第五十一話 七人
「凄まじい光景だね」
生傷が絶えないコルヴォたちがナダの元まで辿り着くと、多数のモンスターの死体を目にした。一つや二つではない。百も超えるようなモンスターの死体だった。
そんな中で、ナダは一人余裕そうな顔で立っている。モンスター達の切り傷を見るにどうやらほぼ全てをナダが倒したらしい、という事が分かった。
もちろん部屋の中にはコロアの姿もある。だが、コロアは部屋の隅でうずくまっており、彼も何体かのモンスターを殺したようだが、既に満身創痍だったようだ。自らに降りかかる火の粉を払うほどの力しか残っていなかったのだろう。
「遅かったな」
ナダは数多くのモンスター達をククリナイフで解体しながら言った。
大斧は死んだミノタウロスに突き刺している。
「これでも出来るだけ早く追いつけるように頑張ったのよ」
イリスは疲れた顔で言った。
彼女の姿もぼろぼろであり、体に鎧はあまり残っていない。脇腹や太ももなどが露わになっている。持っているレイピアの刃も以前に比べて少し短くなっていた。
「そうよ。ナダに比べたらマシかも知れないけど。黄昏時のモンスターを倒すのは苦労するのよ。あいつら、炎の耐性も上がっているから」
アメイシャも息を切らしながら言った。
どこからか取り出した折り畳み式の杖に体重を預けている。
「それでナダ殿よ、ユニコーンは狩ったのか?」
オウロは黒刀を鞘に戻して、腰のポーチから解体用のナイフを取り出した。
「ああ、あの中に角もある」
ナダは部屋の中央に集められた色とりどりのカルヴァオンを指差した。目を凝らしてみてみると、その中には見覚えのある光り輝く角が無造作に置かれてあった。
「なるほど。それはよかった」
オウロは目的が達成された事を確認すると、モンスターの解体を手伝い始める。
だが、既に体力はあまり残っていないのか、気合を入れるようにポーチから取り出した回復薬を一気に飲んだ。
「はあ、オレも手伝うとするか」
コルヴォも疲れた様子でオウロに習うようにモンスターを解体し始める。
「私はパス。流石に疲れたわ」
イリスはコロアの元まで移動し、彼と同じように床に寝転がった。
どうやら体力の限界の様だ。
アメイシャは既に声を出す元気もなく、部屋の入り口で倒れている。既に意識を失っているのか寝息も立てていた。
それからナダ達は黙々とモンスターの解体作業を続けた。
コルヴォはモンスターを十ほど解体したところで手の動きを止めて、あくびをしながら作業を続けているナダを見つめた。
「この数を、ほとんど一人で殺したんだね――」
コルヴォはぐっと奥歯に力が入った。
ここにいるモンスターはどれも弱いモンスターではない。先ほどまで、コルヴォたちが戦っていたモンスターとそう変わりはない。例え姿かたちが一緒だったとしても、迷宮の深奥にナダのほうが近いため、ナダが倒したモンスターのほうが強い可能性すらあった。
また先ほどまで黄昏時だった。
どんなモンスターであれ、凶暴になっていた。
だからコルヴォたちもここまで辿り着くのに苦労したのだ。多くのモンスターを狩るのではなく、逃げながらなんとか全員生きてこの場に辿り着いたのだ。だが、それまでに遭遇したモンスターの数は、おそらくナダが倒したモンスターよりも少ない。
それなのに、ナダの体力はまだまだ有り余っているようだった。
またナダの体は赤く塗れているが、きっとその血は自身の血ではなく返り血だろう。
ナダがアビリティもギフトも持っていないことを知っている。
だからきっとこのモンスターは直に刃を突き立てて殺したのだ。
「――また差を付けられたみたいだね」
コルヴォは誰にも聞こえないように呟いた。
ナダがどこまで強くなったのか、コルヴォには分からない。以前は確かに自分のほうが冒険者として優れていたはずなのに、いつの間にか追い抜かれていた。
どれだけナダが強くなったのか、コルヴォは予想すらつかなかった。
おそらくこの場にいる冒険者の誰よりも、高いステージに彼は立っていると予想している。
「――おや、どうやら全てが終わったみたいだね」
コルヴォがそんな事を考えている時に、レアオンが一人遅れてこの場所にやって来た。
彼はナダと同様に血で濡れており、手には石となった何かのモンスターの頭を持っている。
「ガーゴイルね……」
その頭部を見て、寝転がっていたイリスはレアオンを見ながら言った。
イリスは見覚えのあるガーゴイルを見て懐かしい気持ちになった。
「おせえよ」
ナダはモンスターからはぎ取ったカルヴァオンを部屋の中央の場所に投げるように置く。
「僕ももう少し早く来たかったのだけど、予想以上にモンスターが多くてね。ここまで来るのに苦労したんだよ――」
レアオンは涼しい顔で、ガーゴイルの頭部をカルヴァオンの集めている場所へと雑に投げる。
もうガーゴイルに興味もないのだろう。
「そいつを狩ったのか?」
ナダはガーゴイルを指差してふふんと嗤った。
「ああ、そうだよ」
「どうだった?」
「想像以上に弱いね。もう僕の敵じゃないよ」
レアオンはせせら笑う。
確かにレアオンの言う通り、彼の体に殆ど傷はついていなかった。全身は赤く染まっているが、その殆どがモンスターを斬ったことによる返り血なのだろう。
「……強い」
そんなレアオンの姿を見たコルヴォが小声で言った。
それは誰にも聞こえていないが、おそらくナダ以外のこの場にいる冒険者が思っている事だろう。
レアオンは強くなった。
黄昏時のモンスター溜まりを一人で突破したことが実力の証だ。その姿はナダとどこか似ているようにコルヴォは見えた。
深淵のように底が見通せず、今の自分では彼らがどれぐらい強いのかが分からない。
以前にここにいる七人でトーヘに潜った時には、ナダも含めて差は感じなかったはずだ。あれから半年ほどしか経っていないのにコルヴォには、この二人が冒険者として大きくなったように感じた。
錯覚だろうか。
いや、きっと錯覚ではないのだろう。
だが、コルヴォは不思議たった。
トーヘでの冒険の後、冒険者として自らを一から鍛え上げる冒険を行ったはずだ。様々なパーティーを組み、過酷な環境に自らを置き、これまで以上に冒険者としての技量を磨いた――筈だった。それはイリスやコロアも変わらない筈である。
それなのに二人の姿は、それよりも一段と大きく感じてしまった。
自分の成長などちっぽけにさえ思えるほどに。
「で、ナダ、カルヴァオンを集めるのはいいんだけど、この先はどうするんだい?」
レアオンは部屋の奥を指差した。
そこには大きな扉が開いており、先へと闇が続いている。
ごくっ、と誰かが唾を飲み込んだ。それはきっとナダ以外の誰かだろう。この場所は迷宮の奥底だ。ポディエの中では現在確認されている中で最も深い場所の一つだ。
その奥が、開いた。
コルヴォ、イリス、コロア、アメイシャ、オウロたちの記憶の中からトーへで百器の騎士を倒した後に開いた先の道を思い出す。迷宮のもう一段階次のステージ。
コルヴォにとってはあれからずっと探していた場所で、一度も辿り着けなかった場所でもある。
「興味すらねえよ」
ナダは鼻で笑うように言った。
「なら、帰るのかい?」
「ああ、カルヴァオンを集めたら」
「あの奥は誰も行ったことのない場所かも知れないよ」
レアオンは挑発するように言った。
きっとあの奥は冒険者なら誰もが行きたい場所なのだろう。コルヴォもあの先を覗いてみたかった。
「そうだな。だが、興味が湧かねえ。行こうと思ったらいつでも行ける」
「……気持ちはよく分かるよ」
レアオンはやれやれと言った。
だが、レアオン自身も行く気はあまりないようで、奥の場所には興味を持っていなかった。ナダとの話を終えると、冒険者としての自分の仕事を全うするかの如くカルヴァオンをはぎ取り始める。
(何故だ……?)
コルヴォにはナダとレアオンの姿がとても奇妙に映った。
迷宮の深淵。冒険者なら胸が躍る場所の筈なのに、あの二人は興味を持っていない。行きたい冒険者は山のようにいる筈なのに。
コルヴォは辺りを見渡した。
二人以外の仲間は全て奥へと続く道を覗いていた。まるで向こうから甘いにおいが漂ってくるかのように。
「行きたければ行ってもいいぜ」
そんな言葉を言ったのはナダだった。
だが、向こうへ行きたい者達は自分の体の状況を考えて、諦めた。
冒険できるような体ではない。ここまでも無理してきたのだ。この先へ行ったとしても待っているのは死だろう、と直感した。
それから数十分の間ナダとレアオンはカルヴァオンを取っていた。
途中から帰る時の冒険を考えると、コルヴォもオウロも休むことになった。
二人がカルヴァオンを大きなずた袋の中に入れると、迷宮の中を上がっていく。帰り道は行きと比べるとモンスターの数は少なく、ナダとレアオンの二人で対処できるほどだった。
いや、二人がいれば十分だったのだろう。
他の五人は戦えるが、リスクを伴う。だからほとんどダメージのない二人が先導した。
――七人の冒険は次の日、学園の掲示板に貼られることになる。
一日でのカルヴァオンの量、質、値段、またはぐれの倒した数、迷宮内の進行速度、どれも過去数十年間の中で最も上だった。
稼いだ金額は学園で一般的なパーティーなら二か月もかかるような額だった。
こうして、一日限りのパーティーの冒険は終わった。




