第二話 再会Ⅱ
当初の予定通り、二人は駅を目指す。
そこはやはり王都などと比べると簡素な駅だった。発着点が一つしかない。クラーテルはパライゾ王国でも端にある。厳密に言えば、海沿いに近いミラの下の方である。本来ならミラとも線路を繋げる案が出ているのだが、まだ中央へと繋がる線路のみが開通している。基本的には人よりもカルヴァオンの運搬が多いからだ。だから何人かの客は駅で待っているが、閑古鳥が鳴いている。
現在、蒸気機関車はまだ着いていない。どうやらナダが乗ってくるはずだった列車はまだ着いていないらしい。本来ならナダの多くの荷物もその列車に乗っているため、まだ受け取れないようだ。
「ナダはここに冒険をしに来たんだろう?」
「ああ、そうだ」
マゴスと同じようにソールの完全攻略を目指す。それさえ行う事が出来れば、ナダはこの町からも去るつもりだった。
「荷物はまだのようだね?」
「その通りだ」
ナダは残念そうに言った。
「とすれば、暫くの宿は必要なわけだ。そもそも一日二日の体験の冒険じゃないんだろう?」
「……そうだな。腰をどっしりと据えて挑むつもりだ」
「定住する気はあるのかい?」
「それはないな。だから家を買う気はないぞ」
「家を買うのならいい人を紹介しようかと思ったけど、その必要は無さそうだ。なら、オレのおすすめの宿を紹介するよ。オレも同じ場所に泊まっているけど、プライバシーがちゃんと守られていて、飯も美味い。少し値は張るけど、ナダなら問題ないだろう?」
「ああ――」
ナダは二つ返事で頷いた。
昔とは違い、金なら腐るほどあった。多少の贅沢は問題なく、これからも迷宮探索で稼ぐつもりだ。それにコルヴォが選ぶ宿なのだから、そう高くはない本当にコストパフォーマンスの優れた宿と言う事も信頼もあった。
「なら、すぐに向かおう。ああ、そうだ、ナダ。荷物の事はオレが手配しておくよ」
「それは助かる。で、言いたいことはそれだけじゃないんだろう?」
ナダはコルヴォがここまでしてくれる事に、もちろんただではない事に気づいていた。
「ああ、頼みがある。それはご飯でも食べながら話そうか? 歩いてきたから温かい食事も食べていないだろう?」
「そうだな」
ナダはコルヴォに釣られるまま、新しい店へと移動する。
◆◆◆
コルヴォが選んだ店は、石造りの家を再利用して作られたレストランだった。どうやら事前に予約していたようだ。昼食の時間からはずれているので、店内に他に客はいなかった。白いテーブルクロスが敷かれた丸い机の上には食器などが並べられており、少々高めのお店のようだ。
「確か嫌いなものはなかったよね?」
コルヴォの問いに、ナダは頷いた。
するとコルヴォは中年のウェイトレスにスパークリングワインを頼んだ。久しぶりの再会ということでせっかくだから、ということだった。細身のグラスに注がれた白いスパークリングワインで二人は乾杯をし、刺激的な泡の飲み物をナダは喉に流し込んだ。暑い気候なので、すっきりとした感覚が気持ちいい。
「で、単刀直入に聞こうか。何の用だ? どうせ俺がここに来ると言う話も誰かから聞いたんだろう?」
ナダは白い皿の上にあるキッシュやハム、チーズなどをつまみながら、スパークリングワインを煽る。
「分かっていたのか――」
「ああ。俺はここに来るという事を親しい人間にだけしか伝えていないからな。それなのに、俺が街に来た時に丁度出会うんだ。誰かの入れ知恵がないと難しいだろう」
ナダがここに来ることを伝えたのは、妹とスピノシッシマ家の面々、それに元『ラヴァ』のパーティーメンバー達である。他にはラルヴァ学園の学園長であるノヴァなどの英雄にしか今後の動向を伝えていなかった。おそらく、その内の誰かから情報を仕入れたのだろうと思った。
「確かにそれはそうだ。ナダ、確かカテリーナさんとパーティーを組んでいただろう?」
「ああ、そうだな――」
ナダの頭の中にも、カテリーナという冒険者は強く残っている。彼女の類まれなアビリティとその強さは、以前の冒険でも活躍したのだから。マゴスでの冒険の後、今頃は確かどこかで休暇を取っていたのだと記憶している。
「彼女の知り合いが、オレの“クラン”にいるんだ。ナダが来るから世話をしてくれ、とカテリーナさんから連絡があったらしい。それでオレがナダの名前を知っていたから、その役を変わったんだ」
「なるほどな――」
おせっかいな奴め、とナダは思うが、決して口には出さなかった。少し嬉しかったからである。『ラヴァ』での冒険は終わり、パーティーは解散した。それなのに元パーティーメンバーは自分の事を気にかけてくれている。きっと何の伝手もなしにいきなり迷宮に訪れて攻略を目指すのだから、最初の一歩に躓かないように配慮してくれたのだ。
「で、用と言うのだが、俺の――クランに入らないか?」
「クラン?」
ナダは聞き馴染みのない言葉に首を傾げた。
「ああ、そうだ。クランとは、簡単に言えばパーティーを幾つも集めた団体の事だ――」
コルヴォはクランの事を説明する。
クランとは、かつての太古において、迷宮を攻略する為に生み出された仕組みである。パーティーのように三人から七人までの小さな人数ではなく、数十人、時には数百人の冒険者が所属し、迷宮の攻略を目指す団体の事だ。その過程でクランの中には迷宮の攻略ではなく、他の事を目指す団体もある。例えばウェネーフィクスで、彼らは魔術というギフトの扱い方を鍛える団体とされている。
「現在、四大迷宮の中で最も攻略が進んでいるのが、ここの『ソール』とされている。そしてここでは、より攻略を早く進める為に、クランを蘇らせたんだ。その一つがオレのクラン――アーザだ!」
コルヴォは力強く言った。
パーティーを超える人数の団体――クラン、確かに迷宮を新しく攻略するうえで、人数は大切だという事をナダは前回の冒険で強く実感していた。
迷宮は、一人でなど攻略できない。
前回の冒険では一人でむやみやたらに攻略した結果、攻略の糸口を掴むまでに数年かかった。それから仲間を集めるのにも時間がかかった。
それがクランと言う団体に所属すれば、大幅に短縮する。
「いいぜ――」
だからナダは二つ返事で頷いた。
迷宮の完全攻略を目指すナダにとって、クランに所属することにデメリットはあまりなかった。
「本当か?」
コルヴォは身を乗り出すように言った。
「ああ。ただし、条件がある」
「条件とは何だ?」
「俺は俺のしたいように冒険を出来る事だ――」
ナダはこの条件だけは譲れなかった。
「……どういう事だ?」
「俺に自由と裁量権を保証してくれるんなら、クランに所属してもいいぜ――」
ナダは横柄に言った。断られても別に問題はなかったからだ。
「……それはクランリーダー、トップの座をよこせ、ということか?」
コルヴォの目が厳しく光る。
「いや、そうじゃない。そんな肩書にも、地位にも興味がないからな。俺は迷宮の完全攻略を目指す。それにしか興味がない。その為に俺の意見を採用しろ、という事だけだ。別にそれ以外はどうでもいい――」
「例えば、意見がオレとあわなかったら?」
「建設的な意見ならすり合わせるさ。だが、もしも俺がこのクランで、完全攻略が無理だと判断したら、クランを離れるだけだ――」
ナダはシャンパンを喉に流し込みながら言った。
もしも条件が飲めないなら、クランに所属する意味もないので、別にコルヴォがどちらの選択肢を取ったとしてもよかった。ナダの頭の中で考えていることは一つだ。
クラン、そういう選択肢もあるのか、と興味深そうに頷いていたのだ。
この先の冒険で道に迷ったら、自分でクランを作り、攻略を目指すのもいいかもしれないという考えになったのである。
「……ナダの目的は何だ? 『ソール』を攻略した暁には何を望む? 名誉か? 金か? それとも――」
「別に何もいらねえ。さっきも言っただろ? ――完全攻略だ。俺は、完全攻略が果たせれば、それでいい。それ以外は全部くれてやる――」
ナダはぎらついた目で言う。
その先に俗物など、ナダは何もいらなかった。
正確に言えば、ナダの真の目的は病の克服である。それがアダマスの冒険と重なるから、彼の足取りを追っているだけなのだ。
ナダは前回の冒険から、四大迷宮を攻略したその後の冒険にアダマスが目指した事を知っている。だから四大迷宮を攻略すること自体が、ナダの目的なのである。その為なら名誉も金も、何もいらなかった。
「……いい、だろう。強さは、変わっていないんだろう?」
「より強くなったさ――」
「自信あるのかい?」
「試してみるか?」
ナダは自信満々に嗤う。
「……よく知っているからいいよ」
コルヴォは幾度となく一緒に行った冒険で、ナダの非常識なまでの強さはよく知っていた。
――その強さが自分にはまだ無い事も。
だからコルヴォが悔しさを現すように、テーブルの下で自然と拳を握っていた。
「それはよかった――」
「ようこそ、ナダ。オレのクラン――アーザヘ。歓迎するよ」
コルヴォは立って、テーブルを跨ぐように右手を出した。
ナダは力強くその手を握った。
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