第百三十話 地上
ナダ達七人は顔を見合わせた。言いたいことは沢山あった。マゴスからどうしてポディエに来たのか。あの扉はポディエと何を区切るものだったのか。今でもあの扉は開いているのか。そもそもマゴスに潜ってからどれだけ経ったのか、など話し合いたいことは無くならない。
だが、誰もが口を閉ざした。マゴスの深層と比べればポディエは危険度が少ない。これから先は上へと上がっていくのだから、これまでよりも楽な迷宮探索になるだろう。
けれども、迷宮は迷宮だ。
人を簡単に食い殺す怪物が存在し、冒険者を襲って来る。上に行けば行くほど、モンスターと出会う確率も減るだろう、と七人はこれまでの経験から考えた。
だが、油断しないように上へと向かうのにあまり言葉は発さなかったが、ナダが意地悪そうな笑みを浮かべながら口を開いた。
「もし疲れているのなら、この先は俺一人で戦おうか?」
ナダはまだまだ余裕があった。
あれだけの冒険をしたのに、ナダの体力は未だ尽きる事がないみたいだった。
だが、仲間達の返事は“否”だった。誰一人として、ナダの提案に従う事はなかった。誰もがまだ戦えると、これからも冒険できると首を横に振ったのだ。
ナダはそんな仲間達の回答に満足した様子で、上へと昇っていく。
『ラヴァ』のメンバーはこれまでの冒険と比べると、非常に弱いモンスター達であったが、昂った気持ちを抑えるように冷静に倒していく。一匹ずつ丁寧に。これまでの冒険で決して浮かれないように。
もちろん冒険者として忘れないようにカルヴァオンは必ずはぎ取っていた。
七人は優れた冒険者だった。特にポディエには長年潜っていた冒険者が多いので、モンスターの修正、対処法、弱点はよく知っている。一度も苦戦することなく、七人は地上まで辿り着いた。
七人は地上に上がると、大勢の学生たちと出会った。当然ながら彼らも冒険者である。ナダ達は奇異の目線に晒された。
理由は簡単だ。服装が肌に張り付いたゴム状の服を着ていたからである。特に女性陣は魅力的なスタイルを強調していたため、彼女たちの美しい体は男女ともに魅了した。
また一部の者は男性陣の強靭な体に注目していた。彼らの冒険に適した体は刀剣と同じく機能美のような魅力があり、吸い込まれるように視線を奪われるのだ。
そんな中、ナダは青龍偃月刀を肩に担ぎながら堂々と迷宮探索の訪れる前と終わった後に訪れる受付へと足を進める。そこには何人かの学生がいて順番待ちをしていたが、剣呑なナダの雰囲気に学生の誰もが道を譲った。動物的な本能だろうか。学生の誰もが頭一つ抜けているナダに遠慮したのである。もしかしたら見た事のない青龍偃月刀という大型の武器に畏怖したのかも知れない。
受付にいたのはナダの知らない女性であり、黒い髪を後ろで一つに纏め眼鏡をかけた理知的な女性であった。彼女はナダが受付のテーブルに左ひじをつくと、体を怯えたように一度飛び跳ねさせた。
ナダはその様子に気づきながらも、低い声で短く言った。
「ナダだ。ノヴァを呼べ――」
「ノヴァ……学園長でしょうか?」
「ああ、そうだ。伝えるだけでいい。すぐに来るだろうからな――」
「そうでしょうか? 学園長は忙しい方ですが」
ナダの不躾な言いように、新人の受付嬢は不快を露わにした。
だが、ナダは他の受付嬢に目をやった。その中には三年前、まだナダが学生として活動していた時の受付嬢もいたのである。ショートカットの黒髪の女性は、ナダにも当然ながら気づいたが、その後ろに錚々たる冒険者がいる事にも気づく。
オウロ、ナナカ、また特にニレナにの存在にぎょっと目を見開いた。
「ちょっと、変わって――」
ショートカットの受付嬢は新人の受付嬢と席を変わり、怯えたようにナダの前に座る。
「ナダ様ですね。承知しました。すぐに学園長へとお声がけします。立ったままで申し訳ございませんが、今しばらくお待ちくださいませ」
彼女はそう言うと、焦ったように席を立った。
彼女はナダの噂を思い出したのである。それはどこで誰から聞いたのかは忘れてしまったが、三年ほど前のナダに関しての驚愕の学園に流れたのだ。
――曰く、ナダは他の学生を退けて、学園長から直々に選ばれて“四大迷宮”への挑戦を許された冒険者、だと。それは言うならば、当時いた学生の中で最高の冒険者だという事だ。
それから暫くして、黒いローブに身を包んだ老人である学園長――ノヴァが直々にナダ達の前に現れて、一言こう告げた。
「よくぞ帰ってきた。こちらで話そうか?」
ノヴァはナダ達を別室へと連れて行く。
◆◆◆
ノヴァはナダ達に冒険の成果については何も聞かなかった。むしろ必要な物だけを聞いた。本日に泊まる場所、足りていない物資、または現在必要な支援など、全てを無償で提供すると言った。
もちろん冒険の成果についてのレポートの提出は必要だろうが、ノヴァはそれすらも何も言わなかった。
ナダはしばらく考えた後、今日はもうゆっくりと休みたい、と告げた。だが、残念ながらラルヴァ学園の周りに宿泊施設は殆ど無い。観光客自体が殆ど来ない都市だからである。学区以外に行けば宿泊施設も多数あるのだが、ナダ達が地上に戻ったのは夜に差し掛かる。今から入れる宿泊施設など殆どなかった。ノヴァの権力によってどこかの部屋を借りる事も可能だったが、ナダは別の選択肢を思い浮かんだ。七人が向かったのは――スピノシッシマ家だった。
ナダが懇意にしている貴族の屋敷は、ナダ達を快く迎えてくれた。もちろんその中にはナダの妹であるテーラもいて、久しぶりの再会に喜んだ。
その日の夜だった。スピノシッシマ家に『ラヴァ』は歓迎されたが、急な訪問だったので夕食は慎み深くに行われた。それから風呂へと順番に入り、『ラヴァ』の面々はそれぞれ疲れを癒した。
それからナダはナイトガウンを着て用意された部屋でテーラとベッドに横になっている。既にテーラは寝ていた。枕元のランプを消すと、ナダはテーラを起こさないように部屋を出た。向かった先は二つ隣の部屋であった。
「来たか――」
中は手狭であった。ベッドが一つに小さいテーブルと椅子があるだけのシンプルな客間だった場所である。ナダが泊っている部屋と大差ないが、女性陣はベッドに腰かけて男性陣はどこから持ってきた椅子に腰かけている。ナダの分も勿論用意されていた。
同じように寝間着を着た仲間達がそこにはいた。まるでナダを待っていたかのように手元にあるゴブレットには何も入っていない。
オウロが待ちに待っていたかのようにナダにもゴブレットを渡した。
「待たせて悪いな――」
「テーラちゃんの方が待ったのですからね」
ナダの謝罪に、ニレナが厳しくナダを責めた。
「まあまあ、そういうのは後にしましょうよ。せっかくの『マゴス』踏破の後なんだから」
空気が少し悪くなったのを変えるかのようにナナカが明るく言った。
「そうだぞ。せっかくいいワインも用意してくれたんだ。少し飲んで、明日に備えて寝て、その後にまた考えればいい――」
カテリーナは無類のワイン好きなのか、手慣れた様子で仲間達のゴブレットにワインを注いでいった。
「なんだか、まだ夢を見ているようだ。僕たちが迷宮を完全攻略したなんて」
「私も……未だにダーゴンを討伐したことが信じられない」
ハイスは自身が英雄のような偉業を成し遂げた事にまだ実感が湧かないようで、シィナは復讐を成し遂げた事で頭がふわふわしているようだった。
ナダは迷宮から帰還し、すっかり気の抜けた二人を見てすっかり笑ってしまった。
「じゃあ、まずは乾杯と行こうか。『マゴス』制覇に。乾杯!」
ナダはゴブレット力強く上げると、仲間達もゴブレットを同じように上げて「乾杯」と続いた。
それから仲間達と同じタイミングでワインを飲みほした。
いつも感想やいいねなどをくださり、ありがとうございます。
本作品の書籍版が本日発売されます!
私自身もこれから書店に探しに行こうと思います。
また「@otogrostone」というXのアカウントで情報の発信もしていますので、よかったらフォローお願いいます。




