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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第四章 神に最も近い石
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第九十二話 底ⅩⅦ

「『秘密の庭園セグレド・ジャルジン』」


 一方で他の者達と距離を取っているハイスは、地道にアビリティを使っていた。アビリティを使ってヒードラの盾や外殻を斬り裂き、そこに剣を捻じりこむ。普通のモンスターなら深手になる傷であっても、ヒードラは体が大きすぎてハイスの渾身の攻撃でもきっとかすり傷にしかなっていないだろう。


 だが、ヒードラはハイスのその攻撃も鬱陶しいと感じたのか、ハイスの元に幾つもの“水の腕”が襲う。不思議なことにその腕に武器は持っていなかった。四本の長い指でハイスを掴むような動きをするのだ。

 ハイスはそれらの腕をヒードラの上を飛び跳ねるように移動しながら躱す。


「舐められたものだな――」


 だが、ハイスは逃げながらそのヒードラの行動が酷く不快だったのか、悪態をつくように呟いた。

 ナダやオウロ達には武器で攻撃しているのに、自分にはそうではなく腕で掴もうとするだけ。彼らよりも確かに単なる強さでは劣るのかも知れないが、堂々と実力を侮られるのも癪だった。


 確かにハイスの攻撃は確かに地味で、手間もかかる。ナダのように大きく斬り裂くことも出来ない。

 だが、決してその危険性は決して侮られるものではないと思っている。


「ヒードラ、お前に、僕の新しい形を見してあげるよ」


 これからするのは、おそらくだがヒードラにしか通用しない事だろう、

 ハイスは持っている剣を『秘密の庭園セグレド・ジャルジン』の中に隠した。これから行う事に、両手に武器があっては逆に邪魔だったのだ。


 ハイスは両手の先に『秘密の庭園セグレド・ジャルジン』を展開する。そしてヒードラの上を駆け巡りながら、隙を見つけると地面に手を付くようにヒードラの皮膚をなぞり、えぐり取る。盾もないただの外殻だけの体など“削り取る”のはとても簡単だ。

 ヒードラの皮膚に穴を空ける。そして『秘密の庭園セグレド・ジャルジン』の使い方を変えて、今度は一本の量産品の剣をアビリティから射出する。ヒードラの肉に深く突き刺さるように。

 ハイスの目論見通りだ。ヒードラは酷く痛がっていた。


 水の腕が悶えるようにハイスを掴もうとするが、それらを避けながら攻撃を続けていく。

 『秘密の庭園セグレド・ジャルジン』で穴を空け、剣で深く突き刺すのだ。剣を回収することはない。ヒードラに刺さったまま、次の場所を探す。

 その一連の攻撃の速度は、一つ一つが数秒にも満たないほどの短い時間だった。 ハイスは自身の軌跡に沿って、ヒードラの体に剣を突き刺していく。


「痛いだろう? これが貴様らには理解できないアビリティの強ささ――」


 ハイスがこのようなアビリティの使い方を覚えたのはほんの数十日前の事である。きっかけはオウロの些細な一言だった。


――別の収容系のアビリティを持っていた仲間は、武器を射出するように使っていたぞ。


 アビリティの使い方は千差万別だ。

 同じようなアビリティであっても、その運用方法は冒険者によって大きく違う。ハイスは――モンスターの肉を収容することでそれ自体が攻撃方法として使い、また別の収容系のアビリティの持ち主は収容しているおおもとの空間を縮めることで武器を外に出す、その勢いを攻撃に利用したのだ。


 そんな話を聞いて、ハイスは思ったのだ。

 同じようなアビリティの持ち主が行えることであれば、自分にもできるのではないか、と。

 最初はうまく行えなかった。だが『ラヴァ』に所属してからの練習で、少しずつ、少しずつだが、武器を飛ばせるようになる。


 新しいアビリティの形を、ハイスは再発見しようとしていた。

 それは今までのパーティーの中では決して出ないアイディア。王都でトップパーティーの一角として活躍していた頃だと試そうともしなかった創意工夫。新しい迷宮に挑戦するわけではなく、同じ環境の中で最適解を目指すという『コーブラ』の中では決して行わないであろう挑戦だった。


 それを行えた理由の一つに、パーティーリーダーから離れてただのパーティーメンバーとして活動することになったのも理由の一つだろう、と思える。戦うこと以外の煩わしい事を行う手間が無くなった分、余裕が生まれた。

 そして迷宮の最深部に挑戦するという目標の元、今のままではいけない、とハイスは強く思ったのだ。


 例えばオウロは自身の武器の新しい使い方、毒の使い道により深く探求していた。ギフト使いの二人だって、新しい形を常に探していた。

 『ラヴァ』というパーティーは、誰もが現状に満足していないメンバーだった。きっとダーゴン、無数のガラグゴ、まだ見ぬ敵、それらと戦うには今のままだと自らの命すらも危ない、と誰もが感じていたかだろう。


 だからハイスも鍛えた。

 この日までに出来るようになったのは、自分から僅か1メートル程飛ばせるほどであるが、どこかで使えればいいと沢山の武器も仕入れたのだ。


 ダーゴンの時にはこのような攻撃は役に立たなかったので、まさかこんな形で使えるとはハイス自身も想像していなかった。


 ヒードラのハイスへの攻撃も水の腕から盾へと形を変えて今度は行く手を阻むように、それすらも超えると今度は直接排除するために無数の武器へと変化していった。


 ハイスの攻撃は徐々に、通じなくなっていく。先ほどまで簡単に攻撃出来ていたヒードラの外殻は盾に守られ、狭い範囲の『秘密の庭園セグレド・ジャルジン』では、盾を撫でるだけ。傷をつける事もできなくなった。またハイス自身も無数の攻撃にさらされ、それらの対処に追われる。どれも鋭く、早い。もう『秘密の庭園セグレド・ジャルジン』を発動することすらままならず、両手に武器を持ちヒードラの攻撃を躱し、受けるだけだった。


「ヒードラよ、それでいいのか?」


 だが、その状況をハイスはせせら嗤った

 これでいい、ハイスはそう思っている。

 ヒードラの力がこちらに向けば向くほど、他の部分が手薄になる。そうなればきっと、彼らが自分よりもより大きな痛手をヒードラに与えてくれる。


 ハイスはまだ知り合って一年も経たない『ラヴァ』の仲間を深く信じていた。『コーブラ』の時のパーティーメンバーのように長い年月をかけて信頼を互いに育んだわけではないが、ハイスは“強さ”という単純な指標と彼らの迷宮にかける熱い思いから、『コーブラ』と似ているようで全く違う信頼感を仲間達に思い抱いている。


 ――その時、眩い閃光がハイスの視界の端に映った。


「カテリーナ――」


 ――やるではないか、と彼女へ賞賛したかったが、残念ながらその余裕はない。四方八方を水の剣で囲まれている。まずはこの窮地を脱しないと行けない。ハイスは前方に剣を射出し、新しい道を開く。

収容系のアビリティの発想だけで主人公を書けそう。


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