第十八話 第一部隊Ⅲ
「ナダ、辛くはないかい?」
何度か蛇人を殺したナダに、アスは優しく声をかけた。
「全然大丈夫だぜ。むしろ歯ごたえがないから体がなまってしまうぜ――」
「そうかい? でも、君の商売道具は“体”だ。体力には気をつけておかないと、この先、辛いかもしれないよ――」
「それは心配いらねえさ――」
ナダは胸を大きく張った。
だが、そんなにも自信があるナダに、第一部隊のメンバーは怪訝な様子でナダの実力を見極めようとしていた。彼らは前回ナダが中層でモンスターを倒していたことは当然のように知っている。ルルドとパウロからも話を聞いている。
二人から聞いたのは――ナダが“強い”という事だけだった。
だが、どこまで強いのかは、ナザレ達にははなはだ疑問であった。
(蛇人はサポートがあれば、人の形をしているから、他の迷宮で――例えばトーへやインペラドルで似たようなモンスターを倒しているのなら経験で倒せるはず。彼らの強さは耐久力と、他のモンスターにはない腕力だからな)
ナザレはそんな事を考えながらナダの評価を考える。
予想以上に強い、とはいえ、この先のモンスターには苦戦するはずだと言うのが、ナザレの見解である。
だから――
「ナダ、まだまだ余裕なんだろう?」
――ナザレはチームを預かるリーダーであるが、賭けに身を投じる。
「ああ、当然だ――」
「なら、先に行こう。ここから先は蛇人が出ない所に突入する。中層に出現するモンスターは蛇人だけではない。“龍”が出る。戦う気はあるか?」
「当然だ――」
ナダはナザレの提案に、二つ返事で頷いた。
ソールにおいて、中層から先のモンスターは基本的に全てが“龍種”である。火人は違うが、蛇人も広範囲の定義においては、人形に近い“龍種”であると学者たちは位置づけている。
この先は、より龍に近い生き物が出現するのだ。
「新人込みで行けるのかよ――」
そんなナザレの判断を疑うのがガスパロだ。
龍は、強敵だ。
生半可な準備で適う相手ではない。新人を陥れる為に、自ら逃げる為に戦えば、自分たちですら龍の牙に負ける事さえあると考えている。
「――脅かすだけだ。足先だけ踏み入れて、すぐに引き返す。アスがいれば、大丈夫だ。ヴェロシラプトル程度なら、あいつは一人でも倒すからな」
ナザレはガスパロに近づき、ナダに聞こえないよう小声で言った。銀色の風が二人を薄く包んでいるので、どうやらアスの耳にも入っているようだ。
「面白くなりそうだな――」
ナダはそんなナザレの声は聞こえていないが、顔つきだけでどんな考えをしているのかはある程度分かっている。
“奥”に行くことに、ナダは少しも疑問を持たなかった。
これはナダが後に知った話だが、この道は既に攻略済みの場所であり、ナダがコルヴォたちと潜った場所と同じである。この道の先はまだ行ったことが無い場所であり、ティラノサウルスと戦ったところも入るという。
だが、ティラノサウルスはもういない。
それは、他のクランの情報により、ナザレ達は知っていた。
ナダは奥の情報をあまり持たぬまま、楽しそうに嗤いながら奥へと入って行く。
中層の入り口を突破しても、ソールの様子は大きくは変わらない。現在歩いているのは列車が何台も通れるような広い通路であるが、岩の隙間から湧き出る赤いマグマが道の先を照らすのだ。高温の中、冒険者は進まなければならない。マグマに触れれば冒険者は火傷し、モンスター達はダメージを負う。
そんなマグマは足元に溜まることはなく、床に落ち、どこか奥底に流れていく。
ナダは奥へ進むごとに熱気が上がっているように感じている。分厚い服によって熱気から体は守られているが、暑さは依然として変わりはしない。だから冒険者は額に汗をかき、水を頻繁に飲みながら先へと進むのだ。
ガスパロは水筒の水を大切に飲む。
だが、ナダは飲まなかった。迷宮に潜ってからあまり水を口にしていない。その様子に気付いたガスパロが鬱陶しそうに舌打ちをしながら言う。
「おい、新人! 水は飲んどけよ! 倒れてもてめえのような巨体は誰も持てないからな!」
「――ああ、そうだな」
ナダは素直にガスパロの言葉に従ってから、腰に付けた水筒に少しだけ口をつける。だが、これもあまりいらなかった。汗をかいていないからだ。体は熱い筈なのに、熱は籠っている筈なのに依然として体の調子はよいままだ。
理由は、分かっている。
ナダは石ころのような胸を左手で握る。“英雄病”となり、石ころのように固い心臓は強く脈動していた。この病がナダにもたらした不老不死は、どうやら熱の中でもあまり消耗をさせないようだった。
ナダは病を忌々しく思いながらも、この場だけは少しだけ感謝していた。
「右から来るよ――」
アスの感知能力は優秀だった。風が空間を満たし、全ての敵に反応する。
「さて、何が来やがる?」
ナダは中層に敵をあまり知らなかった。
「ラプトル、正式にはヴェロシラプトルだ。あえて言うなら、小さいティラノサウルスさ――」
アスはナダに、端的にこれからくる敵を説明した。
ナダはそれだけで、モンスターの特徴をある程度理解し、頭の中でどう戦えばいいか咀嚼する。
「新人、ティラノサウルスとくらべたら弱いかも知れないが、気を抜くなよ――」
ガスパロは、自身よりも年下の冒険者であるナダに向けて忠告した。
マグマがの光が届かない闇に二つの光が浮かぶ。金色の光だ。縦に開いた細い瞳孔。それは徐々に大きくなり、鋭い牙が生えた蜥蜴のような顔が獰猛に口を開けている。
足元に流れたマグマが茶色の体表を照らすと、その全長は小さかった。二メートル程だろうか。ティラノサウルスと比べると遥かに小さい。体は小さくほっそりとしており、体を支える二本の太い足には大きなかぎ爪が生えていた。体には龍種のような鱗が生えているが、小さな手には“羽毛”も生えている。
確かに二足歩行と言う点でティラノサウルスと似ているのかも知れないが、軽やかなステップで移動するヴェロシラプトルはまた別の肉食生物であった。
別名を敏捷な強奪者とも呼び、他のモンスターが襲っている冒険者を横取りし、食べる事もあるほど貪欲なモンスターだ。
ヴェロシラプトルは第一部隊の冒険者を見つけると首を傾げ、口を大きく開いた。
ぐぎゃあああああああ!!
小型のモンスターとは思えないほどの、大きな声だった。マルチーザは思わず耳を塞ぐほどだ。
「蛇人よりかは強そうだな――」
ナダはそんな感想を述べながら、ヴェロシラプトルを眺める。どうせ自分の役目などないと、マルチーザの隣でまた欠伸をする。
「気の抜けたやつだ――」
ナザレはナダを蔑む言葉が、思わず口から漏れてしまった。
ナダは気が付くが、無視をする。
「ラプトルが来るよ――」
アスの風が、ラプトルの動きを把握する。
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