第九話 再会Ⅲ
ニレナに嵌められたナダは暫く放心した後、気を取り直したように腕を組んだ。
「で、ニレナさんは本当に俺とパーティーを組む気なのか?」
「ええ、手助けになるでしょう?」
一分の隙もなく、即座に頷くニレナ。
「確か、ニレナさんは王都でパーティーを組んでいる。あっているよな?」
「ええ、組んでいましたわ――」
「そのパーティーはどうした?」
ナダは急にニレナが自分とパーティーを組む、と言い出した事が不可解に思えた。
彼女が王都でパーティーを組んでいたのは、当然のようにナダも知っている。王都の冒険者組合でも噂されるほどの優秀なパーティーだったと聞いた事がある。その中でニレナはリーダーではなく、一ギフト使いの冒険者としてメンバーの一人として貢献していた筈だ。
そのパーティーの事を、ナダは気にしていた。
「抜けましたわ――」
「いいパーティーだったんだろう?」
「そうですわね」
「じゃあ、何で抜けたんだ?」
「方向性の違いですわ」
ニレナは茶を一口飲んでいた。
後悔している様子はない。
「……それだけで?」
「ええ、理由には十分ですわ。よくも悪くも、あのパーティーのリーダーは安定を望んでいました。だから冒険としては退屈ですが、稼ぎがよくてインペラドルに固執していました」
ニレナは懐かしむように語った。
インペラドル――ナダはその迷宮をよく覚えている。
かつて一度だけ潜ったことがある場所だ。その時はたまたまはぐれと二回も戦ったが、あの迷宮は他の都市にあるのと比べて、はぐれの出現率が低く、内部変動も少ない。迷宮内を徘徊しているモンスターは確かに強いが、代わり映えがないため刺激が少ないのも確かだった。
「だから、抜けたと?」
「ええ、私は冒険者としてもっと挑戦したいのですわ。それこそ四大迷宮に。でも、リーダーの意向は当然ながらインペラドルのままで、他のパーティーメンバーも同じです。だから抜けたのですよ」
「止めなかったのか? ニレナさんは優秀だろう?」
「ええ、止められましたわ。凄く引き止められました」
「だろうな。ニレナさんは優秀なギフト使いだからな――」
「……そうでもないですわよ。私程度のギフト使いなんて大勢いますわ。ナダさんは他の人とパーティーを組まないから知らないでしょうけど、学園の時は競う冒険者は八年生までですけど、卒業すれば冒険者のライバルは全てですわ。私よりも優れた冒険者も多いですわ」
「そうなのか? 俺はそうとは思わないけど」
ナダはニレナの言葉を否定する。
少なくともナダは感情に合わせてギフトを発現するギフト使いを、それほど多くは見た事がない。
「ありがとうございます。でも、彼らが本当に求めていた私の力はギフトではなく、実家の力ですわ」
「なるほど……」
ナダはニレナの言葉を否定しなかった。
彼女の生家であるヴィオレッタ家は、国内で最も有名な貴族の一つだ。王家に準ずる家であり、その影響力は国内でも随一だ。
冒険者として、彼女の父と関係を持ちたい者は多いだろう。
「それも嫌でしたわ。抜ける理由の一つですね」
「で?」
「で、とは?」
とぼけたように言うニレナ。
「それだけじゃあないだろう?」
「……どういう意味でしょうか?」
「じゃあ、具体的に聞くが、例え元居たパーティーが嫌になったとしても、王都で他のパーティーを探す、という選択肢だってあった筈だ。あそこは冒険者が最も集まる都市の一つ。辺境にある四大迷宮で直接パーティーメンバーを探すのではなく、王都で探す方が早い。だろう?」
「……ええ、そうですわね」
ニレナは頷いた。
ナダもそういう選択肢を考えた事がないと言えば嘘になる。過酷な迷宮へと挑戦するにあたり、有能な冒険者を探すのはよくある事だ。
ナダがそれをしなかった理由としては、当初の内は一人でもすぐに四大迷宮を攻略できるという浅い考えを抱いていたからだ。
英雄のアダマスが苦戦した迷宮を一人で簡単に踏破できるはずもなく、パーティーに関しては諦めたように三年が経った。
二年ほど前は深く反省したが、オケアノスにいる冒険者はほぼ全てがパーティーを組んでいる。メンバー募集には他の都市に行く者が多いためナダにパーティーを組むチャンスはなかった。
だから諦めて一人で冒険を続けてきたのだ。
「それなのに王都ではなく、姿を暗ました俺をわざわざ探し出してここに来たんだ。不思議に思わないほうがおかしいだろう?」
ナダはニレナに違和感を覚えている。
先ほどまでの会話に嘘は感じられない。
テーラたちの事を心配していたのも本当だろう。ナダをインフェルノへ連れ戻すつもりなのも本当だろう。きっといなくなった時から自分は探されていたのだろう。きっとニレナだけではなく、他の友人たちにも。
だが、それだけではない気がするのだ。
パーティーを組むのには別の意図も含まれていると思うのだ。
「ふう、分かりますか?」
ニレナは諦めたように息を吐いた。
「ああ、分からない方がおかしい」
「私がナダさんとパーティーを組みたい理由には、ナダさんが欲しかったのです。四大迷宮を踏破できるメンバーが。だから探しましたの。必死になって。王都では見つかりませんから――」
物憂げな顔で、ニレナは遠くを見つめた。
「有能な冒険者は多いはずだろう? 俺よりも有能で、実績のある冒険者なんてそれこそ沢山いる筈だ」
「いえ、確かにいい冒険者は沢山いますわ。でも、私と組んでくれる冒険者がいませんの」
「どういうことだ?」
ナダは頭を捻った。
ニレナ程優秀なギフト使いであれば引く手あまたのはずなのだ。
「はあ、分かりましたわ。順を追って説明しますわ。私の家の力は確かに大きいですけど、冒険者の中まではそれほど力は大きくありませんの。お父様も私が冒険者を続けるのをよく思っていませんから、困っていても助けてはくれませんわ――」
それからニレナはぽつぽつと自分の状況を話し出した。
ラルヴァ学園を卒業してからニレナが所属していたパーティー『コーブラ』は、伝統のあるパーティーだ。
『コーブラ』のリーダーであるハイスは優秀な男であり、かつてラルヴァ学園を首席で卒業した冒険者のようだ。
それだけではなく、ハイスは代々冒険者を輩出していた家系であり、冒険者組合のような冒険者に関わる機関にも多くの血族がいる。
その力は冒険者の中ではニレナよりも強く、彼より上の冒険者は何人もいても彼に頭の上がる冒険者は殆どいないようだ。
ハイスからパーティーの除名があったのならまだしも、ニレナは引き留められている。大貴族の令嬢であるため実害はないが、組合にも顔が効くハイスが目を付けている冒険者をパーティーに入れるリーダーなどいない。
ニレナ自体に害はなくても、彼女を入れたパーティーリーダーがどんな目に会うかが分からないからだ。
「彼は私を取り囲んでいます。助けてくれる人はいませんわ。だから、逃げてきましたの。こんな辺境ならハイスの影響はありませんし、ナダさんなら助けてくれると信じていますから」
ニレナは蠱惑的に微笑んだ。
「そうだな。俺に断る理由はない。理由はそれだけか?」
だが、ナダに慌てる様子はなく、冷めた表情をしていた。
「それだけ、とはどういう意味でしょうか? そうですね。婚約者が急にいなくなりましたから、ずっと探していましたの。ええ、つまり、あとはナダさんへの――愛情ですわ」
ニレナは可愛らしく笑う。
どこまでが本気か分からない彼女に、ナダは眉間を押さえた。もしかしたら思ったよりも大きな爆弾を懐に入れる事になるのかも知れない、と。
話を変えるように告げる。
「…………分かったよ。パーティーには入れるさ。ここからは迷宮の話をしよう。マゴスの事はどこまで知っている?」
「他の都市で手に入る情報ぐらい。他の三つの迷宮と比べて攻略があまり進んでいないと。内部変動があるたびに冒険は初手に戻り、最深部のモンスターの強さはそれほど強くない。まだまだ浅い部分しか攻略できていないからですわ」
「そうだ」
「でも、ナダさんは手がかりを見つけた。非常に興味深いですわ」
「ああ、そうだ。俺はマゴスの底を見た。他の冒険者が、どれだけ地上を探してもないはずなんだ。マゴスの底は――水の中にある。ニレナさん、俺は例えどんな事情があったとしても、パーティーを組むことを拒否しない。でも、ニレナさんに水の中を旅する覚悟はあるか?」
ナダはニレナを試すように言う。




