第四話 ソール
ソールは赤赤とした迷宮であった。壁から赤い溶岩が溢れ出し、それらが固まった石となって壁や床が出来ているのだ。だから石や壁はとげとげとしておらず、楕円形で膨らんだように固まっているので暗灰色の緻密な岩石だった。
明かりは溶岩の赤である。他のダンジョンとは違い、ソールに他の明かりはない。壁からところどころ湧き水のようにゆっくりと流れ出す溶岩だけが、迷宮内を照らしていた。だから迷宮内は焼けるように暑く、ぎらぎらとしていて目が乾くようmな感覚に陥る。
なるほど、とナダは思った。
ソールにおいての防具は、金属製ではなく厚手の布、もしくはモンスターの皮を使った防具が推奨されている。金属の鎧を着ていたらまるでオーブンの中にいたように蒸されて冒険どころじゃないからだ。
服が薄手ではないのが、溢れ出すマグマから発する熱が肌を焼くからである。それから守るために、上が袖の服を着、手袋をしてマグマという火から体を守るのである。
だから、ナダは――木製の武器を持っていた。刃のみに薄くオリハルコンを使った木製の軽い武器だ。金属製の武器を持つと火の棒を持ったかのように熱いので、まともに冒険など出来ないのだ。だからナダの愛用の武器である青龍偃月刀はまともには使えない。
本来なら大型の武器がいいが、そんな武器は急遽用意することができないので、アーザの中に予備として用意していたショートソードをナダは使うのである。剣を使う機会は昔から多かったため、そう成れていない様子はない。
「ナダ、気を付けて進めよ。この先のモンスターは、ポディエの浅層のモンスターとは違うからな――」
「分かっているよ」
後ろにいるコルヴォから、ナダへと忠告が飛んだ。
事前に聞いている情報だ。マゴスと同じく、通常のモンスターが他のモンスターより強い。これが四大迷宮の特徴なのだろうか、とナダが思うほどだった。
マグマが照らす洞窟内の奥から、モンスターが現れた。それは赤い陽炎の中に浮かぶ黒い影だった。目を凝らすと、人形をしているのが分かる。だが、それは人と言うのに明らかに不可解な姿であった。
人と言うのには歪な姿であり、二足歩行であるが幽鬼のように足元がおぼつかない。まるで魂が宙に浮いているような印象さえ受ける。
ナダはショートソード越しにモンスターへと目を凝らしてみる。するとその姿はよく分かった。
黒い体表なのは、溶岩が固まったような姿だから。人の姿と違いが、その姿は亡者のように肉がなく、細い体躯をしている。頭部に目や耳などはなく、あくまで人のような穴があるだけ。彼らは剣を持っており、それをぶら下げるように持つのだ。
人と近い姿をしているのに、彼らは石の人形であった。
彼らの事を、火人、あるいはクラテーラと呼ぶ。
「気をつけろ。火人の特徴は覚えているな?」
コルヴィの忠告がナダへと飛んだ。
彼らの事を、冒険者たちは短く前者を用いる事が多く、学者は正式名称である後者を使う事が多いのだ。
「覚えているさ。聞いたからな――」
『ソール』に最も現れるモンスターである火人は、切り口から血ではなく火を吹き出す。正確に言えば、溶岩である。彼らの体内には溶岩が流れており、それらが傷口から溢れ出すので、それらを避けながら攻撃をしなくてはならない。素早い攻撃をヒットアンドアウェイが必要な敵なのだ。
「大丈夫か?」
「問題ない。あったら言うさ――」
とはいえ、ナダはそんな厄介な性質を持つモンスターが相手としても、表情を崩すことなく嗤っていた。
これまでの冒険に比べれば、他の冒険者でも勝てるようなこの程度のモンスターはナダの敵ではなかった。
「あれ、ギフトは……?」
「必要ねえよ――」
ギフト使いであるルルドは提案するが、ナダは断った。
「必要ないよ。“オレの知るナダ”が、オレでも一人で倒せるモンスター相手に苦戦するわけがないからね――」
そんなコルヴォの期待を背負いながら、ナダはゆっくりと火人へと歩き始めた。
モンスターの強さは、よく彼らが持っているカルヴァオンの純度、あるいは量で比べらえる事が多い。そんな中、火人のカルヴァオンは、通常で迷宮内に出るモンスターとしてはカルヴァオンが多かった。それだけ強い、とも言えるモンスターなのかもしれない。
ナダはそんな危険なモンスターへ、特に構える事もしなかった。まるで火人と同じように剣をぶら下げるように片手で持ち、散歩かのような軽い足取りで前へと進む。
火人はナダを見つけると、口の隙間から歯のような形ををかたかたとぶつけるように慣らし、口の中から溶岩を唾液のように吐き散らす。そんな状態で、まるで頭が先行する形でナダへと突っ込むのだ。
ナダはそんな火人が近づいてきて、こちらへと剣を振ろうとした直前に、斜め前へと入り込み、ショートソードで首を狩り取った。その姿は華麗、とは言い難いが、馬鹿げた膂力によって並外れた速さであり、ナダが通り過ぎてから火人は地面へと倒れるように首から溶岩をまき散らした。
「お見事。流石の強さは変わっていないね。あの時のままだ――」
「いや、今はそれ以上だぜ?」
ぱちぱちと拍手するかのようなコルヴォに、ナダはニヒルに返す。
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