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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第四章 神に最も近い石
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第五十九話 マゴスⅤ

 カテリーナはうだつが上がらない冒険者だった。

 冒険者として基礎を学んだのはナダ達と同じラルヴァ学園である。そこで十二歳から卒業までの八年間を過ごした。多くの冒険者とあまり変わらない経歴である。ラヴァの中では、ニレナ、オウロ、ナナカと同じだ。

 だが、カテリーナの学園生活は輝かしいものではなかった。学園に在籍中に所属したパーティーは一つ。それも一年生頃に同級生と組んだパーティーであり、『ヌエス』という。学生の頃はずっと同じパーティーだった。何度かメンバーが変わることがあったが、殆どのメンバーは変わらず卒業まで同じ仲間達と共に過ごす。


 『ヌエス』のパーティーとしての評価は、中の上と言ったところだろうか。

 低くもなく、高くもない。

 それなりのカルヴァオンは稼いでいたが、学園の中では常に学年を考えると平均程度であり、最高学年の八年生になったら平均を少し超えた程度の量となった。

 メンバーもそう悪くはなかった。火のギフト使いに、風のギフト使いがメンバーにいて、アビリティ使いもそこそこの実力者が揃っている。


 カテリーナは自分では、『ヌエス』の中でも優秀な冒険者だと思っていた。

 持っているアビリティである『閃光セントリカオ』は自分には過ぎたと思っているぐらい、いいアビリティだった。

 威力は上々。その速さと眩い光によってモンスターの目を潰す事から、時には格上の敵相手にも一発を入れる事もあった。

 カテリーナの持ち味はそれだけではない。

 身軽な体。卓越した剣技。冒険者としての嗅覚。それに知識や経験など、学年が進むごとにカテリーナは熟成されていった。

そんなカテリーナは常にパーティーでは重要な役割を担っていた。

本当に高い実力を持っていたと思う。仲間からも常々そう言われてきた。


 だが、カテリーナは『ヌエス』の中で、よく言いようのない感情を覚えていた。

 実力はある筈だ。

 だが、現在のパーティーを抜けて、どこか上のパーティーの入団試験を受けようとは思えなかった。

 勇気がなかったからだろうか。

 いや、違うのだ。

 分かっていたのだ。


 ――思えば『ヌエス』の中に、学園内で注目されるような冒険者は一人としていなかった。

 例えば、学園でのトップパーティーに所属されている冒険者のように、輝いている者は一人としていなかった。

 『ラヴァ』に所属した現在は自分でさえもそうだと、カテリーナはそう思う。

 他のメンバーと比べると、自分は何もかもが一つも二つも劣っている。

 そう考えると、『ラヴァ』のメンバーはまさしく迷宮を完全に攻略するために集めた者だと言えるだろう。


 ナダ、ニレナ、ナナカの三人はかの有名な『アギヤ』の出身である。

 カテリーナも学園時代には『アギヤ』と呼ばれるパーティーの話は、嫌でも耳の中に入った。

 『アギヤ』はカテリーナが一年生の頃から学園のトップを走り続け、何度メンバーが変わろうと、リーダーが代替わりしようとそれは変わらない。常に優秀な冒険者しかおらず、皆から羨望されるパーティーであった。

 所属することが一種のステータスとされ、一度でも『アギヤ』に入った者は今後の冒険者生活に困らないと噂されていたほどだ。


 話を聞けば、オウロも似たように有名な冒険者だと聞く。

 八年生になると、学園でトップのパーティーのリーダーだったようだ。冒険者としてはエリートだと言えるだろう。


 シィナの事は詳しく聞いていないが、王都では突出したギフト使いだったという話がカテリーナも聞いた事があった。

 自分とは違い、名が売れていたのだ。


 ハイスだってそうだ。

 学園にいた時も優秀なパーティーのリーダーで、卒業してからは数年の下積みを経て王都では名のあるパーティーのリーダーとなった。冒険者としては優秀であり、今後も期待されている一人だったと聞く。

 一緒に冒険してみると、自分がこれまでにフリーとして所属していたパーティーのどんな冒険者よりも実力を持ったリーダーだった。アビリティ、実力、経験、それに判断力、ハイスはどれも一級品だった。

 それは自分以外の皆に言える事だった。

 ナダ、ニレナ、ナナカ、オウロ、シィナ、ハイス、誰もが自分たちとは違う輝いている冒険者だ。

 そんな中で、カテリーナは只一人劣等感を抱えていた。


 カテリーナに素晴らしい経歴などない。

 学園でのパーティーというくすんだ過去を経て、卒業してからはずっとフリーとして冒険者を生活してきた。

 パーティーの誘いがなかったわけではない。

 卒業前から幾つかのパーティーからの誘いはあった。だが、どれも小粒のパーティーであり、『ヌエス』よりも下のパーティーばかりであった。提示された金額は学園にいた頃よりも下。だからいつかはもっといいパーティーに所属できると思ってずっとフリーの冒険者に甘んじてきた。


 だが、そこで知ったのはより厳しい現実だった。

 カテリーナの持つアビリティは強力だが、この程度のアビリティを持つ冒険者など掃いて捨てるほどいることに気づいたのだ。

 カテリーナのアビリティは簡単に言えば剣の威力を上げるアビリティであり、似たようなアビリティを発現する冒険者は数多くいる。例えば剣を振るう時に刃に火を纏う者、例えば剣を使う時に腕の筋力を上げる者、例えば剣を加速させるアビリティを持つ者など似たような者は多い。


 それ以外の能力も平凡と言えるだろう。

 全てにおいて自分よりも優れた冒険者などいくらでもいる。このパーティーに限って言えば、剣技はギフト使いであるニレナにもカテリーナは劣っていたのだ。

 『ラヴァ』において、カテリーナは何一つとして自信のあるものがなかった。

 冒険者としての技能の全てにおいて、パーティーの誰かに劣っていたのだ。

 この場所に自分がいるのは、きっと数合わせだろう、とカテリーナは思っていた。口が堅く、迷宮の最深部に道連れに出来る者が他にいなかったから自分に白羽の矢が立ったのだ。


 それに――カテリーナはぎりぎりではあったが、一応一人で中層まで潜ることが出来た。

 それも評価されたのだと思う。

 他のメンバーとは違い、自分は薬もふんだんに使った上で中層での小さなカルヴァオンを一つしか持ち帰れなかったと言うのに。


 だから――カテリーナはガラグゴを目の前にして、足がすくんでいた。

 がちがちと歯が震える。

 分かっていた事だった。

 カテリーナはインフェルノで『ポディエ』に潜っていた時から、ずっと深層には潜った事がなかった。だからナダと出会うまでに会ったはぐれと言えば、深層から迷い込んできたモンスターが精々だ。こんな特殊個体のはぐれと出会ったことなどない。強いはぐれなら尚更だ。


 そんなカテリーナの脳内に蘇るのは、以前の敗北の記憶。たかだか三人の冒険者でガラグゴに挑んで手も足も出ずに負けた記憶だ。

 そんな相手に、あの時とメンバーは全く同じではないが、数は一緒だ。戦っているのはカテリーナ本人に、ナナカとハイスである。


 ガラグゴの動きは以前と比べると随分と遅い。

 ナナカが本気でアビリティを使って、鈍色の根っこをガラグゴの体に纏わりつかせているからだろう。

 そんなガラグゴの周りをナナカとハイスが巡る。

ガラグゴの攻撃を避けながら足首に剣を振るうが、二人の剣はきっと軽いのだろう。赤い線のような傷しかつかない。


カテリーナは剣を鞘にしまったままガラグゴから離れた位置にいるが、仲間達から非難の目は向けられていない。

 これは、そもそもの作戦なのだ。

 ナナカとハイスが注意を引き、カテリーナが必殺の一撃を叩きこむ。純粋にアビリティの威力だけで言えば最も高いカテリーナが、その役目についただけなのだ。


 何度か隙はあったのだと思う。

 以前ならきっと後先を考えずに、もっと前にアビリティを使ってガラグゴに斬りかかっていただろう。

 だが、今のカテリーナにはそれが出来なかった。


 過去の苦い思い出か、それとも折られたプライドのせいか、もしくは純粋にガラグゴに怯えているのか、理由は分からないが未だにカテリーナは剣を抜けずにいた。

 もう二人が戦い始めてから随分と経つと言うのに、カテリーナは機を伺ったまま一歩も前に踏み出せない。

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