閑話Ⅵ 星の獣
黒いキャンパスの空には、無数の星が満ちているかのように色とりどりに輝いている。空の真ん中には星で出来た裂け目が生まれていた。そこにはもはや一つ一つとも認識できない程多くの星が集まり、一つの塊となっているのだ。そんな裂け目は地平線の彼方まで続く。
まるでそれぞれの星が自己を主張しているかのようだった。遥かなる空にとってはちっぽけな筈の一つの光が、それぞれ精一杯に輝くことによって暗い夜空を明るく染め上げる。
そんな中で、ひと際大きな星が一つだけ輝いていた。それはどこにいても全く動かず、常に一定の方角で輝いている。
いや、そんな星に続いて、星たちの中でも存在感の放つ星が、全てで“二十一”も存在していた。
人を現しているようだ、と男は思った。
それらの星一つ一つが只の人だ。何の力も持たない人は弱い光を放つことしか出来ず、多く集まることによって意味を成す。一人ではできない事を、多くの人が集まることによって達成するのだ。
そんな中で強く輝く人間は特別なのだろう、と男は感じる。
例えば、冒険者の中でも英雄のように。彼らは本来なら一人では冒険を行うことすら難しいのに、英雄はそんな常識すらも超えていく。たった一人でモンスターを倒し、はぐれを超え、時には迷宮さえも突破していくと言う。
男の知っている英雄も、そんな存在だ。
かつて名を馳せたその英雄は幾多もの冒険の果てに――国を作った。数多くの仲間を集い、迷宮だけではなく地上までもを開拓し、新たなる土地を切り開いて冒険者の為の国を作ったのである。
そんな話をふと思い出しながら、男は夜空に浮かぶ一つの星を睨む。
その中でも最も暗い星であり、青白い光を放っている。そんな星の周りには幾つかの目立つ星が集っており、“獅子”の形を彩っていた。
男はそんな星のある方向へとゆっくりと歩みを進める。踏みしめるのは、細かな岩石の粒だ。砂浜よりもずっと細かく、歩く度に革のブーツの足跡がはっきりと地面に着く。大地には幾つかの足跡が残っているが、どれも“現代”のものではない。見たことの無い靴底の模様をしており、大地には幾つかの紋章が刻まれているが、今では使う者もいないため、太古に刻まれたものだろう、と男は結論付けた。
一歩踏みしめる度に足元が少しだけ沈むので、男は歩きやすいように革製の軽い防具を少しだけつけて、上かららゆったりとした服で全身を隠していた。岩石の粒は当たるだけで皮膚を傷つけるからだ。
辺りは無風なため岩石の粒が舞う事はないが、男は念の為に目に大きなゴーグルをつけて、口元には砂が入らないように頭から首までをも布で覆っており、艶やかな金髪がはみ出ている。全身を布で隠しながらも、腰からぶら下げている剣だけはいつでも抜けるように隠していない。
剣の長さは九十センチほどのロングソードだろうか。革の鞘によって守られているために中身は見えないが、きっと業物だろう。金色の柄頭には、獅子の顔が精巧に刻まれてあった。顔の半分が潰れているのは、きっと何度かポメルを使って殴ったからだと思われる。
男の名は――レアオン。
やっとの思いで見つけた迷宮『エストレリャ』の攻略途中であった。誰も知らない、歴史にすらも葬り去られた迷宮は、レアオンの他に挑戦するような冒険者すらいなかった。
だが、レアオンは絶対にこの迷宮を攻略するつもりだった。
それこそが――自分の使命だと理解していたからだ。
そんなレアオンは足を止める。
空に輝く星がひと際強く輝き、やがて大きくなったからだ。最初は大きくなっているだけだと思うが、違う事に気が付いた。明らかにこちらへと光は向かっているのだ。
そんな星はやがて地上へとたどり着き、まるで噴火をしたような轟音と共に岩石の粒を数多く舞い上がらせた。
無防備なレアオンへ、無数の岩石の粒が襲った。レアオンは顔の前に両手を構えて隠すが、岩石の粒はレアオンを服の上から痛めつける。棘のような痛みに襲われるが、レアオンはその場で立ったまま耐えた。
やがて、砂ぼこりの中から――獣が現れる。
隕石の様に大きな体をしたモンスターは四つ足で立っていた。口元には大きな角が一本生えており、四つ足で牛の様に立っている。尻尾は長く、まるで彗星のように尾を引いていた。
――星の獣は、冒険者を、レアオンを確認すると、空へと高らかに鳴いた。まるで火薬が破裂した時のような大きな鳴き声だった。思わずレアオンは耳を抑えてしまった。
レアオンはそんなモンスターをゴーグル越しに確認すると、腰のロングソードを抜く。
輝く刀身は白銀に輝いていた。
特別な鉄――隕鉄を使って利用した剣である。かつてこの剣に使われた鉄は地上において空から降ってきたとされており、地上の鉄の剣よりも遥かに斬れる鉄を使っている。
かつて使っていた剣であるアーシフレを“失くした”後に手に入れた剣であり、その切れ味はアーシフレに勝るとも劣らない。
レアオンはそんな業物の剣を右手で力を抜いて、近づくのを待つ。どんな動きをするか全く分からないからだ。
レアオンの体は自然体だった。
どこにも力が入っていない。
構えすらなかった。
だが、心臓を強く脈動させて“熱”を体に回す。目や耳、肌などに意識を傾け、星の獣の一挙手一投足ですら見逃さない。
星の獣の足が、動いた。
レアオンはその瞬間に“熱”の使い方を変えて、足へと集中しその場から離れた。
直後――星の獣が光の帯を引きながら、レアオンが元々いた場所を通り過ぎた。
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