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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
3章:暗殺少女と旅の空
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下されるべき、断罪

「さて。どういうことか説明してもらおうかな?」


 ざわめきの収まらぬ会場に、凛とした、冷たい言葉が響く。

 華やかでにこやかな、絶対零度の笑み。

 それを目にした全員が、凍り付く。


「君でも伯爵でも構わないのだけれど。

 これはどういうことか、説明してくれるかい?」


 そう促すリオハルトの背後に、宮廷魔術師のマリウスが控え、小さく何事かをつぶやく。

 伯爵も令息も、そんなことに気づく余裕などないが。


「ち、違うのです、陛下!

 これは、これは違うのです!」

「うん、どう違うのか説明してくれるかな。

 私主催のコンテストで、こんなトラブルが起こる意味も踏まえて」


 告げられた言葉に、伯爵も令息も固まる。

 自分たちの失態がどういう意味を持つか、そのことがようやっと理解できたらしい。


「その、ですね!

 確かに、我が愚息が至らぬゆえ、このような手段を取りました!

 しかしそもそも、これは画商のマルダーニが唆してきたことなのです!」

「ふぅん。それで、マルダーニの甘言に乗ったと?」


 理解を示したかのような言葉に、ほっと緩んだ表情になる。

 許されるわけもない、ということに考えが至らず。


「そうなのです、全てはあの男が!」

「だとしたら、自覚が足りないにも程があるね」


 甘えるように言い訳を重ねようとした伯爵の言葉をばっさりと遮る。

 ようやっと。

 その視線が意味するところを理解できたのか、顔面が蒼白になる。


「君は、君たちの一族は、我が国の芸術を担ってきた一族だ。

 その誇りは、魂は、たかが画商一人の言葉で捨てられてしまうものだ。

 そう言ったも同然と、わかっているのかな」


 その瞳に映るのは、明確な軽蔑。

 貴族たる責務を放棄した者への、侮蔑。

 それに射貫かれて、最早身動きすらできない。

 さらにそこへ。


「ところでね、どうしてここにマリウスがいるか、わかるかい?」

「は? いや、え、その……?」


 唐突な問いに、伯爵はとまどうことしかできない。

 そこへと、笑みが向けられる。

 

 楽し気な。残酷な程に楽し気な。

 身震いも許されぬほどに凶悪な、笑みが。


「実は最近、面白い魔術を知ってね。

 『嘘感知』というのだけれど。それをマリウスに習得してもらってね」


 『嘘感知』


 その言葉の意味するところを、すぐには理解できなかった。

 だが、数秒もすれば理解する。

 理解、できてしまう。

 

 はひっ、はひっ、と呼吸もままらなくなって。


「もし、万が一。

 私の問いに対して虚偽を返していたならば……わかるよね?」


 その言葉に。

 伯爵は最早意識を保つことができなかった。





「やれやれ、まさかこんなことになるとはね」


 そう、愚痴をこぼす。

 不満げに、日の落ちた街道を歩きながら。


 彼も、その会場に居た。

 そして、これはまずいと会場を抜け出した。

 この辺り、商人として修羅場を潜ってきただけのことはある。


「あの国王、若造と思っていたが、どうしてどうして。

 侮れぬと、あのお方にお伝えせねば」


 そう呟きながら、足を早める。

 もう少し行けば、国境を超える。そうすれば。


「しかし、あの国での仕込みが失われたのは痛いな。

 お叱りを受けるのは致し方あるまい」


 画商として貴族の懐に入り込み、この国に食い込む。

 そのために金もばら撒き、あちこちへとつなぎも作ったのだが。 

 残念ながら、それも徒労に終わってしまった。


「あやつも失敗し、せめて私だけでもと思ったが……ままならぬものよ」


 前宰相として食い込んでいた男は、先の動乱で討たれてしまった。

 彼と二人でこの国を、という計画だったのだが。

 もはや、これ以上はどうにもなるまい。


「まあよい、これもまた思し召し。

 またご指示を……」


 急に足を止める。

 視線の先には、黒ずくめの人影が一つ。

 その冷たく鋭い視線には、見覚えがある。


「おやおや、これはまた、こんな場所で奇遇ですな」

「奇遇、ではないね。私は、あなたに用があるから」


 計画を頓挫させた張本人が、まさに目の前にいた。

 どうやって、いつの間に先回りを?

 そんな疑問はおくびにも出さずに、やれやれと肩を竦める。


「私に用、とは?

 あの貴族も断罪され、最早私など用済みでしょう」

「用済み、だなんてとんでもない。

 ……あなた、何者?」

「ほう?」


 この女、どこまで勘付いている?

 そんな警戒心が首をもたげる。


「何者、などと。しがないただの商人ですよ」

「うん、それは嘘。

 そもそもあなた、人間じゃないよね」


 ばっさりと切り捨てられ、一瞬呆けたような顔になる。

 そうして次の瞬間には、思わず笑ってしまって。


「は、ははっ! まさか、いきなりそう来るとは!

 私の方こそ聞きたい、あなたこそ何者だと!」


 笑ってしまう。

 芝居がかった仕草で、そう尋ねざるを得ない。

 まさか、こんな形で暴露されるなど、最早喜劇だ。


「私? ……そうだね、私は……セルジュの友人で、モデルだよ」


 ひやり。

 首筋が冷たいもので撫でられたような錯覚。

 危険だ。この女は、危険だ。


「セルジュの? 友人? モデル?

 そんな奴がこんなところにのこのこと来る義理など、ないでしょうに!」

「あるよ。

 私は、彼の絵に何か大事なものを見た。

 それを汚した奴なんて、見過ごせるわけないじゃない」


 一歩、前へ詰めてきた。

 どうやら、見逃す気はないらしい。

 ならば。


「はっ、見過ごした方が良かったと後悔させてあげましょう!

 そんな暇があればですがな!」


 そう見得を切ると、一呼吸。

 身体に、力を入れて。

 その体が膨れ上がり、人ならざる姿へと変貌していく。


「ああ、やっぱり」

「ふん、そんな風に言っていられるのも今のうち。

 すぐに黙らせてやろう!」


 3mを超えるような巨躯。

 レティの体よりも太い腕、脚。

 大きく伸びた角、吊り上がった目、裂けた口から覗く牙。

 オーガのようであり、それ以上に禍々しく、何よりもあふれ出る魔力。

 明らかに異質な、何か。


「さあ、恐れ、震えるがいい!!」


 空気を、地面すら震えさせるような声が、響いた。


 次の、瞬間。


「マナ・ブラスター」


 目も眩むような光の奔流が、横合いから魔物の足を飲み込んだ。

 塵一つ残さず、その両足が消滅して……なすすべもなく、崩れ落ちる。


「な、あがああああ!?

 一体、何がっ! 私のっ、脚っ、足ぃっ!?」


 悶えころがる彼の元へと、二つの足音が近づく。


「恐れ、震える暇もなかったんですけど、どうしてくれるんですか?」


 理不尽なことを言いながら、エリーが歩み寄る。


「私一人相手ならどうとでもなる、と思った?

 甘すぎるよ、それは」


 そう。

 レティが目を引きながら、横合いに潜んでいたエリーが機会を伺い、マナ・ブラスターを食らわせたのだ。

 色々な気持ちの籠ったそれは、高い魔力抵抗を持つ魔族の足すら、綺麗に消し飛ばす威力で。


「こ、これしきで、この私がぁっ!」

「抵抗はやめてくださいな、無意味ですよ?」


 また、光が放たれた。

 魔物の左腕が飲まれ、消滅する。


「こっちも黙ってもらおうか」


 ごぎん。

 鈍い音がする。

 レティの小剣が、右の肘を砕き、切り裂いていた。


「ぎゃあああ!?

 何を、何をっ!!」

「抵抗力の剥奪。

 聞きたいことがあるから、ね」


 四肢を奪われた痛みに身悶えしながら、悲痛な声で訴えるけれども。

 感情というものを全く感じさせない目をした二人は、全く動じない。


「こんなふざけたこと、誰が命じたの。

 あなたは誰の命令で動いていたの」

「なっ、それは、言えん! 言うわけにはいかん!」

「この期に及んでそんなことを言えるのは、立派ではあるんですけど。

 もっと痛い思い、しましょうか?」


 ぶぅん……と、地響きのような重い振動音。

 エリーの右手に、光が集まってくる。


「本当だ、本当なんだ!

 言ってしまえば私は、私は!!」

「……嘘は言ってないね。

 多分、『強制呪ギアス』の類がかかってる」


 複数の探査魔術を駆使して男の言動を確認していたレティが、そうつぶやく。


 『強制呪ギアス

 上級魔術の一つであり、かけられた者に対して、何らかの行動や禁則を強制する魔術。

 それらを破った場合、全身を砕かれるような苦痛を延々と与えられながら、発狂して死んでいくという。


「そ、そうだ、そうなんだ!

 何も言うことはできない、だから!」


 懇願するように、すがりつくように、魔物が哀願する。

 二人は、酷く冷めた目で、それを見下ろしていた。


「うん、これ以上は無駄かな。

 いいよ、エリー」


 その言葉に、魔物は愕然とした表情を浮かべる。

 レティと、エリーの表情を見比べて。

 エリーの浮かべたそれに、身動きできなくなる。


「ありがとうございます、レティさん」


 にっこりと、笑みを浮かべた。


 そうして。



 炸裂した光が、辺りを真昼のように染め上げた。

 

喧騒の後に訪れる静寂は、時に心をかき乱す。

夜の闇は人の心を開き、時に弱くするとも言う。

そして零れる言葉は、心からの言葉でもあるのだろう。


次回:せめてもと、送る言葉


それが、届くかはわからないけれど。

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