第九十一話 底ⅩⅥ
ナダがヒードラを視界に入れると、改めて規格外な大きさを誇る彼のモンスターを見定める。体は一つの城のように大きかった。体の大きさだけ比べれば、先ほど戦っていたダーゴンよりも遥かに大きい。その大きさで思い出すのは過去に戦った龍たちだった。
だが、強さは間違いなくヒードラが上だろう。
ヒードラの暴走は既に止まっている。だが、生み出した水の腕は消える事なく存在し、無数の武器の種類も相変わらず存在する。それらの腕はナダの身長よりも遥かに長く、一つ一つの腕に関節はなく蛇のようにくねくねと動いていた。あれらの武器を掻い潜らないとヒードラの身体にはたどり着かない。
とはいえ、することはいつもと一緒だ。モンスターの攻撃を躱し、手に持っている刃で相手の喉元を斬り裂くだけだ。そう思うと、非常に気が楽になる。そんないつも通りを叶えるためにナダは両手でそれぞれの武器の握りを確かめる。問題はない。どちらの腕にも余力はある。十分に力を振るえる。
不思議だった、
先ほど、ダーゴンとの激闘を終えたばかりだと言うのに、ナダの身体はまるで疲労を知らないように戦う事が出来た。ダーゴンと戦っている時は今にも倒れそうな疲労感が全身を包んでいたのに、今となってはそれがなくなったかのように体が軽い。
全力で走ることも、無酸素運動を続ける事も、今なら楽にできる。体を巡る“熱”ですら満ちているかのような不思議な気分だった。いや、それだけではない。不思議と先ほどよりも力が湧いてくるような気がする。一人でダーゴンと戦っていた時よりも、強い力で震えるような気がする。
迷いがない、と言ってもいい。
きっと次に振るう自分の刃は、これまでのどんな一撃よりも重たいだろうという自負がナダにはあった。
その要因の一つはきっと仲間だろう、とナダは思う。
ダーゴンと戦っている時は戦いだけに集中できていたわけではない。ダーゴンがヒードラの元へ行かないように注意を払っていた。あくまであの時の目的はダーゴンを倒すことと同時に仲間達への元へ行かせない事が目的だった。
だが、今は違う。
シンプルにヒードラを倒せばいい。その事が自分に力を与えているのかもしれない、とナダは考えた。
そんな考えを胸に秘めたまま、ナダはヒードラに向かって真っすぐ前へと進む。ダーゴンと戦っていたシィナの水のサポートと共に、ニレナの作る水の道を駆け上がる。
ナダの足はシンプルだった。
真っすぐヒードラへと向かう。
すぐにヒードラの無数の武器がナダを襲ってきた。最初の水の剣は屈むように躱した。次の大きなカットラスは上に泳いで躱す。次の左から突いてきた槍は一瞬止まってやり過ごす。ナダは全ての武器の攻撃を把握しながら、時折武器で敵の攻撃を受けるか反らすかすることもあるが、シィナとニレナ二人のサポートを受けているナダは早かった。いや、小回りが利くと言ってもいいのかも知れない。
ダーゴンと戦っている時はシィナのみだったが、今はニレナもいる。ニレナのサポートはシィナのように氷の壁を作り出すことはせずに、先ほどと同じようにヒードラの周りへ無数の道を作り出している。それらはヒードラの武器によって簡単に壊されるが、壊されるたびにニレナは道から道を生んでいく。ナダは基本的にはその道を進むことになる。シィナの仕事は水の抵抗を無くすことと、ニレナの道から外れた時に“壁”を作りだして氷の道に進むためである。
ナダはヒードラまで楽に進む。大剣の刃先がヒードラの届こうとした時、ヒードラは持っている武器を盾に変えた。身の回りにがっちりと構えて身を固くする。ナダは最初に陸黒龍之顎を振るった。
だが、ヒードラの水の盾によって簡単に弾かれた。
ナダは驚いた顔をする。先ほどは盾の上からでも斬り裂けたからだ。どうやらナダの思った以上にヒードラは防御を固める事に決めたらしい。ナダの前には無数の手で固められた要塞のような壁があった。その場に足を止めて陸黒龍之顎を振り下ろし、青龍偃月刀で薙ぎ払うが、どれも盾に阻まれてしまう。
ナダは横に見えるヒードラの身体を見た。
目の前の一部分は固い盾に囲まれているが、その他の身体はそうではない。ナダは何度か邪魔されながらも、“岩のように守られた皮膚”を何度も攻撃しながら言った。
「任せたぞ――」
ナダの声に反応するように、既にヒードラの体に辿り着いているラヴァの仲間達が攻撃を開始する。彼らはナダの背後に隠れるようにここまで辿り着いたのだ。
「かっ――!」
まず、攻撃を行ったのはオウロであった。
ナダのところに“腕”が集中しているとはいえ、他の腕はオウロへと剣で刺しにきたり、盾でオウロを阻もうとする。
だが、オウロは先ほどよりもずっと早い。盾のない個所を狙って側面を沿うように大太刀で斬り裂いた。もちろん、オウロがいた個所をすぐに何十もの武器で襲うため、すぐに退避することは忘れない。オウロは一撃でヒードラを沈めようとはしていなかった。ヒットアンドアウェイを心掛けながら、胸に静かな殺意を秘めながら。徐々にヒードラを削っていく。剣を伝って『蛮族の毒』で犯しながら、オウロは確実にヒードラの尾から頭へと移動していく。
「『閃光』!」
カテリーナはヒードラの背びれと思わしき場所で、何度もアビリティを発動していた。もちろん目的はヒードラを斬り裂くためである。通常の攻撃だとカテリーナの攻撃は“軽く”残念ながらヒードラへとダメージを残すことを期待できない。
だから、アビリティを使う。カテリーナの『閃光』は、彼女に人ならざる剣速を与えてくれる。その威力はヒードラの剣を超えて、盾を破り、大きく斬り裂くことだってできた。
だが、カテリーナはアビリティを連発できないため、一度発動すると大きく離れる必要があった。
それをサポートするのは当然ながらギフト使いであるが、一撃を放った彼女の隙は大きい。カテリーナも頑張って足を動かすが、残念ながら速さが足りない。アビリティを使った後の無防備なままのカテリーナだと、簡単にヒードラに殺されてしまう。
「私の役割は最善はとても地味ね――」
だから――ナナカが『鉛の根』を使うのだ。彼女の生み出した根がカテリーナの体に巻き付き、その場から移動させる手助けをする。
そしてカテリーナへと向く“水の腕”を減らすために、ナナカ自身がヒードラへ攻撃するのだ。
ナナカは盾のある部分の中でも薄そうな箇所を斬った。だが、意味はない。弾かれて終わりだった。
ナナカはそこから滑るように動いて、今度は盾を掻い潜って剣を伸ばす。ヒードラの皮は斬る事が出来るが、分厚い脂肪に阻まれて殆ど傷にならなかった。
ナナカのアビリティはカテリーナのサポートにまわっている。二人分のアビリティを使っても、十分すぎるほどの威力をカテリーナは放てた。
パーティーの結果としては上々。
だが、ナナカ本人としては――
「なんかいつもこういう役回りね――」
学園ではリーダーで活躍し主役の立場だった事が多い彼女としては、ふとアギヤ時代の完全なサポート役として活動していた時を思い出す。懐かしい気持ちに浸っていた。
「『閃光』」
そんなナナカへとカテリーナは感謝するように一瞬微笑んでから叫んだ。
また大きくヒードラの皮膚を斬り裂いた。
カテリーナに再度灰色の根が体に纏わりつく。思った以上にナナカのアビリティは温かかった。
普段と比べてアビリティを多少のインターバルがありつつも、連続多用しているカテリーナであるが、不思議と力が湧いてくる。普段ならもう力の底が尽きかけて、アビリティを発動できなくなるかもしれないほど使っていると言うのに。
この感覚がとても奇妙であった。
頭では、理性では、もうアビリティを使えないと言っている。戦場から離れて、一度休憩してまたアビリティが使えるようになってから戦線復帰すればいいと言っている。
だが、体はそうではない。まだ、行ける。まだ、戦える、まだ、アビリティを使える、と叫んでいる。その感覚は決して気持ち悪くなどなく、むしろカテリーナを包み込むように力を与えてくれる。
カテリーナは懐かしい感覚を思い出す。
そうこれは――アビリティが進化する時の感覚に近かった。
いつも感想やいいねなどをくださり、ありがとうございます。とても執筆の励みになっています!
また「@otogrostone」というアカウントでツイッターもしておりますので、よかったらフォローもお願いします!
更新前には事前にツイートしています!




