第二十三話 パーティーⅢ
結局のところ、ナナカはナダのパーティーに入った。
彼女の真意がナダには分からなかったが、きっと他に行くところもなかったのだろう。
インフェルノとオケアヌスは遠い。列車で長い距離を旅し、馬車を乗り継がなければこの町に来ることは出来ない。時間もかかるし、お金もかかる。
ナダがナナカを見る限り、冒険者としてそれほどお金を持ってそうには見えなかった。着ているジーパンとシャツはそれほど高級そうには見えず、髪も少しだけ痛んでいるように思えた。きっとゆっくり手入れする余裕もなかったのだ。
だからおそらく元の町に戻る余裕もないのだ。
冒険者が別の町に行くときは、武器や鎧なども運ばなければならない。それは決して安いお金ではなく、それなりにお金がかかる。きっとここに来るまでのお金はニレナが出したのだろう。
ナダが知識として持っている事だが、フリーの冒険者と言うのは安定して稼げるものではない。
パーティーに誘われればカルヴァオンの配当の他に、契約金まで得られることが出来るので一時的な収入は大きいが、毎日仕事があるとは限らない。契約が短期の事も多ければ、途中で契約が打ち切られる事もありそうなればカルヴァオンの配当金は手に入らない。
それでいて、武器や防具は自分で手入れしなければならず、かかる金額は小さいわけではなかった。
きっとこれまでのナナカの生活は十分に行えたのだろうが、余裕はそれほどなかったのだろう。
そんなナナカは食事が終わった後も、ニレナの後をついていた。宿代もニレナが出したのだろう。このレストランの食事もニレナが出していたのだから。
そして明くる日、ナダはニレナ、ナナカと共に迷宮に潜ることとなった。
これは前日の食事会から予定していた事だ。
マゴスの最果てに挑戦しようとした時に、ニレナとナナカはここの迷宮の経験がないので、まずは浅層を冒険することで体を慣らす事から始めるのだ。
だが、その為にはパーティーメンバーが三人だと足りない。ナダは少人数での冒険は慣れているが、ニレナはギフト使いとして特化しているので近接戦闘はそれほど得意ではなく、ナナカ一人だとニレナのフォローは心もとないのでフリーの冒険者を雇う事となった。
一日限りの冒険で、深い場所に潜るつもりなどなかったのでたまたま予定が空いている冒険者を急遽集めたのである。
一人目は、パレイアという男の冒険者だ。
ナダよりは少し身長が低いが、肩幅が広い大男であり、ショートソードと四角い大盾を持ったタンク職である。
大盾は重たく、取り回しがきかないので今の冒険者には不人気な武器の一つである。
だが、パレイアの持っているアビリティを『空気の甲羅』と言い、左手に持った重たい物に緑色の空気を纏わせて重力を無くす効果がある。だからパレイアは大盾を持っても、まるでナイフのように取り廻す事ができた。
ギフト使いを守るには最適なアビリティなので、ナダは仲間に選んだのだった。
そんないいアビリティを持つパレイアだが、着ている鎧は金属製ではなくゴム状の鎧――俗にホーパバンヨだった。特に発達した大胸筋と大腿四頭筋の部分は今にも鎧がはち切れそうだ。
それはパレイアのこれまでの努力の結晶であり、隠す様子もない。
パレイアの装備がマゴスの標準的な鎧なのは、彼のアビリティは鎧まで及ばないのである。もし全ての装備を軽くするアビリティだったら、彼は動きづらいマゴスにおいても金属の鎧を着ていたのかも知れない。
二人目の冒険者は、タリータという女である。
平均的な身長のしなやかな肉体を持った、八重歯がチャームポイントの冒険者だ。きっとニレナよりも年上だろう。
得物は小太刀という東洋の片刃の剣だ。それを逆手で持って戦うようだ。
持っているアビリティは『猫の足』だ。どうやら脚力を強化するアビリティのようで、猫の様に高い跳躍力と軽い動きが出来るらしい。
壁を蹴って移動することも出来るので、パーティーメンバーが危険な時にすぐに駆け付ける事ができる、と資料には書いてあった。
タリータも小麦色の肌の上にホーパバンヨを着ており、黒くぼさぼさの髪も邪魔にならないようにポニーテールで纏めている。
腰にはベルトを巻いて、左右それぞれに小太刀を付けていた。
「じゃあ、行くか――」
マゴスに入ったナダは、他の四人のメンバーに快活な笑顔で言った。
できるだけフレンドリーに、親しみを込めようと頑張っているが、顔は引きつっている。あまりこういう場面に慣れていないのだ。
だが、傷一つない新しいホーパバンヨを着たナダの背筋が通っているのは、きっと自信に溢れているのだろう。
その要因の一つが、きっと右肩に担ぐように持つ“大剣”だ。
名を陸黒龍之顎という。ニレナがインフェルノから持ってきた武器である。ナダの手によく馴染んだ武器であり、かつての相棒だ。数年離れていたとしても依然と変わらずナダの手に馴染んでいる。
またニレナが定期的に調整に出していたのか、武器として一つも問題がないほどだ。
「ええ、そうしましょう――」
ナダに元気に頷いたのは、ニレナだった。
髪をサイドポニーに纏めた彼女は、初めてホーパバンヨを着るので違和感があるようだ。何度も自分の姿を確認するように体のあちこちを見ている。
ニレナは普段迷宮に潜る時は多くのギフト使いと同様に、金属の糸が編み込まれた丈夫なローブである。ゆったりとした服装であり、体のラインを出すことは殆どない。それは普段着でも同じであり、ゆったりとしたワンピースを好む。
だが、ホーパバンヨは体に張り付く鎧だ。湿度が高いマゴス内でも不快にならないように肌との隙間をなくす。ニレナは首から下全てに鎧が張り付いており、ギフト使いらしく細くて長い腕と足はそのままに、女性らしい体のラインが露わになっていた。
その鎧は普段のニレナとは違う魅力を引き出し、もしも見ている男がナダではなければ目を奪われているだろう。実際にパレイアは何度かニレナを視界に入れて、すぐに外していた。
きっとこれまでの生活で、こういった服を着る事がなかったニレナは、ずっと恥ずかしそうに顔を俯かせていた。
体のラインがここまで強調される服を着る貴族など、殆どいない。そういった服ははしたないとされているからだ。
だが、ギフト使いとしての仕事は忘れないのか、手には長い杖を持っていた。腰にも念のため短剣を下げている。
マゴスに潜る冒険者としては、最良の姿をしている。
「マゴスって、けったいな迷宮ね。こんな鎧じゃないと満足に潜れないとか。
本当に恥ずかしいわ」
ナナカもホーパバンヨを着ていることに恥ずかしそうにしていた。
髪をお団子に纏めた彼女は、体のラインをここまでさらしだす服を着る事が恥ずかしいのか、両手で体を抱くようにして隠している。だが、肉付きのいい彼女だと豊かな胸部を全て隠すには腕は細く、何の解決にもなっていない。羞恥心から前かがみになっているので、大きな臀部を突き出していた。
その様子を一番後ろにいたパレイアは何度か視線を向けたが、すぐに目をそらして空咳をする。
ナナカは慣れない迷宮に慣れない鎧であっても、左腰に身に着けている武器は愛用のものだ。
それはアギヤの頃から変わらない剣であり、六十センチほどのショートソードだ。
銘を、イルサオンという。ヒヒイロカネとオリハルコンをふんだんに使った上質な武器だ。
軽くて、丈夫で、切れ味もいい。オーダーメイドの武器であり、かの有名な鍛冶の名門であるウェントュス家の一員に作らせたものだ。最新の技術と熟練の職人による手作業によって、量産品の剣とは違い、刃の細部に至るまで重量が計算されて作られているので、片手でも両手でもとても振りやすい剣だった。
また腰の後ろにククリナイフを付けているのは、イリスの影響からだった。ナナカは昔からイリスに憧れており、アギヤにもイリスに憧れて入った。
彼女のようなイリスの信奉者たちは、ククリナイフを持っていることが多い。
「じきに慣れるさ。ほら。タリータを見てみろよ。この程度で動じていない」
確かにナダの言う通り、タリータは体のラインを出しても羞恥心が全くなかった。
きっと男性冒険者からの視線にも慣れたのだろう。
女だてらで冒険者をしていれば、そのような視線に合う事は数多くある。フリーの冒険者をしていれば、仕事相手は選べない。男だらけのパーティーに入ることだってあるのだ。
「そうだね、ナダさん。あんたの言う通りだよ。で、私は仕事の話がしたいんだけどいいかな?」
「いいさ」
先頭にいるナダは頷いた。
「冒険の方法だけど、本当にこれでいいの?」
ナダを訝し気に見るタリータは、今の冒険のスタイルに反対の様だった。
ナダが他の四人に説明した冒険は、マゴスに存在する全てのパーティーにとって異質なものだった。
まず、隊列の先頭がリーダーであるナダだ。
そしてその後ろに四人が並ぶ。
武器は持って構えるのだが、今回のパーティーの指針をナダはこう言った。
『――あんたらは率先してモンスターを狩る必要はない。前には俺が出る。そこから“あぶれた”モンスターを殺せばいい。深い場所には潜らないからそう難しい話じゃないだろう?』
要するに、ナダは他のメンバーにモンスターを殺す必要はない、と言った。
それは冒険者にとっては屈辱的な話であり、ニレナ以外の三人が強く反対したが、ナダはリーダーとしてその意見を強く通した。
「いいさ。俺がきつくなったら助けてくれるんだろう? パレイアとタリータには期待しているんだ。是非とも助けて欲しい。申し訳ない話だけど、俺はマゴスでパーティーを組んだことはないんだ。だから今回はいつもの俺の冒険に“則した”形だけど、二人の自由な意志で助けてくれると嬉しいんだ」
ナダは二人に縋るように言った。
だが、そんなナダは決して弱弱しい姿には見えなかった。
「……なるほど。分かった」
タリータは不満そうに頷いた。
「……それがリーダーの意向と言うのならば」
パレイアはナダを疑いながらも反対はしなかった。
フリーの冒険者は、基本的に入ったパーティーのリーダーに逆らう事はない。依頼主の意向を叶えるのがメンバーの役割だと理解しているからだ。
もしパーティーリーダーに反対することがあるとすれば、不当な扱いである。例えば他のメンバーより明らかに冒険の負担が大きかったり、命に危険があるような作戦だったりだ。
だが、今回はそうではない。
むしろナダが危険を背負おうとしている。
強く反対する理由はなかった。
「――どうしてこんな編成にしたの?」
ナナカはナダの耳元に口を寄せて、小さな声で言った。
ナダの編成の意図が見いだせなかったのだろう。
「後で答えるさ――」
ナダは短い言葉で言う。
迷宮の先にモンスターを見つけたからだ。
これは後でナナカに言う事だが、今回の編成にした理由は簡単である。
ナダは今回の冒険の目的は、ニレナとナナカをマゴスに慣れさす事だった。それ以外の意味などない。
モンスターを倒す事も視野に入れてなかった。
マゴスは他の迷宮と大きく違う。
雨季のように高い湿度で行う呼吸は鉛のように重く、水の張った地面は滑り止めのついた靴を履いていようととても滑る。
その状況で冒険を行おうと思えば、モンスターよりも環境に慣れる事が大切なのだ。
ナダは目の前から現れた魚人、あるいはバルバターナを見据えた。
数は四体。
この迷宮で最も多く出現するモンスターであり、冒険者を苦しめるモンスターだ。一体一体が武器を持っており、弱いとは言えない。持っているカルヴァオンもそれなりの量がある。
本来ならば四体ものバルバターナはパーティー全体で狩るべきモンスターなので、慣れているパレイアとタリータは武器を構えた。
ニレナとナナカも二人に合わせるようにいつでも戦える準備をする。
ナダが一人で対処すると言っても、最低でも二体は後ろに来ると考えている。熟練の冒険者で強力なアビリティがあっても三体以上の魚人、あるいはバルバターナを対処しようと思えば、リスクが伴う。優れた冒険者であればあるほど、後ろに魚人を逃がすだろう。
少なくともパレイアとタリータはそう考えている。
だが、ナダは軽い足取りでいつものようにモンスターへと歩いた。
右手に持った陸黒龍之顎を肩に乗せたまま。
――魚人、あるいはバルバターナがナダへと襲い掛かった。四体同時にだ。その瞬間、四人の体にも力が入る。
そして、ナダは陸黒龍之顎を持った手に力を入れる。右から左へ、軽く振るう。それだけで前にいた四体モンスターの胴体が真っ二つになった。
いとも簡単に。
「いい感じだ――」
ナダはモンスターを殺しながら、剣の感触を確かめていた。
悪くない。
アギヤの時と同じように使えている。青龍偃月刀の時と比べても同じように使えている。
十分に戦える、とナダは確信していた。
「これが……唯一のソロの冒険者なのね。この目で見ても信じらんない」
一方で、ナダの後ろで戦う様子を見ていたタリータは呆気に取られていた。パレイアも似たような反応をしていた。
噂には聞いていた。
マゴスには前代未聞のソロの冒険者がいると。
だが、タリータはどこかでその話を心から信じていなかった。
まさか――ここまで強いとは、と。
ナダの持つ実力は、彼女達の想像以上だった。
マゴス専用の鎧のイメージとしては、ウェットスーツかロボットアニメに出てくるようなパイロットスーツのようなものです。
余談ですがこの鎧は耐久性はありますが、意外と簡単に破けますので期待してくれると幸いです。(主にナダに限り)




