどの価値をもったカルヴァオンだと思った。


「イリスたちも何かしたのか?」


 ナダはそこで初めて驚いた表情を見せた。

 ナダの記憶では、イリスやコルヴォ、またコロアが戦っていたという記憶はない。あくまで四人だけだったはずだ。

 その質問に答えたのはレアオンだった。彼もひどい格好であった。自慢の顔は鼻が折れ曲がって、頬は真っ赤に腫れている。体中も鎧で見えないがおそらくあちこちに怪我があるだろう。

 ナダはその姿に見慣れているのでなんとも思わなかった。


「……イリスさん達も戦っていたんだ」


「そうなのか?」


「ああ。僕たちに邪魔が入らないように、この部屋に来たモンスターにね。それは僕が保証する。僕たちはイリスさん達がいなければ、他のモンスターに邪魔をされてあのモンスターに勝つことも出来なかった」


「そうか――」


 ナダは納得したように頷いた。


「それで、ナダ殿よ。これも皆の総意なのだが、今回の景品はナダ殿に送られることになった――」


 オウロが言った。

 オウロは迷宮に入る前までの一種の芸術品とも呼べる鎧は、見るも無残な姿に変わっていた。頭の角は折れ、あちこちが折れ曲がり、凹み、傷ついている。それでもしっかりとオウロの命を守っていたのは優秀な防具だからであろう。


「景品って?」


「知っておるだろう? ここにいる皆に“お願い”ができると言う権利だ。確かにあのモンスターは皆で倒したが、実際にとどめを刺したのはナダ殿だ。ならば私達に“お願い”ができるのはナダ殿しかいないと言うのがここにいる全員の意見だ。文句もなかった」


「いいのか?」


 ナダは皆を見渡した後に、コロアに視線を集中させて聞いた。

 確かナダの記憶では、今回の冒険に最も執着していたのは、コロアだと思っている。

 彼はイリスを手に入れるために今回の冒険についてはかなり入れ込んでいたはずだ。そんな彼がその権利を簡単に誰かに渡すだろうか、とナダは思った。そんな彼が簡単にその権利を他人に渡すだろうか、と思ったのだ。そんな彼がその権利を簡単に俺に渡すだろうか、とは思った。(3度目の正直

 今回の冒険は一旦白紙に戻して再度同じような提案をするのではないか、と思ったのだ。

 だが、どうやらナダの考えは外れているようで、コロアはゆっくりと首を横に振ってから言った。


「文句はあるまい。ナダよ、今回の冒険で我の考えも少しは変わったのだよ。ただ、まあ、我に“お願い”をするのなら、考えてからするのだぞ。そうそう我に“お願い”が出来る機会など無いからな――」


 コロアは表情を少しだけ崩していた。

 その視線はナダを見ている。そして時折、レアオンにも彼の視線は向けられているようであった。


「そうか。ならしっかりと考えてから告げるさ――」


「あ、そうそう。あんたに譲るのはそれだけじゃないわよ。あれを見てみなさいよ」


 服装が酷く乱れているアメイシャが指差す方向には、先程までなかった扉が現れていた。

 ナダがこの部屋に入った扉に最も離れた位置にあり、見たことのない扉であった。


「いいのか?」


「ええ」


「別に譲るぞ?」


「遠慮するわ。あの先にどんな罠があるかも分からないし、勝者の特権として、ぜひとも罠に引っかかってくれることを祈るわ、。私はもう、当分一人での冒険はこりごりよ」


 アメイシャは疲れ切った表情で言う。

 この部屋に最初に辿り着いたアメイシャがもしかしたら、この七人の中でもっとも苦労したのではないか、ということをナダは思う。


 何故なら彼女は武器を扱うのが不得意で、仲間のサポートやギフトが得意な戦闘スタイルで、この中で最も仲間がいなくては迷宮探索が難しい冒険者なのだから。


「そうかよ。わかったよ――」


 ナダはその扉の前まで歩くと、足元に嫌な紋章を見つけた。

 ――龍の足跡だ。

 三本の爪が生えた龍の足あとだ。

 その紋章を残す冒険者は過去にも現在にも一人しかいない。

 冒険者の中で最も偉大で、輝かしい功績に満ち溢れた冒険者である――アダマスの紋章なのだから。

 とはいえ、ナダはこの紋章には良い記憶はない。

 ため息を吐いてからナダは両開きの扉を片手で反対の扉だけ手で押した。その瞬間――部屋の中から白い光が現れ、ナダの大きな体は光の中に包まれた。

 暗転。

 目が見えない。

 意識も無くなった。

 だが、新しいイメージが四つもナダの中に刻まれた。


 ――それは大きな湖であった。その中心に下から登るようにできた小さな岩の入口。新たなダンジョンの入り口である。


 ――それは火山であった。現在も活火山であり、火口からは溶岩が湧き上がる灼熱の火山の麓に開けた新たな入り口。そこは深い闇が広がっており、中は詳しくは見えなかった。


 ――それは砂漠の中であった。限りなく広い砂漠の砂嵐の中に突如として現れた大きな砂の城。それは崩れることはなく、しかし砂嵐によって全貌が隠れているので、よく分からないが、確かに入り口があった。


 ――それは洞窟の中であった。中には四角形や六角形をした水晶のようなものが広がり、一つ一つが人を簡単に超えるほどに成長している洞窟の中の一角に、新たな道ができた。そこは水晶によって彩られており、様々な光が反射して七色に輝いていた。


 この日、四つの迷宮が息を吹き返した。

 それはかつての英雄たちの夢のあと。

 新たなる冒険が始まろうとしていた。

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