第三十六話 エックスデーⅡ
『へスピラサオン』にとってのエックスデーがやって来た。
その日はオウロがマゴスに来てから丁度四十日目の日であった。
ホーパバンヨを着たオウロは、六人の仲間を引き連れてマゴスに潜ろうとしていた。
オウロが背負っている剣は黒い。特徴的な形をしていた。長く、細いのである。野太刀と呼ぶ者が多いだろう。黒い鞘に納められた武器であり、柄や鍔まで全てが黒かった。この剣はオウロ愛用の剣であり、学生時代もずっと使ってきた愛用である。そして腰に小太刀と、太刀も下げている。いざと言う時の為の予備の武器である。
だが、オウロは愛用する漆黒の鎧は来ていない。マゴスではそのような鎧は冒険の妨げになるからだ。
オウロ以外の六人もホーパバンヨを着ていた。
シューヴァが新しく加入したので、事前に隊列などを確認した上で一昨日は試しにマゴスに潜っていた。それが済み、たっぷりと休息を取った今日に、オウロはマゴスに来てから本当の意味での“攻略”を始めようとしていた。
『へスピラサオン』はマゴスに足を踏み入れると、事前に打ち合わせしていた隊列に変更する。
先頭はフィリペだ。頭を丸めている大男である。
足は鈍重であるが、大斧を振り下ろす一撃は『へスピラサオン』の中でも随一だ。ただの魚人、あるいはバルバターナなら一撃で胴体を葬ることが出来る。フィリペはその腕を活かし、隊列の一番前で腕を存分に振るっていた。
今だってそうだ。
マゴスに潜った最初の相手として、魚人、あるいはバルバターナが襲ってきた四体である。マゴスに出現するモンスターとしては最も下位のモンスターであり、彼らを楽に殺すことが出来なければ、マゴスで冒険をすることは出来ないと言われるモンスターだ。
フィリペは近づいてくるモンスターに狙いを定めて、“アビリティを使わず”に大斧を振るった。
魚人、あるいはバルバターナはその一撃を切れ味の悪い剣で盾にしようとするが、鈍い音と共に振り落とされたフィリペの刃はモンスターの抵抗など関係なく一撃で真っ二つにする。
そんなフィリペの横を三体のモンスターが通り過ぎて行った。
フィリペの後ろにいる二人のうち、一人がロドリゲスだ。右目が白い義眼の男である。
ロドリゲスの持つ剣も黒剣だった。オウロと同じく全て全てが黒い剣を既に抜いていた。その剣は他の多くの剣とは違い、刀身まで黒かった。黒真珠のように鈍く光っている剣だ。長剣ではあるが、オウロの持つものとは違い片刃ではなく、パライゾ王国で数多く流通されている剣と同じく両刃だ。
だが、きっとオウロの剣と同じ技術で作られているのだろう。鞘や鍔の作りはオウロの持つ剣と非常によく似ていた。
ロドリゲスの剣に粒子は纏っていなかった。自身のアビリティを使っていないのだ。この程度のモンスターなら使わなくても十分だと思っていた。
事実として、ロドリゲスは襲ってきた一体のモンスターの剣を横に避けると、すれ違いざまに腹部を黒剣で一閃した。それだけでモンスターは下半身と上半身が別れて絶命した。
そんなロドリゲスとタッグを組んでいるのがマルセロである。ずる賢そうな男だ。
マルセロは武器を持っていなかった。丸腰だった。ホーパバンヨを着ているだけである。そんなマルセロへ、フィリペの横から抜けてきた魚人、あるいはバルバターナが襲ってきた。
マルセロはモンスターに右手を向けた。
右手の中心の空間が渦のように巻いている。
マルセロの持つアビリティは『契約の門』と言う。亜空間を作り、そこの物を収納するアビリティだ。似たようなアビリティを持つ者は少ないながらも存在するが、多くの冒険者は物を収納するだけだ。
だが、マルセロのアビリティは“それだけ”ではない。最初は物を入れるだけだったが、冒険者を続けているうちにアビリティが成長したのである。
作り出した亜空間の内部にあるものを完全に知覚することができて、空間の広さを自由自在に変える事も出来るのだ。亜空間を小さくして入っている物が入りきれなくなった時、その物は亜空間から“射出”されるのだ。
最初はコントロールが難しかった射出も、今では自分の手足のようにマルセロは使える。
マルセロは亜空間から自身の愛用の剣を射出した。柄が白い剣だ。オリハルコンとヒヒイロカネが混ぜられた上質な剣である。
それは放たれた矢のように真っすぐモンスターへと伸びる。
魚人、あるいはバルバターナの喉元に刺さり、走って近づいたマルセロがその柄を掴んで剣を回すと首が落ちた。
そして残る一体のモンスターに、オウロは狙いを定めた。
背中の野太刀を引き抜く。
それを力強く振り上げた。アビリティは使わない。『蛮族の毒』は使う気がない。強力なアビリティなのは知っている。この程度のモンスターなら撫でるだけで、アビリティが生み出す毒によって殺せるのも既に試したので知っている。
だが、オウロの狙いはもっと深い場所なのだ。
この程度の相手にアビリティなど使ってられなかった。
オウロは丹田に力を込めて、気合を入れた。
モンスターと戦う前には、まるで儀式のように毎回行っている事だ。
「あーーー! きえああああ!!!! いやああああ!! ああああああ!!!!」
そして猿叫と共に、袈裟切り。
魚人、あるいはバルバターナの肩口から斜めに斬ったのだ。モンスターの骨など関係がなく、筋力と技術によって抵抗すらオウロは感じずに脇腹から剣は通り過ぎた。
そんな風に最初は前にいる四人によってモンスターを片付けながら進んでいたが、段々とモンスターは強くなり、数も多くなる。
そうなった時にサポートするのが、オウロの後ろにいる二人のギフト使いだ。
「闇よ――」
まずギフト使うのはアナだ。
闇のギフトは十二種類あるギフトの中で最もモンスターを殺すことに適しているが、その分消耗が大きいので本番までは出来る限り節約しながら使う事が望ましい。
だから彼女は、前で戦う武器に薄く闇の力を施した。
それが宿った剣でモンスターに傷を付けると、斬れるだけではなく傷口から体が崩壊していく。浅い傷でも、重症にすることが出来るのだ。強力なギフトであり、より力を込めれば絶命も簡単だろう。
「水よ――」
アナの横で同じくギフトを使うのが、シューヴァだ。
彼も後に大役があるため本気ではギフトを使わない。
使う水のギフトは些細なものだった。両手の上に汗かと見間違うような水の粒を生み出し、それをモンスターに向けて放つのだ。すると雨のような水は弾丸のようにモンスターを貫く。
この辺りのモンスターならそれだけで十分であり、時には雨の量を増やしてモンスターを殺しきる事もあった。それでもシューヴァはずっと余裕そうな顔を浮かべており、息を切らす様子もなかった。
まだまだ余裕なのだろう。
最後に『へスピラサオン』の殿を務めるのがダミアンだ。糸目の男である。
彼の仕事としては、後ろからやって来るモンスターを殺し、捌くことではあるが、時にはモンスターが遠距離攻撃を仕掛けてくることもある。
そういう時にアビリティ――『石工の盾』を使い、その身でギフト使いの前に行くのだ。
ダミオンの持つアビリティは、周りのもの全てを拒絶することが出来る。それはモンスターの放つ矢なども変わらない。盾としては非常に強力なアビリティだ。
ダミアンがいるからこそ、ギフト使いである二人も安心して前線へと集中することが出来るのだ。
オウロの集めたパーティーは、とてもいいバランスだった。
マゴスをまたとない勢いで攻略していき、途中で休憩をすることはあってもモンスターに苦戦することなどない。深くなるにつれてギフトを使い、アビリティを使っていけばそれだけで簡単に攻略できるのだ。
そんな冒険が暫く続くとオウロたちは――湖へとたどり着いた。
今年もこの作品を読んで下さり、ありがとうございました。
これからも更新を頑張りますので、来年もどうぞよろしくお願い致します。




