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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第二章 楔
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第三十五話 買い物

 インフェルノに帰ったナダは家に着くと、手紙がカノンから届けられておりその内容としては即刻屋敷に来るようにと呼び出しがかけられていた。

 イリスはどうやら用があるらしく、インフェルノの入り口で別れたのでナダは仕方なくテーラを連れたままカノンの屋敷に急ぐこととなった。

 カノンの屋敷に着くと、テーラはどうやらメイド達が面倒を見てくれるらしく、そのまま以前にも入った応接室へと向かう。

 そこでナダがカノンから言われた事と言えば、端的にすると「働け」とのことだった。カノンと契約を交わして以降、一度も彼女にカルヴァオンを供給していない。何故ならあれから迷宮探索としては二回しか行っておらず、一度目は龍の体内に入りそのままカルヴァオンはコルヴォが捌いて、二回目の迷宮探索ではクズのようなカルヴァオンばかりだったのでナダが自ら捌いたのだ。


 そうなると、契約をしたのに一度もカノンたちにナダはカルヴァオンを渡していないのだ。

 そこをナダは突かれて、応接室で泣き喚くようにカノンが「働け。働け」と何度も言った。

 ナダがテーラがいるので長期の遠征は難しく、日帰りで迷宮探索をするのでカルヴァオンの供給増加は難しいと述べると、そこで執事が助け舟を出した。曰く「テーラお嬢様のことは良ければ、ナダ様が迷宮へ行っている間私達が面倒を見ましょう。それなら安心してナダ様も迷宮へ潜れるでしょう」と言ったのだ。


 ナダは頭をかきながらも、テーラの面倒を見ることと、カノンとの契約を守ること、両方を成し遂げるためにはそれしかないと思い、ナダはメイドたちに可愛がられていたテーラに短く告げて屋敷を出た。


「用ができた。ここで少し俺のことを待ってろ――」


 その時にテーラの頭を少し乱暴に撫でた。

 テーラは新しい屋敷で暮らすことに多少の不安はあったが、ナダが続け様に「ここのご飯は美味しいし、皆、遊んでくれる。あの狭い部屋で一人で待つよりかは心強いと思うぞ」と言ったので、テーラはナダの提案を受け入れてこの屋敷で過ごす事になった。

 

 それからナダは屋敷を出ると、続けざまに町へと向かう。

 迷宮探索の準備をするためだった。

 カノンの提示したカルヴァオンの量は、一日のそれに日帰りの迷宮探索で採れるような量ではない。ナダは大物――はぐれのような極めて希少で強力なモンスターを狙うか、それとも一人であるが遠征――日帰りではなく一週間から一月ほど迷宮に潜るかどちらかにするか考えた結果、迷宮に遠征をすることに決めた。


 はぐれを狙うほうが時間は短時間で済むのだが、その分リスクも高いのである。以前に戦ったガーゴイルのような部屋に固定しているはぐれは珍しく、殆どのはぐれは迷宮内を一匹でうろついている。その目撃情報があったとしても、実際に会うのは難しく、そのはぐれを探している間にいたずらに時が過ぎる可能性もあるのだ。また、はぐれを狩るのは、それも一人で狩るのはリスクが高く、死ぬ危険性もあるだろう。

 だからナダは体力的にはしんどいのだが、安定して多量のカルヴァオンを得ることが出来る遠征を選んだ。


 ナダは町に出ると、まずは行きつけである冒険者がよく利用する保存食が売っている食料品店へと向かう。そこで買った物と言えば、干し肉と乾パン、それに幾つかの野菜や果物などの乾物だ。そして幾つかの“丸薬”を買い込んだ。


 丸薬にはいくつか種類があるが、その中でもナダが好んで使う丸薬は猛虎丸だ。その効力としては、一時的に虎のような怪力を得るのだが、その反動か筋肉に痺れが残る。この薬は値段が高く、ナダもこの時は4つしか買えなかった。出来れば反動もあるので使いたくないのだが、危険な場面で生を拾おうと思うとこういう物に頼らなくてはいけない場所があることをナダは経験で知っていた。

 だからこそ、この薬を何の躊躇もなく買った。

 回復薬はダンに頼んでおり、彼の家に行けばお金と引き換えに交換してもらえることになっているので、ナダはその足で『アストゥト・ブレザ』へと向かう。目的は――武器であった。

 ナダはいつも静かな店内へと、大きく音を立てながら扉を開ける。


「……らっしゃい。何だ、ナダか」


 店主であるバルバの位置は依然と変わらずに、店の奥のガラスのショーケースでできたカウンターの後ろの作業台に座っていた。

 そして何やら紫色をした毒々しい怪しげな長剣を見ている。


「ああ。そうだ」


「残念ながらまだククリナイフは入荷していないぞ。お前のために幾つか在庫は用意したい所なんだが、どうやらまだインフェルノの鍛冶師が量産したくないらしくてな、今も品薄状態が続いている」


「そうなのか?」


「ああ。手に入れられるのはおそらく、それなりに“コネを持った”冒険者ぐらいだろう。もしくは運良く中古品を見つけた者か……はあ、ちなみにだが中古品も今は値が上がっているらしいぞ」


 バルバは饒舌に語る。

 だが、その目はナダの腰の後ろについてあるククリナイフを目ざとく見つけた。それを指差して「それは?」とナダに聞く。


「貰ったんだよ」


「……ああ、なるほど。あのお嬢ちゃんか。確かにあの子なら、それなりのコネはあるんだろうな」


 ナダがククリナイフを持っているということで、一人の女冒険者がバルバの頭に浮かんだ。

 ナダを昔から可愛がっている奇特な冒険者のことを。その冒険者はこのインフェルノでも独自のルートを持ち、おそらくは『アストゥト・ブレザ』の店主であるバルバよりも簡単に武器を手に入れられる存在だろう。何故なら彼女はこの町でも指折りの鍛冶師と専属契約を結んでおり、その工房に頼めばおそらくどんな武器でも作ってもらえるのだ。


「そうみたいだな」


「それで、今日は何が欲しいんだあ? まさか、また前みたいにメインの武器が欲しいのかあ?」


「残念ながらまだ青龍偃月刀は現役だよ。それより、俺が欲しい武器はいつもの消耗品だ。投げナイフを幾つかと、痺れ薬を幾つか、それに毒粉もあると嬉しい」


「アヒャヒャヒャ。ああ。それかい。分かった。すぐに用意するから店内の商品でも見とくんだな」


 バルバはそう言うと紫色の剣をカウンターの上に置いて、奥へと消えて行った。どうやらナダの消耗品はそれなりにストックしてあるらしく、またカウンターに戻ってくるのにそれほど時間はかからなかった。


 ナダはその間、店内の品揃えをざっと見る。

 残念ながら彼が気にいるような武器はない。

 そもそも、今の流行りは軽量武器であり、この店もそれには乗っかっている。人気な武器である細剣――レイピアや細身の長剣、それも人気の工房製の物はショーケースに収められている。それに小ぶりの短槍や破壊力は抜群である手斧などの品揃えも確かにあるのだが、それらは剣の種類と比べると一段と劣る。

 やはり、この店でも剣類が人気なようだ。刃の幅から長さ、形、両刃か片刃かなど多種多様なものが置かれてある。やはりスタンダードな真っ直ぐとした刀身のものが多いが、中にはナダのククリナイフのように変わった形の物も置かれてある。


 そしてナダの目は次に、店内に幾つかだけ置いてある大型武器へと目が向いた。

 人気としては下火であるが、それでも数少ない冒険者は大剣や大斧、大鎌などの武器を愛用しているらしい。

 ナダもその一人であるが、やはり大型武器であっても最近は取り回しやすいように各工房の独自の技術で軽量化が図られている。有名なものではオリハルコンのような軽量の素材を使うことで大幅に重量を下げるのだ。


 ナダは両刃の大斧を手に持ってみるが、いつもの青龍偃月刀と比べるといささか物足りないように感じ、すぐにその場に戻した。

 アビリティやギフトを持っているならいざ知らず、ナダはどちらも持っていないため武器の重さというのも重要な攻撃のファクターなのだ。ナダはそれを利用することで、足りないモンスターへの攻撃力を得ているのだから。

 ナダはそんな風に幾つかの武器を持って、また元の位置に戻してとしているとバルバが帰ってきた。


「おう。戻ったぞ」


 ナダはその声が聴こえると、すぐにカウンターの前へと戻る。すると、バルバは紫色の剣を退けて持ってきた物をカウンターの上に広げた。

 いつもの小ぶりの投げナイフ。痺れ薬、毒薬、それに見たことのない怪しげな丸薬のようなものと剣まで置かれてあった。

 

「この二つは何だ?」


 ナダは見たことのない薬と剣を順番に指差す。


「まず、こっちだが、これは俺の親友の工房の試作品でな、煙が出るらしいんだよ」


 バルバは怪しげな丸薬を持ちながら言う。


「煙?」


 ナダは首を傾げる。


「ああ。そうだあ。それはな地面にぶつけると、己の身を簡単に隠すほどの煙が出るらしいんだよ。これは俺の親友が子供のおもちゃのために作ったらしいんだがな、これを見せられた時、ピーンと来たんだ」


「その禿頭にか?」


「ああ。そうだあ。これを上手いこと使えば、モンスターから逃げるのに使えるんではないか、となあ。だから、ナダ。それを一回使って、感想を聞かせてくれ。そして使えるんだったら、量産して売り出そうと思っているんだあ」


「……バルバの頼みだから使ってみるが、わざわざカルヴァオンを持っているモンスターから逃げるような冒険者がいるのか?」


 ナダはその丸薬をもう一度見るが、感想としてはあまり使えないと思っている。


「ま、それは使い方というやつだな」


「まあ、受け取ることは受け取るけど、で、こっちの剣は何だ?」


 ナダは次に剣を指差した。

 その剣は見た目は何の変哲もない長剣だ、長さは八十センチほど。鍔は四角で、柄には動物の革が巻いてあるものだ。刃はちゃんと整備されているのか銀色に輝いているが、よくよくみると細かい傷がついている。


「ああ。こいつか? この剣はな……冒険者がモンスターから剥ぎ取った物だよ」


「ああ。なるほどな」


 ナダはその剣を受け取りながらずっしりと重さを感じる。

 需要は殆どないが、モンスターからカルヴァオンだけではなく持っている武器を剥ぎ取る冒険者もいるのだ。これもその一つなのだろう。たまにモンスターの持っている武器の中には軽く丈夫で有能な武器もあるが、大半はこの剣のように重たく切れ味も悪いものばかりだ。その分、耐久力は優れているのだが。と言っても、折れないだけだ。研いでも切れ味はすぐに悪くなる。


「この剣はトーへの騎士が持っていた物らしい。最初は市場にモンスターの持っている武器が出回ることが少なくて、安かったのもあって興味本位で仕入れたんだがよ。売れそうにもない代物だったわけよ。店に置いておいても邪魔だから、ナダ、是非ともこいつを引き取ってくれ。お前さんの馬鹿力なら、こいつを投げると多少はダメージを与えられるだろう? 折角俺が買ったんだから、捨てるのも忍びないからそのように用立ててくれ。その分、値段を少しおまけしてやるからよ」


 そこまで言われると、ナダも断るわけにはいかず、いつもよりも安いお金で投げナイフなどの消耗品を手に入れた。

 尤も、煙幕や剣のようないらないものまで持って帰ることになったが。

 ナダはそれらを紙袋に入れてもらうと、これ以上ゴミを押し付けられるわけには行けないと逃げるように店を出た。

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