閑話Ⅴ 死人
カテリーナはそれから多くのモンスターを殺して行った。
かたかたと骨を鳴らす不気味な骸骨の姿をしたモンスターや、肉の塊と変化した巨兵、生きた肉に獰猛に食らいつく骨犬の大軍、右腕が欠けた骨の戦士など。
だが、どれもカテリーナのアビリティの前の敵ではなかった。
どれも一刀で切り殺す、あるいは、他のモンスターを殺した時の“余波”だけで、多くのモンスターを殺して行くのだ。
「楽しい! 楽しいぞ!!」
マゴスでの冒険を経て、自信を得たカテリーナの剣は強い。
今はもう中層に差し掛かっているのだが、現れたのは『モルテ・ソルダド』と呼ばれる死んだ兵士の姿をしたモンスターだ。
腐肉が骸骨についており、薄い鉄板のような鎧を全身に着込んでいる。そんな『モルテ・ソルダド』はトロにおいては中級モンスターに数えられており、初心者殺しのモンスターと評されることもある。
その要因はモンスター本人の実力というよりは、装備の強さだろう。
彼らは盾と剣を操る。盾によって冒険者の剣を防ぎ、剣によって冒険者を貫く。彼らの動きは緩やかながらもその力は凡百の冒険者を上回り、数によって応戦する厄介なモンスターだ。
「少しは歯ごたえがあるか?」
そんな死の兵士が数十体もいた。
だが、カテリーナは怯える事無く、大きな声で言った。
「『光の剣』
大きな光の刃をモンスター達へと放ったのだ。
すると、やはり『モルテ・ソルダド』は全てが灰になった。遠くにいた黒いローブの骸骨ですら、カテリーナのアビリティの余波で倒されてしまった。
「確か、『モルテ・ソルダド』って、背後で操る別の死人がいるんだったか?」
ナダがトロに出現するモンスターについて、思い出したように言った。
「そう……。それが厄介だけど、カテリーナは全て吹っ飛ばした」
シィナはぱちぱちと手を叩きながらカテリーナを賞賛する。
『モルテ・ソルダド』は背後で操っている骸骨術師を倒さねば、鼠算式に数が増えていく厄介なモンスターであり、『モルテ・ソルダド』は小さなカルヴァオンしか落とさない。
だが、背後にいる骸骨術師は比較的大きなカルヴァオンを落とす上に、骸骨術師だけを素早く倒せば他の『モルテ・ソルダド』も消滅する上に、小さいがカルヴァオンも手に入るので、冒険者には人気のモンスターだった。
何故なら何人かで『モルテ・ソルダド』を引きつけて、残りの冒険者で倒す方法はほぼ確立されている。
アビリティなどの相性にもよるが、もしも苦手なパーティーは挑まなければいいだけなのだ。
「あいつ、やっぱり強いよな?」
本来ならパーティーで行う工程を、カテリーナは一人で出来るようになっていた。以前なら考えられない成長だった。
「強くなった……と、思う」
「あの冒険を経ればそうなるか――」
「だね……」
ナダとシィナは二人で仲良く並びながらカテリーナの戦闘を評価する。やはりそれからも二人に出番はなく、カテリーナ一人で十分な冒険だった。
出会ったモンスターの多くが只の死人でたまに『モルテ・ソルダド』と骸骨術師と戦った。
だが、未だにナダとシィナの出番は訪れていない。
「あははっ! 私は強いぞっ!」
カテリーナは笑顔だった。息もあまり切れておらず、アビリティが途切れる事もなさそうだ。その理由の一つに光をあまり放つことはなく、剣に纏わせるだけで節約消費しているからだろうか。どうやら久しぶりの冒険であるが、やはり冒険者として頭を使って省エネで冒険しているようだ。
「なあ、カテリーナ。このままもっと奥まで進むか?」
「勿論だ!」
ナダの提案にカテリーナは二つ返事で頷いた。
「――なら、はぐれと戦うのはどうだ? この先にどうやらはぐれがいるらしい。と言っても、ここトロではよく出会うはぐれらしいがな」
「名は、なんだ?」
「『モルテ・ヒガンテ』だ。ガラグゴほど強いとは言わないが、それなりに厄介な敵らしいぞ」
「それは楽しみだな!」
やはり、ナダの提案にカテリーナは頷いた。
断るつもりもなかったようだ。
そもそも――ナダは、カテリーナよりも強い。ガラグゴ程のはぐれが三体いたとしても、一人で倒せるほどの実力者だ。もしも『モルテ・ヒガンテ』というはぐれにカテリーナ自身が勝てなくても、ナダが何とかしてくれるという安心感から、カテリーナは緊張が緩み切っていた。
「……私も、今度は、戦う」
未だにギフトを一つとして使っていないシィナも、やる気満々だった。
◆◆◆
そんな三人は新しい部屋に辿り着いた。入り口には岩が散乱していた。既に冒険者が中に入り、脱出した後なのだ。
どうやらこの部屋には入った冒険者を閉じ込める仕組みがあったようだ。
中は広かった。天井はドーム状に広がっており、辺りは開けている。
すぐに浮かんでいる炎が目についた。
青い炎や、緑の炎、さらには橙色の炎など、様々な炎が空中で、淡く照らしている。
そして――部屋の中央に一体の死人がいた。
これまでに出会ったどの死人よりも大きかった。身長にして六メートルはあるだろう。体は細い。肉が老人のように引き締まっていた。体色は黒色で、肩までの長い髪は白色。顔は色がなくしわくちゃで、目があるところは両方とも空洞だ。さらにはむき出しとなった歯は何本か折れている。
さらには両手には、一本の巨大な剣を持っていた。
三メートルほどあるだろうか。幅広に作られている。クレイモアと形が非常に似ていた。
また死人は座ったまま右足に足輪をつけており、その鎖は部屋の中央に埋め込まれた杭から伸びている。
この部屋からは動けないはぐれのようで、奥に続く道はなかった。ここは、このはぐれとだけに作られた部屋のようだ。
死人はゆっくりと立ち上がった。
そしてナダ達を見つけると、大きく叫んだ。喉から捻り出すような声だった。
「さて、やるぞ!」
カテリーナが意気揚々と死人へと声をかける前に、既に部屋内にはじめじめとした湿度が満ちていた。
「……とりあえず、動きを止めるね」
シィナはこの部屋に入る前からギフトの祝詞を唱えている。入ってすぐに水のギフトを使っていた。空間を掌握するギフトだ。
死人の足元の鎖を伝わり、体に蛇のように水がまいて行く。動きを制限するのだ。だが、その水は太く、死人は体を殆ど動かせなかった。
「よし! じゃあ、私の番だな――」
カテリーナは真っ正面から死人へと向かって行く。
アビリティで包んだ剣を掲げ、光を開放する。すると暗かった筈の部屋に、光が満ちる。死人の目を潰したのだ。
「しっ――」
その間を抜って、ナダは側面から素早く死人の両足を切り落とす。切れ味のいいバルディッシュは、一撫でするだけで簡単に足を斬り落とすことが出来た。
立っていた筈の死人は支えが無くなった事により、前からゆっくりと落ちた。両手でついて衝撃を押さえるが、首を上げる事しか出来ない。
「やはりこの三人だと楽だったな――」
死人の目の前には既にカテリーナがいた。
光を開放する剣による一閃。一瞬の煌めきの後、死人の首は――落ちた。
三人は目を合わせてから近づいて、それぞれの戦いを褒め称えるように手を叩き合った。
この日、三人による冒険は大成功だった。
多数のカルヴァオンを短時間の間に手に入れた。
これを継続的に行えば他の冒険者から注目されるが、一緒に潜ったのは今回だけのため、たまたま多くのカルヴァオンを手に入れた運がいい名無しの冒険者としてあまり注目されなかった。
そして、この日を最後に、カテリーナとシィナはまた別の迷宮を目指して、インフェルノを旅立つこととなった。
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