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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第四章 神に最も近い石
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第百二十二話 神に最も近い石ⅩⅩⅡ

 冒険者にとって、新たな迷宮の開拓はかつて”誉れ”だと言われた。

 まだ迷宮探索の黎明時代、現代とは違い冒険者の数が少なくまだまだ迷宮探索の技術も未発達で、冒険者達も”アビリティを持ってなかったので”まだまだ弱かった。そんな中、数多くの迷宮が存在しており、冒険者達は燃料となるカルヴァオンの獲得も確かに重要な仕事の一つであったが、新天地の開拓も仕事の一つであるとされている。


 未開拓の迷宮には、夢が沢山あった。

 新たなモンスター、未発見の金属、それだけではなく、金銀財宝すらも迷宮の”奥”にはあると期待されていたのだ。

 実際に、迷宮の奥には”夢”があった。不滅の武器、持ち帰れないほどの財宝、強大なモンスターから得られる特大のカルヴァオン。

 太古の冒険者達は迷宮を攻略することで、全てを手に入れた、と言われている。


「これが、アダマスの進んだ道……なのか?」


 最も先頭にいたカテリーナが、遥か遠くへと続く道を覗く。そこにはモンスターこそいなかったが、先はあまりにも長く続いているため一歩たじろいだようだ。

 冒険者達の夢の跡が、目の前には続いていた。

 幼き頃より冒険者を目指し、英雄を夢想し、成熟した今となっては日銭を求めて冒険者を続け、辛く困難な冒険の先があるのだ。

 カテリーナは浮足立っていた。


 いや、きっと他の仲間も同じなのだろう。

 ナダ以外の冒険者は、目が輝いていた。

 先には何があるか、誰も知らない。分かっていない。かつての迷宮の記録はかろうじて残されているが、そのどれもが神話や伝説が入り混じっており、どれが真実なのか怪しいからだ。


「ここからが……聖地……」


 そんな中、ギフト使いであるシィナは気を引き締めるように口を真一文字に結んでいた。

 ギフト使いは優秀な冒険者であると共に、神の代弁者であり、優秀な神官でもある。自らの力であるギフトは神から授かった、とされているからだ。

 そんなギフト使いにとって、迷宮の奥とは聖地であった。


 ――世界が乱れています。22もの迷宮を攻略し、聖地を訪れ、世界を安定させなさい。


 かつての光の神、ラーの言葉である。

 ラーはギフト使いには積極的に迷宮を攻略するように命じた。

 だから太古においては一般の冒険者よりも、神を盲目的に信じていたギフト使いこそが最も精力的に迷宮探索に勤しんだと言われている。


「まあ、気を付けて行こうぜ」


 ナダは仲間に声をかけて、その道の戦闘に立って進んで行く。大きな筒のような氷の道は果てしない工程だった。『ラヴァ』のメンバーはいつモンスターが現れてもいいように、途中で休憩を挟みながら進むが、残念ながら未だにモンスターは現れない。

 さらに先に進むと、徐々に天井から氷が溶けていく。足元には少量の水がしたたり、やがて固まった氷ではなく、シャーベット状のどろどろとした氷になり、さらに先へと進むと氷も水もなくなって、足元は普通の砂になった。壁は大きな石であり、通路の全てが一枚の岩かのような。それらの罅から生える赤い花がナダ達の行く道を照らす。


「まだ、何もないようだな――」


 そんな時だった。下へと続く通路が、突如終わりを告げた。先の空間が遥かに広く広がっていたのである。

 ナダは通路を抜けてそんな空間に出ようとした時、オウロが驚いたように声を出した。


「この紋章は……!」


 オウロが注目したのは、決してアダマスの紋章ではなかった。

 それは――簡素な獣のような顔の形に二本の角の紋章であった。


「それは何だ? 僕は知らないぞ――」


 様々な紋章を見て来たハイスが、その紋章を興味深そうに眺めた。

 もちろんそれらの紋章の中には過去の英雄の紋章も粗方勉強しており、現代の有名なパーティーの紋章も当然ながら勉強している。だが、この紋章はそのどれにも当てはまらなかった。


「これは黒山羊を現している。かつてのクラン――黒騎士たちの紋章だ」


 オウロはその紋章が描かれてあった古ぼけた隠れ里の看板を思い出す。

 ほぼ滅びたと言ってもいい黒騎士の紋章であるが、それは確かに村に伝わっていた。オウロは使わないが、黒騎士の兜も黒山羊を現していると言われており、二本の角を生やした兜を太古の冒険者達は使っていたと言われている。


「黒騎士の紋章ですか? そんな話は聞いた事がないですわ」


 黒騎士とは過去にいた冒険者の集団で、学園の授業でも出てくるよほど有名な存在だが、その実態は殆ど謎に包まれていると言ってもいい。あるいは時代が古すぎて記録があまり残っていないのである。

 アダマスの紋章は現代まで伝わっているが、当時の他の冒険者の紋章は今ではあまり伝わっておらず、授業で習うのもほんの五種類ほどだ。その中に黒山羊の紋章はなかった。


「当然だ。黒騎士たちは既に滅びていて、この紋章を扱うような冒険者は当の昔にいなくなったからな」


「それが深海に沈んだ、と言っていたやつか?」


「ああ、そうだ。黒騎士達は深海に沈んだ。そこで黒騎士たちは滅んだ、と言ってもいいんだ――」


 オウロはナダの質問に答えながら黒山羊の紋章を指でなぞった。確かにそこには過去にオウロが見た黒騎士の紋章があった。


「で、そなたの言う黒騎士は深海を突破して、石のように固まっていた。もしかしたらナダ達の言う“英雄病”に成ったのかも知れないし、また別の病気になったのかも知れない。それは分からないが、彼らはあそこで終わっていた筈だろう?」


「カテリーナの言う通りだ。だが、ここにあるという事は――」


 オウロは片膝をつき、指で何度も黒山羊の紋章をさすりながら戸惑った表情を見せる。


「――黒騎士も、深海を突破していた、というだろうな」


 ナダはオウロの横に立って言った。


「ああ、その通りだ。だが、村には確かに滅びた、と私はそう親や長老などから聞いたのだが……」


「じゃあ、この先でまた痕跡を探せばいいさ。先で待っているかも知れないぜ?」


 ナダはオウロの肩に手を置いた。


「……そうだな。またせてしまってすまない。先に進もう」


 『ラヴァ』のメンバーは広い空間へと足を踏み入れた。

いつも感想やいいねなどをくださり、ありがとうございます。

本作品の書籍版が10月30日に発売予定するので、「@otogrostone」というXのアカウントでキャラ紹介などもリポストしております!

ちなみにナダだけではなく、イリスやニレナなどのイラストも見れますので是非見て頂けると幸いです!

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