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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第四章 神に最も近い石
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第百三十五話 エピローグ

「実の父とはいえ、その言葉は失礼ですわよ――」


 これまで有能なギフト使いであると自負してきたニレナは、自分を否定する父を認めさせようと、地上である筈のこの屋敷で大規模な氷のギフトを感情のままに操ろうとした。

 屋敷内の気温が下がる。

 この部屋自体を氷の洞窟に変えようとしたのだ。


「ラビウム様――」


 だが、ニレナの父の行動は違った。冷静な様子で別の者の名を呼んだのだ。


「やっほー! やっと呼んでくれたの? 全くもう遅いなあ」


 階段から下りてきたのは、ニレナが見た事もない童女であった。

全身を黒いローブで隠していた。だが、両腕につけた藍色の腕輪が服の裾から見える。それは枯れ木のように細い腕に、似合わない程太かった。軽い足取りで階段を下るその姿は飄々としていた。


「あなたは――?」


 ニレナは急に力が萎んでいくのを肌で感じていた。急激に下がった気温が、上がっていくのが分かる。これまで氷のギフトを発動しようとしていたのに、どうしてか氷の一粒も生み出すことが出来なかった。

 それをやったのは、階段を下る童女。それだけは間違いなかった。


「もうー! 冒険者がそうむやみやたらに“力”を使うものじゃないよ。安っぽくなっちゃうからね」


 童女は、甲高い声で言った。

 だが、ニレナは驚きのあまり声を失っていた。こんなにも無力を感じるのは初めてだった。ラビウムと呼ばれる童女が、何をしたのかは理解が出来なかった。ここは“自分の空間”だった筈だ。ダーゴンとヒードラのような類まれなはぐれにさえ、邪魔されなかった空間である。

 それなのに、目の前の童女はそんな空間をいつも容易くかき消した。ニレナは抵抗とばかりにもう一度空間を掌握しようとより強い力を流すが、全く通用しなかった。

 ――ここでは、ニレナの氷は役に立たない。

 その事実が、ニレナに無力感を与えていた。


「ニレナ、彼女は英雄だ。お前と同じ、な。実力が足りないお前の為に、わざわざ私が呼んだのだ」


 父は、相も変わらず冷たい様子で言った。


「そうだよー! 僕はラビウム。聞いた事ないかな? 魔術結社ウェネーフィクス、その党首が私だよ!」


 ラビウムは、手をひらひらとふりながら軽い感じで言った。


「あなたが……!?」


 ニレナはラビウムについて知っている情報を思い出す。

 ラビウムとは、かつてアダマスがいた時代に活躍した冒険者である。また現代にまで繋がるギフト使いだけの巨大なクラン――『ウェネーフィクス』を作ったとされており、そこに所属するギフト使いの事を魔術師と呼ぶが、一般的にはそのクランは存在が隠されており、正式に存在はしていないとされている。


 ニレナはかつて、ラビウムの名を一度だけ聞いたことがあった。

 ナダの口から聞いたのである。数年前に行われた宝玉祭の時に既に英雄病に罹患していたナダが、切羽詰まったように武器を求めて来た。その時に苦しんでいたナダを楽にしたのがラビウムだと聞いたのである。当時はラビウムを名乗る別人だと思っていたが、おそらくは目の前の人物とナダが会ったのだとニレナは察した。


「もしかして僕って有名なのかな?」


「……あなたも歴史に名を残した英雄でしょう? それならとても有名ですよ」


 そして、目の前の人物が過去にいた英雄の“本人”なのだと、ニレナは察した。何故なら英雄病の患者は摩訶不思議な“不老不死”になると言う。もしもそれが本当なら悠久の時を経て、過去の英雄が現在まで生きていてもおかしくはない。そもそも同じようにアレキサンドライトが生きているのだから。


「それはよかったよ――」


「それで、あなたが何の用なのでしょうか? お父様、過去に言っていませんでしたか? わたくしがギフトに目覚めた時に、魔術士とは関わるなと。どうして今更、魔術師を、それも偉大な太古の魔術師をわたくしの前に呼んだのですか?」


 ニレナは不思議だった。それと共に自らの父を怪訝な目で睨んでいる。


「簡単だよ。ニレナちゃん、君を魔術師にするために迎えに来たんだよ――」


「お断りしますわ!」


 ニレナはその場から逃げようと踵を返そうとした。魔術師という、怪しげな団体に関わるつもりは一切なかった。ニレナはこれから英雄として、新たな冒険に馳せるつもりなのだ。


「――残念ながら逃がさないよ。これは確定事項だ」


 だが、ニレナが逃げる前に既に足首から下を“土”が覆っており、その場から動けなくなっている。ニレナは全力で体を捩って逃れようとするが、土は離れない。氷のギフトを使って抵抗しようともしたが、ギフトは発動せず、土がニレナをより覆っていく。足首からふくらはぎ、太もも、臀部と下から盛り上がるように、ニレナの身体のラインに沿って拘束していくのだ。


「お父様、どうしてこのような事を見逃していますの! これはわたくしに対する、ヴィオレッタ家に対する愚行ではないのですか? どうして……どうして――」

 

 ニレナの言葉は途中で止まってしまった。

 ニレナが見る父の姿は、これまでで一番見た中で頼りなく、小さく見えたからだ。さらに目は潤み、口元を右手で押さえている。


 どうして――そんな悲しい顔をしているの?

 というニレナの声は出なかった。土が口まで覆われたからである。


「ニレナ、もっと早くお前に冒険者を辞めさせて、無理やりにでも誰かと結婚させるべきだった。そうすれば、“英雄”などにならず済んだのに。もっと早く気付くべきだったんだ。お前の才能を。魔術師などにならずとも、英雄までに至った実力を」


 父の声には嗚咽が混じっていた。

 後悔だろうか。


「ニレナちゃん、喋れないようにした僕が言うのもあれだけど、君のこれからの人生は冒険者として尽くすことになる。その道は――過酷だよ。どれだけ戦っても終わらない日々。これはね、決して素晴らしいものじゃない」


 ラビウムは懐かしむように左胸を叩いた。


「ニレナ、お前をヴィオレッタ家から除外する。これは“太古から続く貴族の習わし”だ。二度とこの家の敷居を跨ぐな。そして――例え私の手から離れても、私はお前の事を愛している。これだけは覚えておいてくれ」


 父の悲し気な顔が、ニレナは未だに咀嚼できないでいた。

 それからニレナは抵抗できないように土に巻かれたまま、ラビウムの生み出した土の人形に抱えられて馬車へと乗せられた。そこでようやく口の拘束が取られたのである。


「ニレナちゃん、君のお父さんはね、僕に頭を下げに来たんだよ。英雄になった娘を死なないように強くしてくれって」


 対面にちょこんと座るラビウムが、窓の外を見ながら言った。


「……意味が分かりません」


 ニレナは今の状況をよく理解できずにいた。


「ニレナちゃん、君はね――弱いんだよ」


「……」


 ニレナは口を拘束されてもいないのに、声が全く出なかった。


「その証拠に僕には手も足も出ず、“神”には体を乗っ取られた。今のままじゃあ、英雄が歩む試練に耐えきれない。例え英雄という“化け物”になったとしても、彼は君が生きていて欲しいから、僕に頼んで強くしてほしいって言ったんだ」


「……魔術師になると強くなるのですか?」


「そうだよ。君のようにね、魔術師じゃないギフト使いで有能なギフト使いは少ないんだ。まあ、そんな才能があったから、君は魔術師にならずとも英雄にまで至ったんだけど」


「……だから皆、魔術師になりたがるのですね」


 これはギフト使いであるニレナだから聞いた噂である。

 魔術師には“魔術”という秘術がある。それを用いる事によって、通常のギフトよりも強く発動することが可能なのだ。

だから多くのギフト使いは、魔術師に、ウェネーフィクスに誘われる事を期待している。


「そうだね――」


「そう言えば、聞きたいことがあったのです。どうしてあなた達は“魔術師”と自称しているのですか? “神の加護ギフト”を与えられたのがわたくし達です。それなのに、どうして“神”と対する“魔”を自称しているのですか?」


 ニレナが魔術師に会えばずっとしたかった質問を告げた。


「簡単だよ。神と――敵対するのが魔術師だ。ニレナちゃん、僕はね、糞ったれな神に対抗するために、その意志を忘れないために。魔術師を名乗っているんだ」


 ラビウムは深い怒りを込めながら言った。

 その根がどれだけ深いものなのか、ニレナには分からなかった。十年、百年、千年、アダマスがいた時代から生きているなら、もっと深く、悠久の時でも癒せなかった彼女の根本を司る一端をニレナは垣間見たのかもしれない。


 ニレナは魔術について、神について、ギフトについて、様々な質問をラビウムにし、全ての答えを貰いながら馬車の窓から遠い空の果てを眺めた。大きな白い雲は遠くへと流れていく。


(ナダさん、どうやらわたくしは当分合流出来なさそうです……)


 心の中で謝罪をした時に、ニレナは胸の心臓から熱と共に激しい痛みを感じた。

 咄嗟に胸を押さえると、やはりその豊かな左胸は石のように固い。

 痛みに堪えるニレナへ、「やれやれ」と言いながらラビウムは懐を探っていた。


 痛みに必死に耐えるニレナは、馬車の窓から空が視界に入った。

 地平線の彼方まで続く悠久の空だ。遥かなる青は白い雲一つなく、無限に広がっている。その高さはちっぽけな人間であるニレナには分からない。きっと天上に住む神にしか、その高さは知らないのだろう、と思った。

 そんな空を感じながら、ニレナは”熱”に耐える。

さて、これで第四章は完結です! 

この章だけで書き始めてから五年ほど経っているので私自身としても長かったなと思います。期間的にも文章量的にも物語の半分ほどを占めていることに驚きました。読者の皆様には本当に、ここまで読んで頂いたことに感謝しています。是非、四章を通した感想もお待ちしています。

また第五章『石の王』ですが、何話かの閑話を挟んでから投稿予定です。閑話も楽しんで読んで頂けると幸いです!


また「@otogrostone」というXのアカウントで情報の発信もしています。現在ですと第1巻の発売記念で、Xでの感想ポストをした方全員にプレゼント企画もやっていますので、是非参加いただけると嬉しいです!

詳しくはXで私の固定ポストにしていますのでご覧ください!

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― 新着の感想 ―
4章完結までの連続投稿ありがとうございました そして執筆お疲れ様でした いつかは再登場するであろうラビウムがもう登場して作中の魔術師の意味を見てキーワードになりそうだなとワクワクしてます ニレナす…
四章更新お疲れ様でした! 章完結まで更新して頂き、本当にありがとうございました! 三章完結から間話を入れてすぐ始まった記憶があるのですが、五年も経つとは…。多くの作者が断筆する中で、こうやって章完結…
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