第二十八話 パーティーⅧ
次の日もナダは迷宮に潜ることとなった。
いつものメンバーの他にシィナが増えていた。
シィナは冒険者としての装備を捨てておらず、かつてマゴスに潜っていたその時の装備のままである。
マゴス専用の鎧であるホーパバンヨを着て、木製の杖を持つ。腰には短剣のみをぶら下げており、標準的なギフト使いの恰好をしている。
恥ずかしがっている様子はなく、平坦でありながらも女性らしい体のラインを出しており隠す様子はない。ニレナたちと違う点があるとすれば、ホーパバンヨが太ももまでしかなく足は白い生肌をさらけだしている。履いている靴は包み込むようなサンダルであり、防御力と言うよりも動きやすさに重点を置いた装備のようだ。
ナダはギフト使いが一人増えた事によって、フリーのパーティーメンバーを一人雇っていた。二人のギフト使いを守るためである。ナダとナナカだけでも問題はないと思うが、安全を期することにした。
迷宮内ではどんな危険が待っているか分からなく、ナダもその危険性が身に沁みていたからだ。
たまたま手が空いていたタリータを雇う事にした。
彼女はあまり乗り気ではなかったが、他に仕事があるわけでもなくパーティーに入ることとなった。
その時に手続きしたのが顔なじみの茶髪の受付嬢だったが、何故か白い目で見られた事をナダは覚えているが、その理由までは分からなかった。
「……このパーティーはどんな冒険の仕方をするの?」
それは迷宮に潜る前にシィナから聞かれた事だった。
当然の質問である。
一つとして同じ攻略をするパーティーなどない。メンバーの持っているアビリティやギフトによって、最も効率的な冒険を編み出すのだ。
だが、ナダがリーダーとしてシィナに告げたのは、リーダーとしてはあまりにも拙いものだった。
「まだ決まっていない。今日は俺たちの後ろで見ているだけでいいさ――」
「……なにそれ?」
「まだ俺以外の二人がマゴスに慣れていないんだ。この環境に慣らすために冒険を行っている。シィナも久しぶりのマゴスだろう? まずは体を馴染ませろよ」
「……そう」
シィナはナダの方針に訝し気だったが、大人しくニレナの隣で付いて行くことにした。
「まあ、ぼちぼちやろうぜ。いつも通り――」
ナダは陸黒龍之顎を持ちながら言った。
ナダのパーティーの攻略法は以前と変わりはしない。ナダが正面に立ち、ほぼ全てのモンスターを殺して行く。
いつも通りに。
「……強い」
そんな様子を後ろで見ていたシィナは、ナダの戦う姿を呆気にとられた様子で見ていた。
シィナも冒険者として活動して長い。
かつてセウに存在する『ミラ』で長く下積み時代を過ごし、王都ブルガトリオの『インペラドル』で長い間活動してきた。その間に多数のパーティーに所属し、多くの冒険者を見てきた。
その中には英雄に近いと呼ばれる冒険者も見た事があり、最も信頼できるリーダーだったルードルフも英雄に近いと言われており、その実力は冒険者の中でも一級品だった。
だが、そんなルードルフと比べても、シィナが見た感想ではナダの方が上だった。
リーチを活かして武器を振り回すだけだというのに、単純な破壊力がある。かつてのパーティーでも、ここまで魚人、あるいはバルバターナを狩っている冒険者など見た事はなかった。
そんな様子をシィナが見つめていると、いつものようにナダは後ろにモンスターを流すのだ。
「矢よ――」
ニレナは本気を出すわけでもなく、最初の冒険と同じように氷の矢しか生み出さない。湿度の重たい迷宮内を楽しむように深く深呼吸し、水をぴちゃぴちゃと跳ねさせながら足の感触を確かめる。ギフトの調子は昨日確かめた。剣の振りも十分だ。だが、体が環境に慣れるのにはもっと多くの時間がかかるので、ニレナはゆっくりと全身でマゴスを味わっていた。
「慣れると案外簡単ね――」
一方でナナカは慣れた様子で迷宮内を進んでいる。
体が重たい様子もなく、滑るように迷宮内を進み、アビリティを使って剣を振るうのだ。
アビリティも昨日までとは違い全力で使う様子はなく、徐々に効果を下げて時間も短くしていく。このエリアにいるモンスターに必要なだけのアビリティを、見極めようとしているのだ。
だが、今日に限っては殆どアビリティを使わなくても、ニレナが放つ氷の矢で弱体化したモンスターなら剣だけでも一体なら倒せる。その程度の力をナナカは持っている。
そんな周りでタリータは前回と同じようにアビリティをふんだんに使って迷宮内を縦横無尽に動き回り、モンスターを一撃で狩っている。
その姿は猫ととてもよく似ていた。
シィナはギフトを使う様子もなく、ニレナの隣から離れずに他の冒険者も観察していた。
これから所属するパーティーを見極めようとしているのである。
「……意外と優秀」
シィナはナダ以外のメンバーについて、優秀な冒険者が集まっていると思っていた。
タリータは今回に限り雇っているフリーの冒険者なのであまり感想はなかったが、他の二人の冒険者についても優秀だった。
ニレナに関しては、きっと自分よりもギフト使いとしての実力は上だろう、とシィナは感じている。無数の氷の矢を生み出し、的確にモンスターに当てていく。決して本気を出しているようには見えないが、この程度のモンスターならこれぐらいのギフトで大丈夫だろう、という判断が一流なのだ。ギフトの破壊力や範囲よりも、冒険者に最も必要な能力である。
本気のギフトがどれだけの威力かは分からないが、“王都での噂”を聞いた限りでは超一流のギフト使いだと聞いている。氷のギフトでは並び立つ者がいない、とも言われていたのだ。
「……あの子も優秀」
シィナの見た限り、ナナカはパーティーに一人いればありがたい冒険者だった。
サポートとして優秀なアビリティ。軽い足腰。それでいてモンスターは一体一体確実に殺しており、無駄な体力を使う様子もない。息を切らしているタリータと比べると、ナナカは呼吸も乱していなかった。
王都にいれば、どんなパーティーからも声がかかると思う。トップ集団に入っていてもおかしくはない。
そんな様子を見ているうちに、シィナも自然とギフトを発動させる。
彼女が持つのは――水のギフト。
マゴスでよく使っていたギフトは、水から作り出した鞭だった。地面に張った自ら伸びる無数の蛇のようなものだ。シィナはそれを操り、モンスターの足や体を叩くのだ。
時には絡みつくように動きを止める事もできる。大きくしならせた水の鞭は攻撃を与えるのも十分であり、地面に倒れるモンスターも多かった。
マゴスという環境は、水のギフト使いであるシィナにとって自分の庭なのだろう。
一度だけ、彼女は本気を出した。
自分よりはるか先にいるナダが対峙しているモンスターに杖を伸ばした。すると無数の水の鞭が四体の魚人、あるいはバルバターナに絡みつき、そのまま締め上げて殺す。
祝詞もなく、涼しい顔で。
そんなことで今日の冒険は終わった。
迷宮を出て湖を渡る船を操縦している舟守に、ナダはとても笑顔でこう言われる。
「あんちゃん、いつも一人だったけど結構やるんだな。こんな美女ばかりのメンバーを捕まえて」
浅黒く焼けた舟守は羨ましそうだった。
ナダはそこまで言われて、今朝からギルドで受けている奇異の視線の意味が分かり、大きなため息をつく。
言い訳をするつもりなどないが、面倒だな、と思ったのだ。
それからナダは町に戻り、冒険者組合に戻ろうとした時、聞いた事のない男の声が聞こえる。
「やあ、ニレナ、こんなところにいたんだね」
人懐っこい笑顔を浮かべる彼は、真っすぐニレナを見たのだ。




