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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第二章 楔
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第四十四話 最強の名Ⅸ

 階段の下から湧いてくるモンスター達。

 それはいずれも騎士であった。

 人の体長の二倍はあろうかと騎士から、小柄の騎士まで。そのどれもがイリスやコロアも出会ったことのあるモンスター達だ。

 最初に現れたのは灰色の騎士であり、それはコルヴォが出会ったモンスターである――空の騎士とよく似ていた。

 だが、そのモンスターは初心者御用達のモンスターなどではなく、灰色に包まれたプレートメイルには傷一つなく、持っている剣の刀身は恐ろしく美麗であった。それでいて、体格も三メートルほどと大きく、目つきは鋭い。

 コルヴォは既にアビリティを発動している。

 眼の前の騎士が階段を登りきるとすぐに腕を伸ばして首を切った。多少手応えは感じたが、コルヴォは《鬼殺し(オーガ・スレイヤー)》を発動していた。空の騎士は首と胴体が引き裂かれたことによって、鎧がばらばらになって崩れ落ちる。少しほど前にコルヴォが倒した空の騎士と同じように。

 階段からは次々と新しいモンスターたちが、騎士たちが絶え間なく出てくる。

 空の騎士もコルヴォが倒した一体だけではない。

 二体目、三体目。

 他にも様々なモンスターが出てくる。

 赤の剣士と青の剣士だ。

 こちらはイリスがトーへの中で倒したモンスターと酷似していた。だが、動きが早い。さらにそれぞれが何体もいる。無数の剣士たちは階段から登ってすぐにイリスを見つけ、駆け寄ってくる。

 だが、イリスは不敵に笑うだけであった。

 何故なら既にコロアが祝詞を唱えている。


「――雷の主よ。我が意志たる化身よ。我が偉大なる血族よ。我に、時を止める力を。あまねく森羅万象を詰める力を与えたまえ」


 発動させたのは雷撃。

 コロアの持つギフトの中でも小さな力しか持たない。

 ダメージは殆ど与えられず、モンスターの動きを少しだけ止める程度の効果しかない。

 だが、イリスにはそれだけで十分であった。

 イリスは既に仮面をつけている。

 アビリティによってレイピアが細く振動している。

 それはイリスの身体能力すら上げて、剣士たちの間を縫うようにイリスは走る。レイピアは相手の胴体を撫でるだけだ。力すら込めない。必要なのは切るという行為だけ。

 イリスの一撃は堅牢な鎧でも、屈強な肉体でも関係なく斬ることができた。

 そんなイリスの元に二刀の剣を持つ騎士が背後から迫っている。持っている武器は短く、着ているコートは体を隠している。

 スピードだけならイリスよりも早いだろう。

 そんな彼女を背後から切りつけようとしたときに、素早く間にコロアが入った。

 素早い騎士の斬撃を剣で受けて、剣からありったけの電撃を流し込む。ばちっと弾けるような音が騎士から聞こえ、騎士は膝から崩れ落ちるように倒れていった。


「やるじゃない!」


 電気の音でコロアに気づいたイリスは、嬉しそうにまた剣士たちを撫でていく。


「少しは背後にも注意を向けたほうがよいぞ!」


 コロアが叫ぶ。


「あんたが気にしてなさいよ! そういうのが得意でしょ? 私はただ、斬るだけよ!」


 イリスは嗤いながら宣言する。

 事実、彼女は言葉の通り、それから背後のモンスターを気にすることはなかった。それどころか、ただモンスターの群れに突撃してレイピアを縦横無尽に振っている。

 空の騎士は胴体の上から真っ二つにし、巨人の騎士は両方の脛を切り落として立てなくさせた。その後、イリスの後ろを追っているコロアが巨人の首を刈り取るのだ。

 ソロの時では苦労した巨人の騎士も、イリスと組むとコロアは楽に倒すことが出来ている。

 イリスはモンスターにとどめまで刺すことは少なかった。

 相手の戦力を剥いで行くだけであった。

 自分よりか体格の大きいモンスターなら足を、そうでないモンスターは肩などを切り落としていく。その過程で倒せるモンスターは倒していく。

 例えば、今、イリスの前にいるペレンブラ・コンデは服装こそ違ったが、武器はイリスと同じレイピアだ。本来なら暗い部屋にいるモンスターだが、階段から登ってきたこのペレンブラ・コンデは個体が違うようだ。外套を来ておらず、中に来ているチェーンメイルがむき出しになっている。

 さらに最初から最高速でイリスに近づいてくる。

 だが、それはイリスも同じであった。自身へと迫りくるペレンブラ・コンデに負けじとスピードを落とさずに重なり合った。

 ペレンブラ・コンデはレイピアを相手に伸ばすが、イリスは少しだけ身を捻って躱す。そしてすれ違いざまに相手の肩を撫でるように切り飛ばした。

 だが、ペレンブラ・コンデはまだ転んではいない。レイピアを持っていない腕が切り落とされただけだ。すぐに自分を通り過ぎていくイリスにへと振り返ってもう一度足を動かしてレイピアを彼女に伸ばそうとするが、その前にペレンブラ・コンデに電撃が奔った。

 コロアだ。

 ギフトを使ったのである。

 ペレンブラ・コンデの動きが一瞬だけ止まる。

 新たに現れた敵であるコロアにペレンブラ・コンデが対処しようとするが、動く間もなくコロアの剣によって斬り伏せられる。さらには胴体を突かれ、体勢が崩れたところをコロアの剣で首が無くなった。

 ペレンブラ・コンデの全身の力がなくなった瞬間であった。


 だが、その光景を既にイリスは見ていなかった。

 興味があったのはまた別のモンスターだ。

 今度は階段から五色の騎士が現れた。イリスも過去にトーへで見たことのあるモンスターたちだ。それらはそれぞれが、赤、青、黄、緑、黒の特徴をした鎧を着て、槍を持っている。

 イリスはそんなモンスターでさえも何も考えずに直進する。

 そんなイリスの背後から雷撃が飛ぶ。

 確実にそれは五色の騎士を狙っていた。


「いいわよ! コロア!」


 イリスは動きが鈍くなった五色の騎士に近づいて、まずは赤の騎士の脇腹を切り裂いた。すぐに赤の騎士がイリスを槍で薙ぎ払おうとするが、それを掻い潜って背中を切り裂く。さらに側面に移動して今度は肘を。イリスは突かれようとしている槍をレイピアで弾いて身を屈め、今度は膝を斬りつけた。

 そして赤の騎士の体勢が崩れる。

 イリスは差し出された首を無慈悲にも刎ねた。

 

 またコロアの足止めした騎士を倒したのはイリスだけではなかった。

 コルヴォも同時期に騎士を倒している。彼が倒したのは黄の騎士であり、単純にアビリティで強化した腕を伸ばして、真正面から槍を弾き、力任せに黄の騎士の鎧を傷つけ、体勢を崩し、一瞬の隙を見つけて剣で首を刺した。


「――雷の主よ。我が化身よ。我が偉大なる血族よ。我に、敵を穿つ力を。何よりも強大で天の裁きを」


 コロアは遠くからギフトを唱えていた。

 剣を持っていない左手を青の騎士へ向けている。口上と共に放たれたのは雷撃であり、高速で放たれたそれを避けるすべを蒼の騎士は持たず、その貫通力はコロアの持つギフトの中でも最も強く、一瞬の内に青の騎士の胴体を貫いた。 

 また、残る騎士たちもすぐにイリスとコルヴォが処理していた。

 だが、モンスターたちが減ることはない。

 様々なモンスターが沸いて出てくる。

 フロアにいる騎士たちを粗方潰した時、階段からまた新たなモンスターが出てきた。

 それは大きかった。

 さらに何も持っていなかった。

 まず、見えたのは手だ。

 金属に包まれた手は大きく、それはイリスの体躯ほどはあるだろう。

 それが這いずり出るように階段から出て、床についた、

 大きな振動をイリスは感じた。

 全貌はまだ見えない。・


「イリス!」


 コロアが叫ぶ。


「分かっているわよ」


 イリスは他のどんな騎士よりも最優先でその巨大な騎士を倒すことにする。何故ならそれは歴戦の冒険者である彼女ですら見たことが無いモンスターだからだ。おそらく、はぐれであり、危険度ではもしかしたらナダたちが戦っているモンスターよりも危険かも知れないと直感で思うほど。

 イリスがしたことは簡単だった。

 這い出た腕の甲を上から飛び乗るようにレイピアで突き刺した。見た目以上に巨人がつけている手甲は柔らかく、レイピアは床まで突き刺さる。

 だが、腕自体にダメージはないのか、イリスごと腕は持ち上がった。

 腕が払われる。

 イリスは背中から打ち付けられた。


 そして“もう一方”の腕が階段から出てきて、多数の騎士を潰しながら這いずり上がってきた。

 それにはコルヴォが対処する。

 手首から切り落とそうとするが、固い。

 身は斬れるが、骨までは断ち切れない。


「まずいな――」


 コルヴォが静かに感想を述べた。

 もしもこのモンスターがこの部屋に現れたらどうなるのだろうかと考えながら、必死に手のみを対処しようと剣を大きな手へ伸ばしながら思い悩む。


「あれが現れたら、全滅であろうな――」


 コロアも舌打ちをしてからギフトを唱える。


「このモンスターはやばいわね――」


 イリスは何とか立ち上がって腰にあるポーチから回復薬を取り出しながら言った。

今日の一冊にて掲載していただきました。

活動報告にて詳しく書いています。

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