第六十八話 底Ⅴ
オウロが使った毒は、麻痺毒だった。モンスターの神経に作用する毒であり、低層に存在するモンスターなら一息吸い込むだけですぐに体が動かなくなるような毒である。
オウロは当然のようにその毒に自分のアビリティの全ての力を注ぎこんだ。
ダーゴンはその四分の一ほどを吸い、残りを水を操って周りに散らばるように飛散させた。
だが、ダーゴンに毒が効いた様子はない。
それでもオウロは大太刀を引いて、ダーゴンに斬りかかる。ダーゴンもそれに相対するように槍を振るった。
お互いの武器は三度重なりあった。
どちらも一歩も退かない、いや、オウロが押されていた。大太刀と槍がぶつかり合うたびに、体重が軽いオウロが押される。その度にオウロは水の壁を蹴ってダーゴンへと迫るが、その距離は段々と広くなる。
そして四度武器がぶつかろうとした時、ダーゴンはこれまでとは違う動きを見せた。それは己の三つ又の槍に細い水流を纏わりつかせたのだ。それがオウロの剣にぶつかった時、剣の衝撃と共に水の水流が襲った。それは殺傷能力を秘めたものだった。細い管のような水の糸がオウロの体を斬り裂こうと襲う。だが、それはシィナが作り出した水の玉のような防御膜によって、オウロの全身は包まれて防がれた。最も他にギフトの力を使っているシィナの防御膜では全ての水の糸を防ぐことはできず、肌に掠ってホーパバンヨを斬り裂かれた。湖中の水に血が少しだけ混じる。
だが、オウロが怯むことはない。
皮膚が斬り裂かれながらも自分の背中に出来た壁を力強く蹴って、ダーゴンに斬りかかる。その全ての斬撃がダーゴンの槍によって防がれるが、刃にはオウロのアビリティである『蛮族の毒』が濡られている。もちろん、ダーゴンの皮膚に当たらないので意味はないのだが。
オウロの影に隠れてダーゴンに斬りかかったのは、ハイスだった。ハイスは背中を狙っている。
しかし、ダーゴンはそれよりも早くとぐろを巻いて、回転するように尾びれのような足をハイスに叩きつける。ハイスは斬りかかるのを止めて足を剣で防ぐが、足は鋼鉄のように固くハイスは剣を立てるが傷一つつかない。むしろハイスの剣は両刃であるため強く握らなければ自分の剣に切られそうだった。
オウロはそんなダーゴンの体が伸び切った瞬間を狙い、胴体を切りつけた。だが、ダーゴンは体を回転させる。背中で剣を受けたのだ。ダーゴンの背中は固い鱗によって守られている。オウロの剣であっても、その肌には傷一つつかなかった。
ならば、とその様子を見ていたハイスはダーゴンの腹を狙うが、それは持っていた槍によって対処される。
オウロがもう一度大太刀を振ろうと刃を引いた時には、ダーゴンは自分を中心に広がる波を発生させていた。それは荒れ狂う波であり、その波の中に命を狙う鋭い水も紛れているが、それはシィナの防御膜によって防がれる。だが、荒れ狂う並みの質量には逆らえない。二人はダーゴンから引きはがされる。
そんな二人とスイッチするようにダーゴンへと迫るのが、ナナカとカテリーナだ。ナナカはここに近づいてくるまでに、何度も『鉛の根』をダーゴンの槍を持っている手に試みるが、その全てを弾き返されている。
まず斬りかかったのはカテリーナだ。アビリティは使わない。あれはカテリーナにとって常時発動するアビリティなどではなく、一撃だけの必殺技だ。消費も大きいので、只の攻撃に使うほど馬鹿ではない。カテリーナが選んだのは、ダーゴンに真っ正面から斬りかかることだった。槍によって防がれる。分かっていた事だった。これまで、ナダ、オウロ、ハイスが同じような攻防を広げているのだ。自分程度の斬撃がダーゴンに通じない事も、カテリーナにはよく分かっている。だが、悲観もせずに先の三人よりも“軽い斬撃”をカテリーナは続ける。
槍で防がれたかと思えば、すぐに体を逆方向に回転させて剣を振るい、それも防がれると今度は体ごと剣をぶつける。それも簡単に防がれる。
さらにはカテリーナの斬撃にはダーゴンにとって全く威圧感もないのか、槍を振るう余裕さえ与えていた。水の奔流を纏わせてカテリーナに振るわんとしている。
だが、カテリーナはその槍を少しも恐れていなかった。
自分の仕事は“只の陽動”だからである。
カテリーナの後ろからナナカが現れる。
ダーゴンが槍を振るおうとする前にナナカがそれを剣で押さえつけるように体当たりをした。
そして、小さく言った。
「――捕まえた」
ナナカの両腕から剣を伝い、そしてダーゴンの槍から腕へと『鉛の根』が侵食する。それはダーゴンの片腕を締め上げて槍を振れなくさせようとしているのだ。だが、ナナカがより巻きつけようとする前に、ダーゴンは槍に纏わせた水を波にしてナナカにぶつけた。それに鋭い水はない。きっとそれをするよりも、先にナナカを引きはがすのが先決だと思ったのだろう。
そんなダーゴン目がけて斬りかかるのが、既に前線に復帰しているオウロだ。真っ正面から怯みもせず、鈍くなったダーゴンの持つ槍が自分の剣を防ぐ前により早い剣速で斬ろうとする。
ダーゴンは急速に締め付け上げる根のおかげで満足に槍を振るえず、オウロの剣から逃れようと上に勢いよく泳いだ。
「――残念。そこには僕がいる」
ハイスはダーゴンが窮地に陥った時、きっと逃れる方向は頭上だろうと既にそこにいた。
ハイスは頭を狙って下から来るダーゴンに、上から落ちるように兜割りをした。
だが、それは華麗に横へと避けられる。
いや、ハイスは避けられるように攻撃したのだ。
ダーゴンは体を翻して、急に戻るように動きを変えた。
何故なら先ほどまでハイスがいた場所には、『秘密の庭園』によって生み出したい空間が罠のように広がっていたのだ。もしもそれに引っかかれば、ダーゴンと言えど無傷とはいかないだろう。
だから避けたはずのダーゴンがハイスのところまで戻ってくる。
ハイスはそれを待ち構えていたかのように剣を片手で持って、ダーゴンへと突き刺した。ダーゴンはそれを横から槍を持っていない手の爪で弾く。だが、ハイスにとってはそれすらも囮だった。
ハイスは剣が弾かれると同時に、もう一度水の壁を蹴ってダーゴンの懐まで潜り込んで左腕を伸ばす。そこにもアビリティで作られた空間が広がっていた。
しかし、リーチが短い。ハイスの手はダーゴンまで届かない。剣を弾いた爪がすぐに切り返してハイスの命を狙っていたからだ。
それを防ぐようにオウロがハイスの前に出た瞬間に、オウロはアビリティをひっこめた。
オウロの大太刀とダーゴンの爪が相対する。オウロに分があるかと思いきや、ダーゴンの左手に急速に集まる水によってオウロの剣ごと体が押されて徐々に不利になる。
そんなダーゴンの前にカテリーナが突っ込んでいた。
剣は鞘にしまってある。
そして、ダーゴンに届くかどうかのぎりぎりの距離で、カテリーナの剣が煌めいた。
カテリーナのアビリティである『閃光』だ。
眩い光によってカテリーナとダーゴンが包まれて、光が納まる頃にはもう振り切っていた剣は残念ながらダーゴンの槍によって防がれていた。既にナナカの『鉛の根』がダーゴンの凄まじい力と水の奔流によってほどかれていたためだ。
カテリーナは渾身の剣が防がれて焦燥した様子もなく、むしろうまく行ったと笑顔でダーゴンから離れた。
何故ならカテリーナの光に隠れるようにナダが現れて、ダーゴンの肉質の柔らかい場所である腹部を陸黒龍之顎で斬りつけていたからだ。




