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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
3章:暗殺少女と旅の空
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せめてもと、送る言葉

「はぁ……やっちゃいました……」

「ん、お疲れ様、エリー」


 目を灼くような光が収まった後。

 大きくため息を吐き出したエリーの頭を、ぽむぽむとレティが撫でる。

 しばらく撫でられるに任せた後、ゆっくりと顔を上げて。


「ごめんなさい、レティさん。

 感情のままに、思い切り吹き飛ばしちゃって……。

 もっと聞き出せれば良かったんですけど」

「ああ、大丈夫。

 知りたかったことは知ることができたから」


 申し訳なさそうにしているエリーを安心させようと、何度も撫でる。

 それに甘えるように、身体を寄せていく。


「そう、ですね。言葉以上に明確に教えてくれました」

「うん。奴が、追い込まれた時にどうするか。どこを目指すか。

 後まあ、奴の正体も一応。見当はついてたけど、ね」


 そう言いながら、奴が逃げてきた街道を、その向こうを眺める。

 バランディアから来て、その先を。


「どこを目指すか……この街道の先、ですか」

「そう。多分、だけど。この街道の先にあるのは、アマーティア教主国。

 魔族である奴が、逃げ込む先としてアマーティア教主国を目指していた。

 もっと調べる必要はあるだろうけど、どうにもきな臭い、よね」


 この世界を作ったとされる創造神、アマーティア。

 そのアマーティアを奉る宗教、アマーティア教による宗教国家がアマーティア教主国だ。

 創造神を祭る宗教であるため、この大陸に置いて最も信仰されている宗教であり、ほぼ全ての国に教会があり、かなりの影響力を持っている。


 そんな国へと、魔族が駆け込もうとしたわけだ。


「でも確か、『魔王』と呼ばれた魔族を封じたとも言われてるんですよね?

 そんな国に魔族の親玉とかがいたりしたらまずくないです?」

「うん、そうなんだよね……だから、もっと調べる必要があると思う。

 調べるべき先が見つかった、とは言えるかな」


 王城での会見の後。

 結果発表までの数日間でマルダーニのことはかなり調べが進んでいた。

 どうにも人間くささのない言動、時折零れる魔力の気配。

 交易の多さや国との関係に比べて割合の多い、アマーティア方面とのやりとり。

 怪しい、とは思っていた。

 当然顔も割れていたし、『マーキング』も済ませて。


 そして、式典でリオハルトが糾弾を始めた頃合いにマルダーニが逃げ出したのを見て、その後を追って、追い付いて。

 さらに追い越して、待ち伏せしていたわけだ。


「後は陛下にこのことを報告して、どんな手を打つかの結論待ち、かな」

「そう、ですね。これで一段落、と言えますかね」


 ふぅ……とまたため息をこぼす。

 憂いを秘めた顔で、空を見上げて。

 そんなエリーをしばし見つめ。


「さて、と。エリー」

「あ、はい、なんですか?」


 不思議そうに答えたエリーを、おもむろに抱きしめた。


「ふえっ!? レティさん、な、なんですか!?」


 突然の温もりに慌てるエリーを抱きしめたまま、ぽんぽん、と背中を撫でて。


「ん……少しは、吐き出せた?

 多分、エリーの方が辛かったと思うから」


 その言葉に、エリーの動きが止まる。

 しばらくそのまま、抱きしめられるままに、身体を預けて。


 ふるり、ふるり、身体が小刻みに震えてくる。


「なんで、そんなこと言うんですかぁ……。

 それはね、それは、ね……それはぁ……」


 何も言えなくなるエリーを胸元に抱きしめる。

 背の高いレティと、小柄なエリー。

 泣き顔を、胸に抱きとめる形になって。


「がんばったね。がんばった。

 だからいいよ、何でも言っちゃって。

 私たちしかいないから」


 それでも、少しだけこらえていた。

 けれど、すぐに我慢は限界を迎えて。


「ううう~……師匠……師匠っ!

 ごめんなさい、こんなことしかできなくてぇ!

 でも、でも、絵は守れましたからぁっ!

 ちゃんと、守れましたからぁ!」


 せめて、守りたかったもの。

 それだけは守れた。

 その重荷が下ろせたと思った途端に湧き上がる思い。

 それを、レティの胸の中で吐き出していく。


「もっと、もっと教えて欲しかったのにっ!

 なのにあんな急に……。

 その上にあんな奴に、あんな奴らにっ!

 奪われるなんて許せなくて、許せなくてっ!」


 あの時たたきつけられた悲しみも。

 あの時覚えた怒りも、痛みも。

 あふれ出るままに、言葉にしていく。

 釣られるように、レティの目じりにも涙が浮かんで。

 しかし、今はエリーの言葉を遮ることなく。


「師匠のばかぁ! もっと、教えて欲しかったのにぃ!

 勝手にいなくならないでくださいよぉ! 辛かったなら言ってくださいよぉ!」


 未熟な自分。遥か遠い背中。

 それでも確かな道筋を見せてくれていた、はずなのに。

 もっと見せて欲しかったのに。


 最早かなわないリクエスト。

 甘えることのできない人だとはわかっていた。

 妥協できない人だとも、絵に全てをかけている人だとも。

 だから。


「ありがとうございます、私に絵を教えてくれて!

 私に、こんな素敵な世界を教えてくれて!

 ありがとうございます、ありがとうございます!」


 兵器でしかなかった自分に与えてくれたことに。

 彼の人生の欠片を分けてくれたことに。


 最大限の感謝を。


 それが、エリーのできる精いっぱいだった。

受け取った欠片は、ずしりと重く。

欠けた破片は、永遠に失われて。

ならば、それを補おうとするこれは、罪だろうか。


次回:点睛は打たれる


それは願い、あるいは祈り。届きますようにと。

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