第四十四話 ユニコーン
「じゃあ――最終確認をするぞ」
ナダがそう言ったのは、迷宮の入り口だった。
ポディエだ。
ナダは現状揃えられる最高の装備を身に纏っている。
防具はかつて、アギヤに所属したときに使っていた甲冑だ。それは黒龍であるエクスリダオ・ラガリオの鱗から作られており、顔を隠す兜はまるで龍を模したような姿であった。
細部まで名匠のこだわりが感じられる一品であり、学園でも最もランクの高い防具の一つだろう。
だが、アギヤの時に使っていた時とは一つだけ違いがある。
左手だ。ナダは黒龍の手甲を付けておらず、迷宮から産出したと言われているソリデュムと呼ばれる武器をつけている。それはナダの鎧の中では一つだけ浮いており、いささか奇妙ではあったが妙にしっくりとしていた。
ナダはそんな鎧の上から赤いサーコートを被っており、もちろんそれも上等な防具だった。火鼠から作られたサーコートは火に耐性がある。最近のポディエは火を吹くモンスターが増えているという情報を得たので、その対策だった。
手に持っている武器は――陸黒龍之顎ではなく、コルヴォが選んだ大斧だった。
刃は分厚く、大きく。
何度か振ってみた結果、威力は陸黒龍之顎より上だが、取り回しづらいというのがナダの正直な感想だった。
だが、今回の冒険では一振りでユニコーンをしとめる気なので、こっちの武器の方が合っていると思ったので今回は陸黒龍之顎は置いてきた。
しかしながら武器はこれだけではない。
腰の後ろにはいつものククリナイフ。胸や腰についたポーチの中には投げナイフなどが入っており、左の腰にはオーソドックスな直剣も下げている。まるで一人で大量のモンスターと戦う事を想定した装備だった。
体調にも問題はない。今は昼間。起きてから五時間は経っている。昨日はよく眠れて、体はしっかりと休めて、頭も冴えていた。
力も漲っている。
心臓も痛まない。
これ以上ないほどの万全な状態で冒険を望める事に、ナダは満足したように頷いてから六人の冒険者へ言葉を続けた。
「まず、殿から、最後尾だな。これはレアオンだ。アビリティで常に後ろを警戒して、もしも後ろから襲うようなモンスターがいたら対処してくれ――」
そもそも、これは確認だ。
全ての情報が事前に決まった事であり、それをもう一度繰り返しているだけだ。
「分かった――」
レアオンは頷いた。
レアオンはナダとは対照的に細身な白金の鎧を身に着けている。それは白竜であるシフレ・ラガリオから造られた一品であり、同じく彼の持つ剣であるアーシフレとは一対の防具だった。
その上から金属の光沢を隠すように青いコートを着ている。これは青い炎を操る火の鳥の羽から作られた一品であり、火に対して強いのが特徴的だ。
それらはアギヤの時から彼が愛用している装備であり、ポディエに潜る時にはよくこの格好をしていた。
最後尾にレアオンがなった理由は簡単だ。
レアオンの持つアビリティは『第三の目』は三百六十度隙なく見渡せる特殊な瞳であり、普通なら警戒が難しいはずの後ろであっても彼なら簡単に行える。
「で、そのレアオンの前がイリスだ。イリスはレアオンのサポートは勿論、また遊撃として前が手薄なら前に回ってくれ」
「ええ、分かったわ」
イリスは微笑むように答えた。
彼女の装備は少なく、以前にこの七人で潜った時とそう変わりはない。
身体のラインに沿った服の上に、胸当てや脛当てなどの最小限の銀色の防具を着けて、黒色のコートを着るのだ。
腰には赤いレイピアをつけていつもと変わらないが、アビリティである『もう一人の自分』を発現させて顔を白いマスクによって覆っているのは、きっと彼女の意思の表れだろう。
彼女は今回の冒険を楽しみにしており、その気合が入っていることの表れだった。
イリスがレアオンの前になった理由は簡単だ。
元アギヤで一緒のパーティーだったレアオンとは連携がとりやすい事に加えて、イリスはこの七人の中で最も移動するのが早い。だから前が手薄になっても他の者より早く追いつくことが出来るからである。
「で、そのイリスの前がアメイシャだ。状況によってギフトを使ってくれ」
「期待に沿えるように頑張るわ」
アメイシャは艶やかな声で言った。
彼女はギフト使いらしく赤い刺繍が施されたゆったりとしたローブを着ている。
それはギフト使いがよく着るローブであり、鋼糸が編み込まれた分厚いローブは見た目以上に耐久性があり、鋭いモンスターの牙でも貫くことは難しいだろう。
また軽くて動きやすく、アメイシャは七人の中で最も身軽だった。
武器も腰に直剣が一つあるだけ。
他には武器を持っていない。またこの武器を使う事も少なく、殆どギフトしか使わないのが、アメイシャである。
だから彼女は隊列の中でも真ん中に位置することになった。
遠距離攻撃が得意であり、前後どちらも支援することができるからだ。
「アメイシャの隣、もしくはアメイシャの前がコロアだ。戦い方は任せる。自由にしてくれていい」
「当然だ。任せておけ――」
コロアは自信満々に言った。
コロアの装備は赤いローブだった。
今回の冒険において、戦い方を一番悩んだのが彼である。だが、最終的に戦士が七人もいるパーティーなら自分はサポートのほうが合っていると、コロアはギフトを中心に戦う事を決めたのだ。
その決意が、ローブと言う装備である。
ローブはギフト使いの証であり、鎧などと比べると至近距離で戦うには防御力に少しだけの不安がある。
だが、コロアが着ているのは火竜から造られたローブであり、至近距離で戦えるほどの固い防御力を持っている。
もちろんコロアの仕事はギフトであるが、状況に応じて剣も扱えるようにどちらの仕事も果たしやすいローブにしたのだ。
腰にはいつもの黄金の剣をぶらさげており、予備の剣も背負っている。
今回の戦いが厳しい事になるのを想定しているからだ。
「コロアの前、もしくはコロアとタッグを組むのがオウロだ」
「承知した」
オウロは二本の角が生えた黒い兜をかぶったまま頷いた。
彼の鎧はナダとは違い、金属製の鎧だ。それは流線形であり、長年使われているので傷が多くつけられて光沢も既になかった。
また背負っている大太刀も黒く、腰につけている脇差と打ち刀の鞘や柄、拵えも黒かった。
オウロはよく、潜る場所によって剣の長さなどを変えて冒険に臨むが、今回は三本の刀を持ってきている。
それは今回戦うモンスターの実態が分からないことも理由の一つだが、それ以上に大量のモンスターと戦うにあたって一つの剣では足りないと判断したのだ。
オウロがコロアの近くに配置することになったのは、コロアと最も連携を取りやすいのが元々パーティーを組んでいたのがオウロという理由で、状況に応じてアメイシャも守るのが彼の役目だ。それは武器の長さを変える事をできる器用な彼が最もふさわしいという判断からだ。
「そして先頭が俺で――」
今回のパーティーにおいて、先頭はナダだ。
これについては今回の冒険のスタイルも強く影響しているが、ナダが強く譲らなかったのだ
ナダは他の六人にあまり作戦を出す気がなく、自分の行動に合わせてそれぞれが判断するのが最も結果を生むと思ったのだ。
だからナダは指示を殆ど出さないという事を決めていた。最速でユニコーンを狩る為に、状況に応じて個々人がそれぞれ動くのだ。
この作戦に最初は反対した者もいたが、最後には全員が納得した。
第一目標は当然の事。それぞれが生き残ることも大切だ。
ユニコーンはモンスターの王である。もしかしたらモンスターの渦の中に入ることもあって、はぐれる事も想定しており、その場合の逃げるか戦うかなどの判断はそれぞれにナダは任せたのである。
『オレ達の判断に不安はないのかい?』
とその時にはコルヴォから挑発したように言われたが、ナダはすぐにこう返した。
『ここにいる冒険者は優れた冒険者で、それぞれが一流のパーティーのリーダーだった。それのどこに不安があるんだよ』
ナダに不安などない。
自分と違う判断をするかもしれないが、ここにいる冒険者は全てが優秀だと信じているからだ。
だから自分の仕事は前に立ち、道を切り開いてユニコーンを殺すことだけだと思い、その他全てのサポートを他の六人に任せたのだ。
後から考えてみればとても自分勝手で、リーダーが矢面に立つという変わったパーティーだが誰も反対しなかった。
ナダの実力は誰もが認めているからだ。
「その後ろがコルヴォだ。状況によって俺より前に出てくれてもいい―」
「分かっているよ。期待に沿えるように頑張るよ」
コルヴォは楽しそうに言った。
コルヴォが身に着けているのは龍の革で作られたいつもの青いロングコートに、翡翠のように輝く一本の剣だ。また今回はそれ以外にも右腰や背中にも剣を付けており、気合は十分だった。
コルヴォがナダと近い場所になった理由は簡単で、この七人の中でナダの次にコルヴォは不器用であり、アビリティである『鬼殺し』も筋力を上げるのみであり、サポートには適さない。
だが、破壊力は随一であり、正面切って戦う姿はナダともよく似ている。だから先頭に近い位置となったのだ。
「俺たちの目標ははぐれ――ユニコーン。これを最速で討伐し、他には目もくれず地上へと戻る。ユニコーンのカルヴァオンは回収するつもりだが、他の雑魚のカルヴァオンの回収は個々人に任せる。とってもいいし、取らなくてもいい。それと同様に、冒険中の判断も個々に任せる」
ナダのその言葉に、彼の後ろにいた六人の冒険者が揃ったように頷いた。
そしてナダは自分の後ろにいる冒険者に振り返らずに言った。
「じゃあ、冒険を始めようぜ――」
それはとても楽し気な声であった。




