せめてもと、送る言葉
「はぁ……やっちゃいました……」
「ん、お疲れ様、エリー」
目を灼くような光が収まった後。
大きくため息を吐き出したエリーの頭を、ぽむぽむとレティが撫でる。
しばらく撫でられるに任せた後、ゆっくりと顔を上げて。
「ごめんなさい、レティさん。
感情のままに、思い切り吹き飛ばしちゃって……。
もっと聞き出せれば良かったんですけど」
「ああ、大丈夫。
知りたかったことは知ることができたから」
申し訳なさそうにしているエリーを安心させようと、何度も撫でる。
それに甘えるように、身体を寄せていく。
「そう、ですね。言葉以上に明確に教えてくれました」
「うん。奴が、追い込まれた時にどうするか。どこを目指すか。
後まあ、奴の正体も一応。見当はついてたけど、ね」
そう言いながら、奴が逃げてきた街道を、その向こうを眺める。
バランディアから来て、その先を。
「どこを目指すか……この街道の先、ですか」
「そう。多分、だけど。この街道の先にあるのは、アマーティア教主国。
魔族である奴が、逃げ込む先としてアマーティア教主国を目指していた。
もっと調べる必要はあるだろうけど、どうにもきな臭い、よね」
この世界を作ったとされる創造神、アマーティア。
そのアマーティアを奉る宗教、アマーティア教による宗教国家がアマーティア教主国だ。
創造神を祭る宗教であるため、この大陸に置いて最も信仰されている宗教であり、ほぼ全ての国に教会があり、かなりの影響力を持っている。
そんな国へと、魔族が駆け込もうとしたわけだ。
「でも確か、『魔王』と呼ばれた魔族を封じたとも言われてるんですよね?
そんな国に魔族の親玉とかがいたりしたらまずくないです?」
「うん、そうなんだよね……だから、もっと調べる必要があると思う。
調べるべき先が見つかった、とは言えるかな」
王城での会見の後。
結果発表までの数日間でマルダーニのことはかなり調べが進んでいた。
どうにも人間くささのない言動、時折零れる魔力の気配。
交易の多さや国との関係に比べて割合の多い、アマーティア方面とのやりとり。
怪しい、とは思っていた。
当然顔も割れていたし、『マーキング』も済ませて。
そして、式典でリオハルトが糾弾を始めた頃合いにマルダーニが逃げ出したのを見て、その後を追って、追い付いて。
さらに追い越して、待ち伏せしていたわけだ。
「後は陛下にこのことを報告して、どんな手を打つかの結論待ち、かな」
「そう、ですね。これで一段落、と言えますかね」
ふぅ……とまたため息をこぼす。
憂いを秘めた顔で、空を見上げて。
そんなエリーをしばし見つめ。
「さて、と。エリー」
「あ、はい、なんですか?」
不思議そうに答えたエリーを、おもむろに抱きしめた。
「ふえっ!? レティさん、な、なんですか!?」
突然の温もりに慌てるエリーを抱きしめたまま、ぽんぽん、と背中を撫でて。
「ん……少しは、吐き出せた?
多分、エリーの方が辛かったと思うから」
その言葉に、エリーの動きが止まる。
しばらくそのまま、抱きしめられるままに、身体を預けて。
ふるり、ふるり、身体が小刻みに震えてくる。
「なんで、そんなこと言うんですかぁ……。
それはね、それは、ね……それはぁ……」
何も言えなくなるエリーを胸元に抱きしめる。
背の高いレティと、小柄なエリー。
泣き顔を、胸に抱きとめる形になって。
「がんばったね。がんばった。
だからいいよ、何でも言っちゃって。
私たちしかいないから」
それでも、少しだけこらえていた。
けれど、すぐに我慢は限界を迎えて。
「ううう~……師匠……師匠っ!
ごめんなさい、こんなことしかできなくてぇ!
でも、でも、絵は守れましたからぁっ!
ちゃんと、守れましたからぁ!」
せめて、守りたかったもの。
それだけは守れた。
その重荷が下ろせたと思った途端に湧き上がる思い。
それを、レティの胸の中で吐き出していく。
「もっと、もっと教えて欲しかったのにっ!
なのにあんな急に……。
その上にあんな奴に、あんな奴らにっ!
奪われるなんて許せなくて、許せなくてっ!」
あの時たたきつけられた悲しみも。
あの時覚えた怒りも、痛みも。
あふれ出るままに、言葉にしていく。
釣られるように、レティの目じりにも涙が浮かんで。
しかし、今はエリーの言葉を遮ることなく。
「師匠のばかぁ! もっと、教えて欲しかったのにぃ!
勝手にいなくならないでくださいよぉ! 辛かったなら言ってくださいよぉ!」
未熟な自分。遥か遠い背中。
それでも確かな道筋を見せてくれていた、はずなのに。
もっと見せて欲しかったのに。
最早かなわないリクエスト。
甘えることのできない人だとはわかっていた。
妥協できない人だとも、絵に全てをかけている人だとも。
だから。
「ありがとうございます、私に絵を教えてくれて!
私に、こんな素敵な世界を教えてくれて!
ありがとうございます、ありがとうございます!」
兵器でしかなかった自分に与えてくれたことに。
彼の人生の欠片を分けてくれたことに。
最大限の感謝を。
それが、エリーのできる精いっぱいだった。
受け取った欠片は、ずしりと重く。
欠けた破片は、永遠に失われて。
ならば、それを補おうとするこれは、罪だろうか。
次回:点睛は打たれる
それは願い、あるいは祈り。届きますようにと。




