第百七話 神に最も近い石Ⅶ
ナダの陸黒龍之顎は、かつてアギヤに所属していた時に作り出したものだった。
エクスリダオ・ラガリオと呼ばれる類まれな龍種の牙から作り出され、希代の鍛冶師が鍛えた一品だ。マゴスのはぐれであるダーゴンやヒードラすらも斬り裂いたその刃は、ポリアフの氷が剣の刀身全てを侵食し、簡単に粉々になる。
思わず、ナダも目を見開いて驚いてしまった。
「ハイスっ!」
だが、それだけで行動が止まるナダではなかった。
すぐにポリアフから距離を取り、仲間の名を叫ぶ。
そんなナダを追撃するかのようにポリアフはカラスによく似た氷の鳥を生み出し、何匹もナダに向けて放った。
仲間達はナダがポリアフの目を奪っている間に、既に氷から脱出している。そんな中でもハイスはナダの言葉に応え、『秘密の庭園』から青龍偃月刀を射出した。
ナダは飛んできた青龍偃月刀を空中で掴む。その勢いを殺すことなく、体を起点に大きくコマのように体を回し、くポリアフから飛ぶ氷の鳥を幾つも叩き割った。それらの時は飴細工のように簡単に砕けるが、武器を持つ手がおぼつかない。心臓が激しく高鳴る。思考がまとまらないのだ。
どうすればいい?
ナダが後ろを振り返ると、ポリアフは微笑んでいた。
あれは――神だ。恐ろしい神だ。これまで幾度となくモンスター達に武器を折られたナダであるが、陸黒龍之顎がおられることは想像していなかった。
どんな技で、砕いたのかナダには想定もできなかった。
愛用の武器の一つを失ったナダは未だに動揺していた。
だが、どんな行動を取ろうにも、仲間が必要だった。ナダ一人の力では、神の前ではあまりにも矮小過ぎたのだ。
それなのに、考えを纏めなくてはいけない。
ナダは後ろから迫り来る氷の鳥を砕き、砕けた霰のような氷を浴びて頭を冷やす。
そして仲間のところへ帰るナダは、通りすがりに仲間を襲おうとしている氷像の膝を斬りつけて足を挫く。それだけで氷像は体勢が崩れ、その場に倒れていく。
ナダはそんな氷像に振り向くことなく、仲間達に必死の形相で叫んだ。
「逃げるぞ――!」
ナダは後ろから迫り来る鳥を時々振り返っては叩き壊す。
「どこにっ!?」
カテリーナは驚くように言った。
ここは迷宮内だ。さらにナダ達がこの部屋に入った場所にはポリアフが陣取っている。戻ることは出来ない。
「ニレナさんはどうするのっ!」
ナナカは戸惑うように叫んだ。
神となったニレナを放っておくことなど、大切な仲間に仕向ける行動ではないと思っている。
二人の思いは、どの仲間も同じものを抱いていた。
だが、ナダにはこれ以上の判断は思いつかなかった。ナダが見据えるは仲間達の遥か後ろにある“先へと続く道”であり、仲間達と目指していた場所だ。
神となったニレナをどうするのか、その答えはナダ自身にも分からない。
「知るかよっ! とりあえず、逃げながら考えるさっ!」
ナダは仲間達へと追いつくと、さらに超えて先の道へと駆けて行く。
「こんな状況で先へと進むのか、いや、だが、しかし……」
オウロはナダの判断に驚きつつも、それ以上の良案が思い浮かばない事も確かだ。
「彼女は助けるのだろうな!」
ハイスが心配しているのはニレナの事であった。
光を浴び、神へと変わったニレナにどんな変化があったのか、ハイスにはさっぱり分からない。いや、他のメンバーの誰もが混乱の中にいる。神がこちらを殺そうとしているのも不可解な事の一つだ。
そんな中で、ハイスは心の底からニレナの事を心配していた。先ほど、ナダがモンスターを殺すような一撃を放ったことも、リーダーとして冷徹で非情で合理的な判断であったとも思うが、心のどこかで批判もしているのだ。
「ポリアフ様の目的は……?」
シィナはナダを追いかけるように走りながら、神の行動目的が分からない。シィナは神の事は手記でしか知らない。ギフト使いではあるが、神の声など聞いた事がないため、何故冒険者の見方であるはずの神が攻撃してくるのか分からないのだ。
「――ああ、そうだ。忘れるところだった」
ナダはニレナ以外の仲間がついてくるのを見ながら、先へ向けて走っていたのについ足を止めてポリアフに向けてニヒルな笑みを浮かべた。
「尻尾を巻いて逃げるのかと思ったが、何用だ?」
ポリアフは『ラヴァ』を追いかける事もなかった。
つまらなそうに玉座に腰かけたままだ。
「――神ってやつは、俺のようなつまらない冒険者も組み伏せられないんだな」
ナダはやれやれと言った。
「なに?」
ポリアフの眉が吊り上がった。
「あんたのギフトは確かに凄いさ。あんな動物を模したようなギフトは見た事がないさ――」
ギフトを形作る際に、動物を模した形を取る者は数多くいる。それがその者にとっての強さの象徴の場合に、威力が何の形を司らないよりも上がるらしい。その場合には龍や虎が一般的であるが、そのどれもが動物の特徴だけを形どった曖昧なものである。
だが、まるでポリアフのギフトは生きている動物かのようだった。それらの動物は只飛ぶのではなく、大地を踏みしめて、空を自由に飛んでいる。それだけでポリアフの使う氷が他の冒険者と同じような『神の加護』なのではなく、“神”そのものが扱う“氷という神能”なのだと錯覚させられるのだ。
「――でも、それだけだ。神って言うのは、人一人殺せないほどお遊びが得意なんだな」
ナダはポリアフを嘲笑った。
武器を折られようと、ナダの心は折れなかった。
「有能な冒険者らしいが、本当に殺されたいのか? 我は遊んでいただけだ――」
そんなナダに、ポリアフは底冷えする声で言った。
「あんたには殺せないさ。あんたが死ぬ方が早いのかもな――」
「我は死なんぞ。どれ、ならその挑発通り殺してやろうか――」
ポリアフは玉座から立ち上がった。
ナダはその様子を見て満足する表情を隠しながら、奥へ先に進んでいる仲間達を追うように走り出す。
ハイスが武器を射出できるようにしたのは、このシーンのためです。
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