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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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第三十五話 アストゥト・ブレザ

 ナダがよく通う武器屋は『アストゥト・ブレザ』と言う名前だ。

 気難しい小太りの男が開いている店で、金さえ出せば客の無茶な要求にも応えてくれる良心的な店だ。

 この武器屋の利点は、他の武器屋にはない物が手に入るということである。

 現代の冒険者は軽く、取り扱いやすく、それでいて切れ味のいい武器を求めている。例えば薄氷のように薄い剣を、例えば身長の半分ほどしかない女性でも簡単に持てるような細くて軽い短槍を、またある者は軽量化の為に刃に穴の開いた斧を使っている。

 もちろんそれらの武器は耐久性や攻撃力が落ちるのだが、それを冒険者は予備の武器を持つことでリスクを押さえ、アビリティやギフトを使って攻撃力を上げたりするのだが、どちらも持っていない無能なナダとしては、太古の冒険者と同じように大きな武器を持ち重さと切れ味によってモンスターを狩るのだ。ただの軽い武器ではどれだけ力を込めても、モンスターを強引に断ち切る事が難しいからだ。

 この店では、そんなナダの求める現代の冒険者が使わない重くて、取り回しが難しく、それでいて切れ味のいい武器が多少なりとも置いてある。

 町の一等地にある武器屋は、そういう売れない武器は置いていないのだ。

 当然ながらナダが愛用している青龍偃月刀も、『アストゥト・ブレザ』で購入したものだ。


「で、だ。俺の青龍偃月刀は直ったのか?」


 ナダは『アストゥト・ブレザ』内にあるガラスのショーケースに肘をつき、ショーケースのすぐ後ろにある作業台でニヤニヤとしながら水晶のような剣を見つめた店主――バルバに問い詰めるように言った。

 その声はドスがきいていて、一般人ならすくみ上がるところだが、残念ながらバルバは一般人ではない。

 頭が禿げあがっているが、若い頃は優秀な鍛冶屋だと聞いたことがある。荒くれ者たちが多いと言われている鍛冶屋で、それなりに働いていたのだ。きっとナダよりも乱暴者はいたのだろう。

 バルバは嗤いながら言う。


「ひゃはは! そりゃあ無理ってもんだ!」


「俺が修理を依頼したのはだいぶん前だっただろう?」


「ああ、そうだ。凄く前だ。普通の剣なら修理も終わって、研ぎなおし、何なら新しい武器をもう一本作る時間さえあるぐらいだ」


「……だろうな」


 ナダが青龍偃月刀の修理をバルバに頼んだのは、王都に行く前の話だ。もう一か月以上も前の話である。

 確かに青龍偃月刀を修理に出した時の状態は酷かった。芯は歪み、刃は削れていた。それでも直すには十分な時間だっただろう。


「だが、ナダ、お前の武器は違う。その辺りの鍛冶屋が扱ってくれる武器じゃねえんだよ」


「金なら出すさ」


 昔はなかったが、今は有り余るほどの金がある。


「ああ、知っているさ。前回に置いて行った金でも、きっと直すなら十分さ。だがな、今や、あんな大きな武器を扱える鍛冶師も少なくなったんだ。それでも何とかオレの伝手つてで見つけた。今も修理を出しているところだ」


「それならどうしてこんなに時間がかかっているんだ?」


「決まっているだろう? その鍛冶屋は頑固で、偏屈で、腕がいいんだ。ナダの武器なんて後回しさ。だが、もう少し待て。最近手紙でやっと青龍偃月刀の修理に取り掛かったと聞いた。おそらくあと一か月もしないうちに戻って来るさ」


「……長いな」


 ナダは大きなため息と共に言う。


「無茶を言うな。これでもできるだけ早く頑張ったんだ。だが、その分、期待はしていろよ。今回、青龍偃月刀を直すのに使った鍛冶師は、過去にお前さんの大剣を作った奴だ。腕は確かだ。もちろんウーツ鋼も扱ったことがある。もしかしたら前の武器の状態よりも、よく仕上がっているかも知れねえぞ」


 バルバは歯の抜けた顔で、にししと大きく嗤っている。


「そうかよ。分かった――」


 ナダはバルバの言葉に納得しながらも、その場から動こうとはしなかった。相変わらずカウンターに肘をつきながら店内をじっと見ている。


「なんだい? 他の武器でもいるのか?」


 バルバは目を輝かせながら言った。


「ああ、勿論だ。これでも俺は冒険者だからな。迷宮に潜る予定がある。ククリナイフだけだと少しだけ不安だ――」


 サブとしてククリナイフはとてもいい武器だ。

 切れ味だけなら、多少強いモンスターであっても十分通じるほどだ。はぐれだって倒した実績のある武器だ。

 だが、あくまでメインとして持つには物足りない、というのがナダの考えだった。重さもリーチも足りないのだ。


「ナダ、お前さん、金があるんだろう?」


「ああ、あるさ――」


「なら、話ははええじゃねえか! ここは武器屋だ。それも珍しい武器があるこの町でも一番の武器屋さ! さ、どれが欲しいんだ? いろいろな武器があるぞ。もちろん値段も張るが、どれもいい武器ばかりだ!」


 バルバは両手を広げながら店内を紹介する。

 ナダもそんなバルバにつられるように、彼の紹介する武器を見て行った。高尚な鍛冶師が作成した最新作の細剣。過去の冒険者が使った細身の直剣。希少な金属がふんだんに使われた軽い長剣など、様々な武器がある。その中には最近流行っている長剣も置かれていた。

 有名な鍛冶師の名門であるウェントゥス家の一人が作った長剣だ。最近の冒険者が扱うには刃自体が八十センチと少し長く、刃自体も幅広だ。見た目だけならかなり重量がありそうである。

 だが、実際に持ってみると、剣とは思えないほど軽かった。もしかしたら短剣と同じほどの重さかも知れない。


「それはな、中身がくりぬいてあるんだ」


「……耐久性が不安じゃねえか」


「その分、固く粘り強い金属を使っている。希少な金属だ。もちろん、剣としての出来も最高だ。並大抵の使用じゃあ壊れねえよ」


「だが、軽いな。好みじゃない――」


「そういうと思ったよ」


 バルバは予想していたように言う。

 今紹介した剣は、現状バルバの店にある中で最も高価な剣の一本で、ラルヴァ学園の生徒でも欲しがるものが多い一品だ。バルバだって、それぐらいの価値は十二分にあると考えているほどにいい剣で、ナダなら売ってもいいと思えたが、どうやら興味を示さなかったらしい。

 これもバルバのなかでは想定内だった。


「で、他に武器はないのかよ?」


「あるさ。奥を覗いてみろよ」


「助かる――」


 バルバは店内に置いている武器のほかに、ストックや売れにくい商品などを店の奥にて保管している。

 その中にはバルバのコレクションともいうべき、特大の武器が多数保存されてあるのだ。ナダの青龍偃月刀もその中から見つけた経緯がある。

 バルバに店の奥まで案内されたナダは扉を開けて、多数の大型武器と出会う。以前に見た武器もあるが、全く見たこともない武器もある。

 最もナダが気に入っている青龍偃月刀と全く同じ武器はなかったが、似たような武器も二つほどあれば、それ以外の武器も多数置かれていた。またどれも大切そうにショーケースの中に入れたり、壁に飾られてあった。

 ハルバード。

 方天画戟。

 斬馬刀。

 大鎌。

 大槌など、本当に様々な武器が置かれている。

 またどれも整備がされてあるのか状態もよく、刀身も輝いているものが多い。


「で、どうだ? 気に入る物はあったか? どれも武器の性質としては大剣や青龍偃月刀とそう変わんねえよ。あるとすれば、重心の位置や金属の違いなどだ。武器としては叩き潰すか、薙ぎ払う、ぐらいの動きしか使わねえ。どれもいい武器たちだ」


 まるで自分の子どもを見るかのようにバルバは言う。

 きっと刃が磨かれているこれらの武器も、バルバが時間をかけて一つ一つ丁寧に磨いているのだとナダは悟った。


「……そうだな、いい武器だ。だが、少し考えるよ。次の迷宮に潜る時の武器は何がいいか、そもそもどんなモンスターを狩るのか、それによって俺に合う武器も変わるはずなんだ」


「そうだな。ゆっくりと考えろ。何なら試しに振ってみてもいいぞ。気に入る武器は振らないと分かんねえから、そのための部屋も用意してあるぞ」


 ナダはバルバの提案を快く受け入れて、それらの武器を『アストゥト・ブレザ』の地下にある白くて殺風景な空間で一つ一つ丁寧に振り始めた。額に汗をかき、息が切れても、ナダは武器を変えて様々な角度から振って手ごたえを確かめる。

 だが、どれもピンとは来なかった。

 いい武器で、扱いやすい武器ばかりだったが、どうにも感情が沸き立たない。青龍偃月刀に出会った時はあの武器なら自分の命を任せられると思ったのだが、ここにある武器にそこまでの衝撃は感じなかった。

 どんな武器を持っても、迷宮ではぐれすらも倒せるという自信は湧いてくる。ここにある武器を使えば、多少のモンスターなら初めて扱う武器でも無傷で倒せる自信があった。

 だが、どれも買う気はしなかった

 その日、ナダはバルバの店の地下で日が落ちるまで武器を振って終わった。買ったのは、新しい靴ぐらいだ。武器は何も買っていない。

 そろそろ学園にあるノルマで、迷宮に潜らなければいけない。

 しかし、ナダの中でその時に扱う武器までは未だに定まっていなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分よりデカい武器を振り回したり振り回されたりしてるのが好きです ビィトの斧とかギルティギアのイカリとか除夜の鐘を打つ時とか
[気になる点] 金はあるしアギヤの頃のグレソ持ってくると思ったけど武器決めてなかったんかい!
[一言] 普段の武器が刀ってことで(一応は)斬ることに振っている武器だから、打つことに振っている武器が良いですね。打撃が効きにくい相手にも配慮して、トゲ付きポールメイスとか。
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