第二十五話 パーティーⅤ
ナダ達は昨日も利用した個室のレストランで、三人揃って夕食を取る。
鎧は既に脱ぎ、普段着だ。ホテルの部屋に衣服も用意してあったようで、ナダとナナカはニレナの用意した服に着替えた。
ナダの姿は上下の黒のセットアップだ。用意された蝶ネクタイはつけていない。パーティーメンバーの食事で堅苦しいのは嫌いなようだ。服のサイズは昔と変わっていないが、あまりにも体にぴったりだったので、ナダは少しだけ背筋が冷たくなった。
ナナカは髪をうなじが見えるように編み込みながら、レースが幾つも織り交ぜられた黒いワンピースドレスと高いヒールを合わせている。女性の中では身長の高いナナカなので、ヒールを履けば普通の男よりも身長が高くなるが、それでもナダよりも低い。
普段のラフな彼女の服装とは違い、シックに決めているのはきっとニレナの趣味だろう。
ニレナも普段とよく似た白いワンピースドレスを着ている。レースや細部などが違うらしいが、ナダには同じような服にしか見えない。
だが、その事を言うのは野暮なので、ナダはニレナから服の感想を聞かれても「今日の姿も似合っているよ」としか言わなかった。
「で、今日の冒険だけど二人はどうだった?」
食事も来て乾杯も済ませたナダは、分厚い肉をフォークとナイフで切り分けながら二人に言う。
お肉は、外はこんがりと焼けているが、中は赤くてジューシーで味付けはオリーブオイルと塩のみのシンプルな料理である。その分肉の品質にこだわっており、噛み締めるごとに上質な脂が肉から溢れ出しとても美味しいステーキだ。
「私は非常に有意義でしたわ。マゴスは初めて潜りますけれど、他の迷宮と随分と違うようです。慣れるのにはまだ時間がかかると思いますけど、湿度の高いあの環境は私のギフトにとてもよく馴染みました。大きなギフトも簡単に使えそうですわ」
ニレナはステーキを小さく切りわけていた。それを口に運び、赤ワインを飲んでいる。
「確か氷のギフトは近くに水辺があった方が、使いやすいんだったか?」
「ええ、そうですね。空気中の水分を凍らせて固めておりますので、あれほど水が潤沢にあると簡単に氷を生み出せますわ。気を付けないと地面にある水を全て凍らせてしまって、他の方の邪魔になってしまいそうですわ」
ニレナは口元を手で隠しながら笑った。
ギフトの扱いに自信があるとはいえ、本気で使う場合は周りを気を付けなければ全てを氷漬けにしてしまいそうにさえ感じている。
今日の迷宮ではニレナは力の二割も出していなかった。
「それなら明日は一度本気でギフトを使ってみるのもいいかもしれないな。俺から出来るだけ離れた場所で」
「いいですわね。それ。久しぶりに本気を出して、好き放題にギフトを使ってみたいですわ。セーブしてギフトを使う事があっても、全力で使う事はあまりできませんから」
ニレナは楽しそうにしていた。
きっと『コーブラ』の時も常に余力を意識して、ギフトを使っていたのだろう。
ギフト使いは無制限にギフトを使えるわけではない。弱いギフトなら連発して使えるだろうが、強力で範囲が大きいギフトを使い続ければやがてギフトの発動は困難になり、それでも使い続ければ気を失う。
迷宮で意識がなくなればモンスター相手に無防備になるので、ギフト使いは全体の冒険を考えて、ギフトの使いどころを考えなければならない。
だからニレナは彼の後ろで気を失っても命に別状はないと、ナダの事を信頼しているのだろう。
「じゃあ、それで。ギフトについてはおいおい慣れて行けばいいさ。将来的にはもっと使いやすくなると思うからな」
「ふふふ。そうでしたね。その時の為にも、もっと使い方を考えておかないと」
ナダが目指しているのは水中だ。
氷のギフトを使ったことがない環境である。周りに水が溢れた状況だと、どんな結果になるかはニレナにも分からない。
「で、ナナカはどうだった?」
次にナダはナナカに振り向く。
彼女もステーキを食べながらワインを飲んでいた。白い肌がほのかに赤くなっている。
気分が高揚しているようだ。
色っぽくも見えた。
「どうってさっきも言った通り上々よ。悪くない冒険だった。まだ足場には慣れていないけど、滑らせるように進むっていうのも楽しいわ」
「それはよかった。じゃあアビリティはどうだ?」
「通じる。ポディエにいた頃と同じで問題なかった。あの程度なら必要ないかもしれないけど、試運転のためふんだんに使ったけどとても良かったわ。」
「そうだな。相変わらず調子はよさそうだ」
「その通りよ」
ナナカの言葉に、ナダは細かく頷いていた。
彼女のアビリティはモンスターの動きを阻害する。弱いモンスターであれは完全に動きを奪い、つよいはぐれでも緩慢にすることは出来る。
マゴスの浅層にいる魚人、あるいはバルバターナならば完全に締め上げる事ができるのをナダは目にしていた。
彼女の腕が劣っていない事にナダは嬉しく思っている。
「じゃあ、剣はどうだ?」
ナダは次に武器の事を言う。
ナナカの剣の腕前は良く知っている。アギヤの頃に何度か手合わせも行い、迷宮内で戦う様子もよく目にしている。
その頃のナダの感想としては、使えなくはない、だった。
だが、アギヤに離れてからの彼女は知らなかった。
「あの程度なら通じる。鱗の上でも問題なく切れた。剣にダメージもなかったわ」
「奴らの剣技は?」
「対処するのも楽勝よ。忘れたの? 私はこれでも剣が上手いの。学園でも上位よ」
「ああ、そう言えばそうだったな――」
ナダは思い出したように言った。
彼女は学園の中でもアビリティなしだと、上位の剣の実力だ。
だが、同級生であってもナダとレアオンにはどう足掻いても勝てないため、印象に薄かったのだ。
ナダもレアオンには負ける事があっても、ナナカに負ける事は一度もなかった。
「確かにあんたには勝った事がないけど、学園では男にも負けてなかったの」
腕自慢の男にも勝るほどの実力のようだ。
確かに朧げな記憶を思い起こせば、屈強な男との模擬試合でも木刀で一本を取っていたような気がする。
興味がなかったので、誰に勝っていたか全く覚えていないが。
「それに剣だっていい代物よ。名工に作らせた特注品だわ」
「そうだったな。でも今日のところはまだ浅いぞ。もっと深い場所に潜る自信はあるのか?」
ナダは意地悪な顔をしながら言った。
「もちろんあるわよ。もっとつらい冒険だって一緒にしたじゃない。今日のなんて小手調べ。慣れたらもっと強いモンスターにだって勝てるわ」
自信たっぷりのナナカ。
確かに彼女の言う通りだろう。
ナナカの実力はまだまだこんなものではない。ずっとフリーの冒険者だったとはいえ、アギヤの時は学園でもトップクラスの冒険者の一人だった。
「そうかよ。そりゃあ、よかった」
「それで、ナダ、他のパーティーメンバーはどうするの? まさか今日雇ったフリーをまた誘うつもり?」
ナナカは今後のパーティーについて、ナダに聞きながら柔らかいパンを手でちぎって、バターをつけてから口に入れる。甘く芳醇な小麦の香りが口の中に広がり、豊かな味がじわーとしたの上に広がる。
ナダも今、同じパンを食べているが、普段の宿で食べているパンと比べるととても美味しかった。
「当然増やすさ。三人だけだと足りない。でも今回のフリーはなあ――」
ナダは口の中に幾つものパンを入れながら、今日雇った冒険者の事を思った。
悪くはない。
だが、小粒なのは確かだ。
今日程度の冒険ならおそらく三人で足りるだろうし、より深い場所に潜ろうと思えばきっと実力は足りないだろう。
「パレイアは微妙ね。盾の扱いは確かに凄いみたいだけど、ニレナさんを守る必要はないわ。ニレナさんなら自分で避けることもできるし、剣技自体も微妙。アビリティが防御特化だから、もっと奥へ潜るつもりなら実力不足。何よりあのいやらしい視線が嫌」
ナナカはパレイアの感想を言う。
最後の意見を除けば、パレイアの評価としてはおおむねナダも同意していた。
「タリータさんは悪くはないですわ。アビリティも優秀ですし、視野も広いです。でも、武器のランクが低いようですね。あの程度の敵相手なら、真正面から打ち破ってほしいですわ。いちいちアビリティを使っても無駄ですもの」
ニレナのタリータへの評価は厳しかった。
だが、ナダも殆ど同じである。
アビリティは確かに強力であるが、ギフトと同様に無限に使えるというものではない。使いすぎればアビリティが発動しづらくなり、最終的には意識を失ってしまう。
もちろん細やかに使ったり、使うアビリティを弱くしたりしたら長時間使える事も出来なくはないが、冒険者には使わずとも戦える実力が必要だ。タリータにそれがあるとはナダも思えなかった。
「そうですか? いいとは思いましたけど。タリータさんはさばさばしてますし」
だが、ナナカは長年フリーの冒険者で活躍しているタリータの事を尊敬したようだ。
ついこの間までフリーの冒険者だった自分の事を思い出しているのだろうか。
「そうか? アビリティなしの剣技はニレナさんにも負けると思うぞ」
ナダは素っ気なく言った。
ニレナはギフト使いだが、剣も出来る。
そして強い。何度か戦ったからだ。ナナカは同じ時期にアギヤにいなかったので、絶対に知らないだろうが。
「そうなの?」
「そうだよな、ニレナさん?」
ナダがニレナに視線をやると、彼女は不敵な笑みを浮かべながら首を横に振った。
「いいえ、嗜む程度ですよ」
「嘘つけ……」
ナダは呆れたように言った。
それからも三人は冒険について深く話し合う。今日の振り返りが終われば、明日以降の冒険についてだ。
マゴスのどこまで潜るのか。フリーの冒険者は雇うのか。雇うとすればどんな冒険者なのか。明日の目標は。今後の展開は。既に学生ではないプロの冒険者として、元々は同じパーティーメンバーであっても新しく作ったパーティーなら話し合う事は多い。
リーダーやメンバーの垣根もなく、貴族や平民の差もなく、年齢や学年の差もなく、自由に三人は意見を述べて明日の冒険に備えるのだ。
そんな事を行いながら、ナダはかつて自分がパーティーに所属していたことをとても懐かしく思う。
冒険者として正しい姿のナダを、初めて書いたような気がします。




