第九十話 底ⅩⅤ
「まさかさっきまでの大立ち回りは……?」
地面に剣を突きながらなんとか立ち上がろうとするハイスが言った。ハイス自身は満身創痍な顔をしていた。見た目には傷は殆どなかったが、きっと内部はそうではないのだろう。
「もちろん、休ませるためだぜ。ああ、すれば、ヒードラの目は俺に集中する。お前らが疲れているかと思ったからな――」
何を言う?
そんな言葉が四人の喉から出かかった。本当に疲れているのはナダではないのか、と言いたかったのだ。先ほどまでヒードラと同格のモンスターとされているダーゴンと正面に立ってたった一人で戦っていたのだ。それも単なる足止めではなく、ちゃんと討伐まで行った。
そんな姿が、オウロには酷く羨ましく思えた。
自分たちはヒードラの足止めに専念することも出来たが、ヒードラを殺すと仲間達で決めた。それなのに現状に拱いて戦局を変えることすら出来ずに、ヒードラに翻弄されたのだ。
それなのにナダはたった一人でヒードラの守りを突破し、あまつさえ大きなダメージを与えて、ヒードラの次の姿を引き出した。それが水流や波、渦を操るだけではなく、無数の手、さらにはその次の姿だったかもしれない手に持つ武器だ。
だが、ナダはそんなヒードラの初見の動きすら見切り、二人のギフト使いの力を借りて、初見の姿をするヒードラへもう一撃与える事ができた。
自分たちはその一撃ですら、かなり苦労したと言うのに。
「あんた、私たちをなめているんじゃない? この程度、まだまだ全然大丈夫よ――」
ナナカは『鉛の根』を使って自分を持ち上げて立ち上がる。左の肘が逆方向に曲がっていたが、ナナカはそれすらも『鉛の根』を使って無理やりに元の形へと治してから左腕に巻き付かせて固定する。腰のポケットに入った回復薬を飲むのも忘れていなかった。
「ふん、生意気な事を言うではないか。私はまだまだ大丈夫だぞ――」
カテリーナもナナカと同じように立ち上がる。剣による支えすらも必要ない様子だったが、それは彼女がやせ我慢をしているからだろう。立ち上がって回復薬を飲み、浴びる様子からそれがよく分かる。
「思ったより元気そうでよかった。それに誰も死んでいないようでな――」
ナダは満足そうに微笑んだ。
「誰もが優秀だからな。死なないのは当然だ――」
見た目には何の変哲もないオウロも大太刀を支えに立ち上がった。
オウロの身体も限界だったと言えるだろう。体が軋んでいる。先ほどの水圧を耐えきれなかったのである。きっと骨の何本かは折れているだろうし、内臓も“イカ”れているのかもしれないが、敵を目前にして倒れたままでいるオウロではなかった。
もちろん、オウロも回復薬を口にする。ナダが用意した癒しの神のギフトが施された回復薬である。
「で、お前らはまだ戦えるのか?」
ナダは今にも倒れそうな四人に聞いた。
もしもこの場で無理だと言ったら、きっとナダは何も言わずにゆっくり休め、と言うだろう。そのような慈悲の空気を四人は感じ取っていた。
だが――
「戦えないなら、その場で寝ているわよ!」
ナナカは強い言葉で言った。
「舐めた事を言うのではない――!」
カテリーナは凛として言い放つ、
「ダーゴンに勝ったからって、調子に乗らないでもらえるかな?」
ハイスはナダを戒めるように言った。
「ヒードラは絶対に殺す――!」
そしてオウロは、四人の中でヒードラへの殺意を最も強くあらわにした。
「それはよかった。もしも戦う気が無いのなら、この場から逃げろ、と言い出すところだった――」
ナダは仲間を信じて、彼らも叩ける冒険者だと判断した。
もしも戦えないなら、その場で言うのも冒険者の仕事だと思っているからだ。それを言い出さないという事は、どんな状態であれ戦えるという事。ナダは仲間達を戦力の一人と数える事にした。
「それで、どうやって戦う気だ?」
ナダのすぐ後ろに移動したハイスは、戦う方針を訪ねた。
先ほどまで怒り狂っていたヒードラは、すぐに己を取り戻してナダを探すように旋回している。そしてナダを見つけるとゆっくりと近づいてくるのだが、その体には、生み出した手と武器は消えていなかった。本来ならあれらを掻い潜って攻撃しなければならない。
「そうだな…………まずは、体勢を整える為にニレナさん、シィナ、と合流するぞ」
ナダは急いでヒードラに戦うと言う真似はせず、一旦場を落ち着かせるために仲間と合流することを選んだ。
ナダは二つの武器で砂を思い切り叩いて、砂ぼこりを生み出した。その陰に隠れるように、他のメンバーと共にその場から去る。
「ギフトの調子はどうだ?」
七人は海藻の影に円状になって隠れる。
ナダの一番の目的は現状の把握だった。近接で戦う四人は先ほどの状態でも戦えると思っていたが、そのままではリスクはある。少し休憩して、体力を回復させた方が確実にヒードラに勝てると判断したのだ。それだけではない。遠くでサポートをしながら共に戦ってくれているギフト使いの二人の調子も、ナダにとっては心配材料の一つだ。
彼女たちに本当に意味での休みはない。湖に潜ってから一度もない。ずっとギフトを行使している。
特にシィナは自分たちの呼吸の為に湖に潜って以来、とめどなくギフトを使っている。ダーゴンとの戦闘時にはそれに加えて無理してギフトを行使していた。
ナダが見る限り、シィナの顔色は悪かった。血の気が無い、と言えばいいだろうか。既に限界を超えているのかも知れない。
だが、彼女は覇気のある声で言った。
「大丈夫……!」
目が血走っている。ヒードラも当然のように倒すつもりだったのだ。ダーゴンを倒した事で、彼女の中の何かが、冒険者に対する意志のようなものだろうか、それが変わったのかもしれない、とナダは嬉しく思った。
「なら、その言葉を信じるぞ。じゃあ、ニレナさんはどうだ? ギフトはまだ使えるか?」
ナダが見るニレナの状況としては、“以前”に戻った、というのが率直な感想だった。依然というのは“アギヤ”の頃である。ナダが知っている中で、ニレナが一番輝いていた時代だ。
イリスに影響され、無茶なことにも果敢にも挑戦する。言い方を変えれば餓えた獣のような姿。貴族らしい凛とした余裕のあるニレナとはギャップのある姿である。
先日、久々に再開した時には餓えた獣のような姿はなく、落ち着いた老獪な冒険者のようにナダは感じていた。悪く言えば若くない。もう冒険者としてのピークは過ぎ去り、実力がゆるやかに落ちていくだけの冒険者であり、『ラヴァ』として活動し始めた時も年長者のベテラン冒険者のような立ち位置だった。
「誰にものを言っていますの? 仮にギフトを使えなくなっても、剣で戦いますわ――」
ニレナの中に、より上を渇望する獣の姿が蘇る。
ナダはその事に嬉しくなりながら、きっとこの彼女なら最後まで戦うだろう、ともう心配することはなかった。
「なら、『ラヴァ』は全員大丈夫だな――」
ナダは満足したように頷いた。
「それで作戦はどうするんだ?」
ハイスはナダの性格を段々と分かってきており、半分ほど無駄だと分かっていながらもあえて聞いた。
「作戦? あるわけないだろ――」
ナダは快活に笑った。
何も考えていない、と言っても過言ではない。
「と、いうことは?」
ナナカはため息を吐いた。
「突っ込むから、あとはお前らが合わせろ――」
ナダは酷く楽しそうに言い切った。
その言葉に他の仲間全員がナダへと呆れながらも、決して失望することはなかった。
目標を定めると単身駆け出したナダを追いかけるように、他の仲間が続く。
ヒードラとの戦闘はもう少し続く予定です!
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