第三十六話 ノヴァ
ラルヴァ学園は自由な校風だ。
数ある授業の中から単位さえ取れば、上の学年に上がることができる。冒険者は一人一人スタイルが違うのだから、画一的に教えても無駄という考えからの仕組みだった。
だから同じ学年であっても一度も授業で重ならない者もいれば、違う学年でも同じ授業を受ける事もある。また学年が上がれば上がるほど授業で得られる単位よりも、冒険者としてカルヴァオンのノルマなどで得られる単位のほうが多くなる。
だからラルヴァ学園に所属する生徒が一堂に会する事はない。
なかった。
今日――この日までは。
ナダが武器を探しにアストゥト・ブレザを探しに行った次の日、学園の入り口に次のような立て札が立った。
――全ての学生は、三日後にグラウンドに集合せよ。
その言葉の下には、学園長の本名であるノヴァ・ネハムトジークという名前が刻まれてあった。
勿論その立て札の話は学生の中ですぐに広がり、友達があまりいないナダも看板を見ることで今回の事が異例だと気付いた。
学生の中には門のすぐ傍に立てられた看板について学園の教師や用務員、はたまた事務員など様々な者に聞く者が現れたが、彼らが答えるのは絶対に三日後にグラウンドに集合せよ、との一言だった。
それから数時間後、看板とは別に学園の掲示板に学園長が指定した集会に出ない者は今年度の単位を一つも与えない、とのお触れと詳しい時間帯なども出たことで、余計に学園内はざわついた。
また長期的に迷宮に潜る予定の冒険者もいたようだが、全て認められなかったらしい、と語る学生もいたようだ。
そんな異例の中で、ナダは学生たちが沢山集まるグラウンドに訪れている。
椅子などなく、全ての学生は思い思いの私服で立っているが、その中でも極めて目立つのはイリス、コロア、コルヴォの三人だろう。彼らの周りには人が溢れている。
もちろん人ごみの中にはナダの見知った顔が数多くあった。
ナダはそんな学生たちの中に入るのではなく、一番後ろの校舎に近い部分に立っていた。あんな真ん中にいると、身長が高いだけで目立ってしまうからである。
もちろんそれでも目立つようで、人ごみの中から数人の冒険者が現れてナダに話しかけた。
「――やっほ、ナダ!」
彼はひらひらと手を振りながら言った。
ナダよりも随分と低い身長で白いローブを羽織っている。まだまだ一年生でも通いるような幼い女性のようにも見えるが、彼もナダと同じ五年生であり立派な男である。
ナダの友人であるダンだった。
その後ろにはナダと目を合わせないようにしているセレーナがいた。相変わらず鋭い目つきをしており、褐色の肌とよく似合うワンピースは漆黒で、ダンと真逆のような人物に見えた。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
「うん。元気だったよ。ナダはどう? 王都は楽しかった?」
「……ああ、それなりによかったぜ」
「そっか。それはよかった。僕も行きたかったなー」
ダンは遠い目をしながら言う。
彼の所属しているパーティーであるセーカは、宝玉祭に招待されなかったようだ。もちろんパーティーとしては学園内でも上位に位置するのだが、宝玉祭の厳しい基準を突破できなかったらしい。
「あれは時の運もあるからな」
「実力もでしょ? 僕はナダの事は凄いって思っているから、王都に行ったことに何の驚きもないよ。逆に行くのが遅かったかな、って思っているぐらいだよ」
「……そうかもな」
確かに行く機会がなかったか、と聞かれれば過去にもあったと答えるだろう。
アギヤに所属していた時もナダは王都に招待されていた。もちろんお金を稼ぐためにすべて断っていたが。
「でも、本当に会うのも久しぶりだね」
「ああ、俺は王都に行っていたし、ダンも迷宮探索に精力的だったんだろう?」
「うん。僕たちも本格的に来年の宝玉祭は狙っていてね。これまでよりも、本気で取るつもりだよ。だから今日は本当に会えてよかったよ」
「ああ、そうだな。そっちの顔も久しぶりだからな――」
ナダは自分の隣に並ぶダンから、少し離れた位置で腕を組みながら不愛想な顔でいるセレーナに目をやった。
ダンと同じパーティーに所属している彼女の事も当然知っている。
過去には一緒に迷宮を攻略した仲だ。
「……気を使ったように私に話しかけなくていい。親しく喋るつもりはないからな」
セレーナは舌打ちをしながら忌々し気に言うが、その姿にダンは頬を大きく膨らました。
「そう言ったらだめだよ! もう、全くセレーナは……」
ダンは怒ったように言うが、セレーナは少ししか反省するつもりがなく、それからは変わらずに目の前に広がる多数の学生の姿を見つめていた。
そんな彼らの姿に少しだけナダは表情を崩した。
セレーナの態度も、それを戒めるダンの姿も、昔と全然変わらないな、と。
「で、ナダ。話は変わるけど、僕たちがこの場に集められた理由は何だと思う?」
「……想像すらつかねえよ」
「僕はね、学園長から何らかの話があると思うんだよ。じゃないとここまで集める必要がない。コロア先輩やイリス先輩まで集められているからね」
「そうだな――」
昨日、イリスが家に遊びに来た時も、この集会について文句を言っていたことを思い出すが、どうやら彼女も今回の件に限っては何も知らないらしい。それはコロアも一緒だと彼女は言っていた。
「ただ、問題は何を学園長が喋るということなんだ。全員を集めてまで喋る事なんだからきっと重要な筈なんだけど、それについて何かが分からない――」
「宝玉祭も終わって、あとは行事も八年生の卒業までないからな」
既に学生のほとんどは、来年の準備に動いている。
単位が取れるかどうかも、もう殆ど全ての学生が分かっている筈だ。ナダも今期の単位を修めている。出席日数も、迷宮探索日数も足りている。あとは何事もなく日が過ぎれば六年生に上がれるのだ。
この時期は既に休暇に入る生徒も多く、ゆっくりとした雰囲気が学園には流れている。
「ポディエはいつも通りだし、インフェルノに大きな事件が起きた様子もない。本当に何で僕たちは集められたんだろうね?」
「さあな? ここで何もなかったということは、この町以外で何かあったんだろうよ。全く想像はつかないがな」
「……その線もあるね。外の情報なら学園長が一番早く手に入るから。でも、この学園の生徒だけじゃなく、インフェルノに住んでいる冒険者が知っているような外の情報なら、学園長が立て札を立ててから三日の間に僕の耳にも入っていいはずなんだけど、その様子もないみたいだ」
自信満々にダンは言うが、どうやら彼の耳にも変わった情報は届いていないようだ。
「そんなにいろいろな人と話すのかよ?」
「うん。だって僕は“治癒士”だからね。いろいろな人と会うよ。もちろん冒険者として有名な人と昨日も出会って、それとなく情報を探ってみたけど何も知らなかった――」
「まあ、学園長からの話を聞けば分かるさ。ほら、学園長が来たぞ。話が早く終わるといいんだが――」
ナダとダンがそうこう言っているうちに、校舎の中から学園長が現れた。
黒いローブに身を包んだ老人だった。頭部は白く、顔に刻まれた皺は悠久の年月を思わせるほどに深い。歩き方に隙はなく、足音さえしなかった。学園長が奏でる音は腰に付けられた剣が擦れるような金属音であり、その剣は濃青色に光り輝いていた。
またそんな学園長の後ろを続くように十数人の教師が続く。どれもナダの見知った顔だ。中には授業を受けた教師も多い。
そんな学園長の集団の為に学生は道を開けた。もちろんコロアやイリスも自ら道を譲っている。
学園長は生徒たちが開けた道を堂々と歩き、学生たちの中心まで移動すると辺りを見渡してから言った。
その威風堂々たる姿の前には、冒険者として輝かしいイリスやコロアでさえ劣って見えるのは気のせいだろうか、とナダが思えるほどだった。
「――冒険者諸君、今日は私の為に集まってくれて感謝する。今日は君たちに話があって、こうやって集まってもらった。もちろん、君たちにとっても重要な話だ」
しゃがれた学園長の声は学生たちの間によく通った。
もちろん、一番遠くにいるナダの耳にも。
前話では、ナダの武器について沢山の感想をありがとうございました。
色々なご意見があり、読んでいてとても楽しかったです。
そして思った以上に、大きな武器の意見が多いことに驚きました。ナイフや刀のほうが人気が高いのかなと思っていましたので。
小型の武器のも面白そうなんですがねー。




