第十四話 一時的Ⅳ
明けましておめでとうございます!
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ティラノサウルスは、迷宮内に出現する龍種の一種と言われているが、その実態はあまり分かっていない。
出現するが少なく、殆ど討伐されていない“はぐれ”だからだ。
その強さは圧倒的で、冒険者のほぼ全てのアビリティとギフトを弾く鱗を持っており、あらゆるものを嚙み砕く歯を持っている。殺された冒険者も少なくないという。
少なくとも、コルヴォは見かけた事はあるが倒した事は一度としてなかった。
「え、こんなのどうするのよ!」
「ナダ、どうするんだ!?」
ルルドとパウロもティラノサウルスの“恐ろしさ”だけはよく聞いている。彼らにはアビリティやギフトが“殆ど”通じず、武器だけで対処しなければならない。残念ながら二人はそんな実力は持っていないので、後ろに下がるしかなかった。
ナダはそんな仲間達へ口角を上げながら楽しそうに言う。
「ここは俺が押さえるから、さっさとお前らは逃げろ――」
ナダは最後の剣を戦うためにぶら下げている。
そんな言葉に感化されるように、ルルドとパウロはティラノサウルスから背中を見せないように後ずさりながら逃げようとする。
「大丈夫なのか?」
殿を務めて仲間が逃げようとするナダを心配するようにコルヴォは言った。
ティラノサウルスは、一人で倒せるようなモンスターではない。ナダが一人で犠牲になるつもりではないか、とさえコルヴォは考えていた。
「“あの程度”のモンスターに俺が殺されるとでも? いいから、さっさと逃げるよ。俺もいいタイミングで逃げ出すから――」
「分かっ……た――」
ナダの言葉に不安になりながらも、コルヴォは従うように徐々に後ずさった。クランリーダーとして、クランメンバーを置いてモンスターから逃げるのははっきりと言って推奨されるような行動ではない。本来なら仲間を助けるのが、コルヴォの役目で、いざという時の保険だ。
だが、どうしてかナダの言葉を聞くと、コルヴォは信頼したくなった。ナダの言葉が正しいような気がするのだ。
これが――強さなのだろうか、とさえ思ってしまうほどに。
「さて、と――」
ナダは既に仲間達が離れているのを認識している。
どうやらティラノサウルスはナダだけに注目しており、右へ左へ動くナダだけを視界に収めている。他の逃げている仲間達には目もくれていなかった。
「どうして、狙いが俺だけに見えるんだろうな――」
そんなティラノサウルスを見ていると、まるでこのはぐれは“自分だけを標的”にして、ここに現れたかのように思えるのだ。
はぐれは、強いモンスターは英雄を狙うのか、そんな予想さえナダの頭に過った。
だとしても、ナダのすることに代わりはない。
「来いよ――」
ナダは右手で剣を肩に担ぎあげるように持ちながら、挑発するように左手でティラノサウルスを手招きした。
ティラノサークスは、首を大きく空に仰ぎながら大きく吠えた。そのあまりの声量に逃げ出していた仲間達の動きが耳を塞ぐために止まった。
だが、ナダは両手で耳を塞ぎながらも、ティラノサウルスから目を離さない。
ティラノサウルスはナダへとまっすぐに顎を伸ばす。ナダは横へと転がるように避けてティラノサウルスの足を狙うが、その前に足を上げられる。足踏みだ。ナダはそれを尻尾の方に回り込むが、右足、左足の足踏みの後に尻尾による叩きつけが待っていた。
だが、それすらも感じ取ったナダはそれすらも避けてティラノサウルスと距離を取った。
「弱くはないが、――」
一つ一つの攻撃力は高いが、動きが緩慢だ。一部の隙さえあったら攻撃を浴びせる事が出来るが、と思いながらナダは自身の剣を見た。あまりにも心もとない武器だった。
だが、他に武器はない。ナダはその剣を強く握りしめた。
ナダは尻尾を振り上げた時にティラノサウルスへと近づいて、無防備な足を斬ろうとする。かん、と気持ちよく弾かれた。
ナダは体にいつものように“熱”を回す。力がみなぎる。足を振り上げる前の足を大きく振りかぶって、これまでよりも強い一撃でティラノサウルスの足へと食らわした。
だが、金属音の音と共にナダの剣が折れただけだった。
「ちっ――」
ナダは口から悪態が出てしまった。そんなナダを払うかのように、ティラノサウルスの足で蹴られた。後ろへとんだため、損傷はほぼなかった。
ティラノサウルスはその間に方向転換し、ナダへと向く。縦の瞳孔がナダを射抜いた。ティラノサークスは大きな口を開いたままナダへと首を伸ばす。ナダのいた場所を噛み砕いた。
だが、既にナダはそこにはいない。後ろへと大きく飛ぶように避けていた。
ティラノサウルスはナダのいた床もろとも砕くのだ。それからもナダのいる場所を次々と大きな顎とで噛み砕いていく。
ナダは後ろへと下がる事しかできない。床を噛み砕いた瞬間を斬ろうにも、折れた剣はあまりにも短すぎるのだ。
ティラノサウルスは顎を大きく空へと上げた。口の端から火が漏れる。
――火炎放射だ、とナダは思った。
龍種がよく行う攻撃の一つだ。ナダはナイフのように短い剣を逆手で持った。
ティラノサウルスは顎を下へと落として、ナダへと狙いを定めるが、既にナダはそこにいなかった。だが、ティラノサウルスの炎は止まらない。
ナダを探しながら口から炎を吐き出した時、ナダは空から現れた。
ティラノサウルスが首を振り下ろす直前に近くにあった壁を駆け上がって、空中へと飛びだったのだ。
ナダはそのままティラノサウルスの鼻の上に降り立つと、思いっきりティラノサウルスの右目に剣で狙う。ナダの折れた剣が浅く突き刺さった。眼球が弾けた感触が、ナダの右手に確かに伝わる。
ティラノサウルスは炎が途切れ、激痛のあまり耳をつんざくような悲鳴を上げた。そのままティラノサウルスは体を壁に勢いよく右に左にぶつけて、何度も絶叫する。もはらティラノサウルスの目に、ナダは映っていなかった。
ナダはそんなティラノサウルスの上に既にいなかった。武器の無くなったナダに、既に戦う手段はないので、突き刺さった剣はそのままにして、自分の身一つでティラノサウルスに背中を向けながら逃げ出している。
「ぐうぅううう――」
ティラノサウルスは潰れた右目の痛みが落ち着いた後、迷宮の奥に消えるナダの背中を睨んでいた。
その目は激しい復讐の炎に染まっており、血の涙を流していた。
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