閑話 兄妹
第四章と第五章の繋ぎの一つ目です。
久しぶりのインフェルノの街並みを、ナダはテーラとまだまだ温かい手を繋いで歩く。
「もう三年かな? 久しぶりだね!」
「そうだな――」
隣で歩くテーラは嬉しそうだった。何故なら実際に会うのはこの町を去ってから実に三年半ぶりである。
合わない間に随分と背も伸びたとナダは感じている。以前はナダの腰よりも低かったのが、今では腰を超えた。自分が冒険者として冒険に励んでいる間に、テーラ自身も大きな成長を遂げているのだ。その事をナダは実感させられた。
きっとスピノシッシマ家での生活は、“いい”ものなのだろう、とナダは思った。
テーラの身長が伸びているのは当然ながら肌艶もいい。以前は言葉足らずだった発語も、今では流暢に話している。どうやら読み書き計算などの学習も、スピノシッシマ家によって受けているらしい。
「手紙、ちゃんと書けてた?」
「ああ、読めたぜ。随分と書けるようになったんだな」
「頑張ったんだよ! ナダ兄に書くために!」
「それは嬉しいな」
実はナダはこの三年半もの間、テーラと文通を行っている。それほど多くはないが、確かに送り合っていたのだ。住所はスピノシッシマ家の当主であるサラに、カルヴァオンのやり取りと共に伝えていたので去ってから半年ほど経ってからテーラからの手紙が初めて届いた。
下手な字ながらナダも何度も手紙を送っていた。帰ってきた手紙の中には、カノンからの手紙も含まれており、ほぼ文句が中心のものもあった。
「勉強、頑張っているよ」
「知っているさ。もう俺より字が上手いからな」
お世辞にもナダは字が上手いわけではない。
字自体の練習も学園に入学した十二歳から始め、学園では字の練習に勤しむことなく覚えることのみに専念し武芸の練習などに励んでいた。だから今でもミミズのような字を書き、よく読みにくいと言われるのがナダの字だった。
「そっか。私の字が上手いなんてね!」
手紙で見るテーラの字は、俗に言う達筆と呼ばれるような筆の運びであった。
どうやらただの農民が字を書くだけの練習をしているわけではなく、カノンと同じ教育を受けているので貴族が書くための“字”を習っているようだ。
意外にも、ナダの妹であるテーラはスポンジが水を吸うように勉強が捗っているようだ。あまり挫けることはなく、少し上のカノンの勉学にも楽しんで付いて行っているらしい。
「ああ。凄いな」
そんなことをインフェルノに帰ってきた時にカノンの母であり普段はテーラの親代わりであるサラからナダは聞いていた。
「じゃあ、今度ナダ兄に字を教えようか?」
「そうだな。そうしてくれると助かる」
眩しい笑顔で下から覗き見るテーラに、ナダは口角を上げて頷いた。
二人は街中をゆっくりと歩く。
どこにでも行けて、要望があれば何でも叶えられるナダだったが、テーラがこのような二人での散歩を選んだ。
行先はナダの自由でいいらしい。
だから気まぐれに向かうのは、以前に住んでいたアパートだ。
三年半程ぶりに歩くインフェルノは瞬く間に発展していた。
過去の景色よりも大きなビルが並んでいる。きっと多くの冒険者と彼らを支える住民の為に、国が勢力を挙げて居住地を増やしたのだろう、とナダは思った。
また町の空にはもくもくと多くの煙が上がっている。それらはきっとカルヴァオンを燃やした時に出る煙だろう、とナダは予想した。
この街――インフェルノでは三つの迷宮を抱えているため、国内でも随一のカルヴァオン生産街だ。だから自然とカルヴァオンを利用するための工業地帯が少しずつ増えている。
どうやら最近も町の西側を開発し、新たな工場を作ったらしい。それは大きな敷地面積を必要としていて、様々な武器を作っているようだ。
どれも冒険者の為の物だ。
今では冒険者の数は年々増えていて、学園の入園者も毎年増加しているようだ。彼らの為の武具が足りない為、インフェルノも職人を増やしたらしい。
「――国内だけではなく、世界的にカルヴァオンの需要は増えています。なんせ今では船までも鉄で作って、カルヴァオンで動く時代ですから」
少し前にサラはそう語っていた。どうやら日に日にカルヴァオンの需要は増しているらしく、価格も少しずつ上昇しているらしい。
小さな領地ではあるが、サラの領地にも機関車が開通し、カルヴァオンを利用する機会が増えたようで、新しい冒険者との契約も考えていると言っていた。
ナダとしても、今後、安定したカルヴァオンが提供できるか分からないから、サラに多くの冒険者と契約するように口出ししたほどである。
「ねえねえ! 私たちのアパート、もうないね!」
「そうみたいだな」
ナダとテーラは目当ての場所についたが、そこには既にアパートは残されていなかった。どうやら周りにあった四棟ほどの二階建てのアパートを取り壊し、一つの大きなマンションを作っているようだ。
未だに工事中のようで、職人たちがトンカチなどの工具をかんかんと鳴らし、大きな声を挙げながらマンションは着実に作り上げられていく。
「次、どこに行く?」
「なんか腹が減ったから、どこかに飯でも食いに行くか?」
「うん! そうしよー!」
「何か食べたいものはあるか?」
「ない!」
そんな会話をしながら、ナダとテーラは手を繋いで、街をゆっくりと歩いて行く。
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