第三十三話 ガラグゴ
カテリーナは艶やかな長い黒髪を持った美人であった。
切れ長の目がモンスターを睨み、“刀”と呼ばれる珍しい片刃の剣を扱う剣士である。
持っているアビリティは『閃光』だ。鞘にしまった状態から眩い光と共に、光線のように一瞬で敵を切る能力を持っている。その速さは人を超えており、瞬く間にモンスターを倒せることが出来ると言う。
居合と呼ばれる業が、アビリティによって強化されたのである。
そんなカテリーナを仲間に入れて、マゴスへ向かう船の中でナダは迷宮探索の目標をこう言った。
「珍しく中層にガラグゴの出現情報があるようだ。組合から仕入れた。今日はそれを狩ろうと思っている――」
はぐれの、討伐であった。
ガラグゴとはナダも以前に一度出会ったことのあるはぐれである。だが、殺したことは一度もないはぐれだ。
「本気か?」
ナダの提案に反対したのはカテリーナだけであった。
「ああ、本気だ。何か問題があるのか?」
ナダは涼しい顔で言った。
特に困難とも思っていないらしい。
「はぐれとは、呼吸の合うパーティーが全力で挑んで勝つかどうか分からない相手だ。それを私のようなフリーが入って早々に狩りに行くなど正気じゃない――」
焦った様子のカテリーナ。
だが、ナダはどーどーと彼女を宥めるだけだ。
「ま、出会ったら戦うだけさ。無理そうだったら逃げるさ。その時は俺が“殿”を務めるから、カテリーナは責任もなく逃げてくれて構わない。何ならガラグゴに会った瞬間に逃げてもいいぜ」
まるで彼女にはあまり期待していない、と言いたげなナダの口ぶりにカテリーナはむすっとする。
「私も冒険者だ。与えられた仕事はこなすさ。それがリーダーの意向なら、私だって全力で戦うさ。だが、リーダー以外の他のメンバーの意見は聞かなくていいのか?」
カテリーナはナダを除いた三人に振り返るが、誰一人として首を横に振る者はいなかった。
皆がガラグゴを倒すことに疑問など感じていない。
特にシィナは真剣な表情でマゴスを見つめていた。
彼女の目標は――ダーゴンだ。一度も迷宮内での討伐記録がないダーゴンと比べると、何体も倒されているガラグゴの方が格は下である。弱点が幾つか発見されており、アビリティやギフトが通じないという特徴もない。
ダーゴンを倒す前哨戦と考えれば、十分戦うに値するモンスターだった。
ニレナとナナカに関しては、はぐれ討伐を目指すのは既にアギヤ時代によくあって“慣れている”ため反論すらなかった。
二人ともアギヤ時代は、迷宮内ではぐれが出るたびに探しに迷宮内に潜った記憶がある。仮令それが龍という学生には討伐が不可能なモンスターと言われていても、アギヤの歴代のリーダーは平気で挑むのである。
悪習、と過去に言った仲間もいた。
だから二人とも平然としているのだ。
「問題はない、だろう?」
「そうみたいだな。全く頭がおかしいと思われても仕方がないぞ」
カテリーナは腕を組んで鼻を鳴らしていた。ナダの方針に納得していないようだ。
「まあ、楽しく行こうぜ――」
ナダは気楽に言った。
そして五人はマゴスへと潜る。
隊列は前と変わりはしないが、最初にナダが前に出る事はなくなった。
ネバに代わりカテリーナが前列に入り、剣を使うニレナとナナカと共にモンスターを狩って行くのだ。
その後ろでギフト使いであるシィナが三人のサポートをする。時には水でモンスターの動きを阻害し、時には絞め殺すのだ。
そしてナダは殿として、後ろから来るモンスターを狩っていた。前を進む三人の攻略スピードが速いので、仕事はあまりない。時折、一体ほどの魚人、あるいはバルバターナが襲ってくる程度である。ナダにとってはその程度は敵にすらならず、一太刀で切り捨てていた。
昨日よりも圧倒的に早く中層まで辿り着いた。
それはきっとカテリーナの力もあっただろう。
彼女はアビリティを使えば、どのモンスターも一刀で両断する。アビリティを使わなくても十分に戦える実力があり、モンスターの腕を切り飛ばす事なら簡単であり、ギフトのアシストがなくても三太刀もあればモンスターを殺していた。
また足も速く、ニレナやナナカのサポートも上手だった。
「中々やるな――」
ナダはカテリーナの事を高く評価していた。
これまでに仲間に入れたどの冒険者よりも強く、才能に満ち溢れている。彼女自身がまだ二十代前半という事もあって冒険には若さが満ち溢れており、まだまだ伸びそうなのも彼女の長所であった。
そして何よりも、カテリーナの光を放ち、剣速を上げるアビリティは水中でも発揮するアビリティで、よく練り上げられている非常に強力だ。
まさにナダが望んでいた人材である。
「いいな――」
ナダはカテリーナをずっと見つめながら言った。
熱い視線を彼女に送っている。
「……何が?」
ナダの小声に気付いたシィナが、振り返って言った。
「カテリーナだよ。彼女はいいと思わないか?」
ナダはずっとカテリーナを見つめている。
今もカテリーナはモンスターを倒していた。水をぴちゃぴちゃと跳ねさせながら、引き締まった体を揺らすのだ。それは舞のように美しく、額に汗を浮かべたカテリーナはとても魅力的だった。
特に一朝一夕には完成しない鍛えられた肉体をナダは評価していた。冒険者の中にはアビリティ一辺倒になる者が多いが、前で戦っているカテリーナはそうではない。アビリティはあくまで戦術の一つであり、時には刀を鞘にはしまわずに手数とスピードで押し切ることも多い。隙を嫌ってそうしているのだろう。その為に必要な剣術と肉体はナナカとそう変わりはしない。もしかしたら剣術の身に焦点を当てれば、ナナカよりも上だと思えるほどだ。
冒険者組合の者が薦めるのがよく分かる冒険者であり、今すぐにでも手にしたいと思っている。
「……何が?」
同性のシィナから見てもカテリーナは美人である。
だから厳しい目つきでナダに言った。
「決まっているだろう? 特にあいつの体だよ。とてもいい体つきだ――」
ナダはニヤニヤとしながら言った。
「……気持ち悪い」
シィナは冷めた目で言う。
そんな二人の会話も知らずに前の三人は中層を回っていく。目的はナダが言った通り、ガラグゴとの遭遇だ。
ナダは後ろからモンスターが来ない時は、ずっとカテリーナの戦う様子を穴が開くほど見つめている。彼女の戦う様子を観察し、自分のパーティーに正式に入った時にどのような動きがいいかを考えているのだ。
そんなナダの視線にニレナとナナカは含まれていない。どちらもよく見知った動きであり、マゴスでの戦闘も何度も目にした。今更新しく学ぶことは殆どなかった。
特にニレナはギフト使いだ。前線で使うつもりは全くない。将来的にはシィナとのギフトのコンビネーションで使うつもりである。本人とシィナにはもう告げているので、次回の冒険からはそっちを伸ばすのをいいかも知れない、と考えるほどだった。
それから暫くの間冒険が続き、ナダはカテリーナの後姿に魅了されながらも遠くの闇の中でお目当てのモンスターを見つけた。
体長が六メートルほどもある大きな魚人である。大きな鱗。まぶたがなくよどんだ両目。分厚くたるんだ唇。水かきと爪のついた手。二足歩行の為の太い足。
どれもナダが見知った特徴であり、奴を見るとありし日の苦い記憶が蘇る。大剣を持つ手に力が入った。
ガラグゴ、だ。
お目当てのはぐれだ。
それから数秒後、カテリーナ達の目にもガラグゴは現れた。
「ガラグゴだっ! 出たぞっ!!」
カテリーナの大きな声と共に、ガラグゴは大きな足を高く上げた。こちらに走って来ているようだ。
前にいる三人は武器を構えた。
ナダはガラグゴの特徴をよく覚えている。
あの件があって以来、ナダはガラグゴについてよく調べた。組合にはガラグゴの情報が沢山あり、個体を持ち帰った冒険者もいたため弱点なども分かったのだ。
ガラグゴは屈強な肉体が固い鱗によって守られているが、首の後ろ側、太ももの付け根だけは鱗が柔らかく簡単に斬り裂くことができるようだ。もちろんその情報は事前に他のメンバーにも伝えており、彼女たちもこの情報はよく知っている。
「水よ――」
ガラグゴが近づいてくる前にシィナがギフトを使う。
地面に張った水から無数の糸を生み出す。それは以前に生み出したギフトよりも細いが、よく見れば螺旋に編まれた糸だ。きっと強度も増しているのだろう。
それがガラグゴの体に纏わりついた。足首から始まり太もも、胴体、肩、腕などガラグゴの体全てに水の糸を纏わりつかせる。
動きの全てを阻もうとした。
「なっ――」
だが、ガラグゴにとってシィナのギフトなど児戯に等しい。
水の糸を簡単に引きちぎり、先ほどまでと変わらないスピードでニレナたちに近づいた。
ガラグゴは大きな拳を振り上げて、三人に落とす。
ニレナ、ナナカ、カテリーナはその場から飛ぶようにして、ガラグゴの一撃を避けた。
するとナダがいる床にまで衝撃が伝わる。
ナダは遠くでそんなガラグゴを睨みながらも、満足そうに口角を上げる。
――以前に見た個体と、そう強さは変わらないと。




