嘘から出た真
話が一段落してマチルダ達と別れた後、宿に戻って手早く着替え、レティとエリーは調査を始めた。
以前のごとくエリーが聞き込みをするが、さすがに夜中のことだったからか、セルジュのアトリエに向かった人間の目撃情報のような有力なものは得られなかった。
ならば、とマルダーニが仕事部屋として使っていた部屋に忍び込んでみたが、人の気配はなく。
最低限の物しか残っていない部屋に、計画的な移動の気配がわずかにするのみ。
近所で聞き込みをしてみるも、夕方に出かけた、ということがわかるだけで、戻ってきたところを見た人間は誰もいなかった。
「さすがに、一筋縄ではいかないか……」
「ですね、どこまで警戒してたのかはわかりませんけど、足取りが残らないようにしてたみたいですね……」
以前のアザールでの聞き込みが上手くいきすぎだったのはわかっている。
しかし、ここまで手掛かりがないと、なんとも憂鬱になってしまうものだ。
一息つこうと訪れたカフェのオープンテラスで顔を突き合わせ、小さくため息を吐く。
昼も過ぎ、夕方へと差し掛かる時間帯。
すっかり秋めいた日は忙しなく傾き始め、涼しくなる風に、若干の焦りを滲ませる。
席代代わりに頼んだオレンジの果汁は、どちらもほとんど手を付けられていない。
「見ている、見ていない、だけで調べると当たり外れが大きいね……」
「とは言っても、他の切り口がこの場合は難しいですし」
どうにも、良いアイディアが浮かばない。
ことがシンプルすぎるだけに、それがかえって仇になっている。
さてどうしたものか、と考えながら通りを見るとなしに眺めていた。
程なくして夕方を迎える刻限、門の出入りに間に合うように、と急ぎ馬車を走らせる商人達。
外からやってきて、宿を探すかまずは酒場か、とあちこちを眺めている旅人達。
あるいは彼らなら見かけただろうか。いや、そもそも顔見知りでなければ……。
そんなことを考えていると、ふと。
「……そうだ。門番なら、出入りを確認しているんじゃない?
あの夜に、緊急か何かで夜中に出て行った人間がいたら……」
「確かに、門番の人が交代で夜も詰めているはずですし!」
「なら……ここから行くとすれば、西はほぼない、北と南はないわけじゃないけど……一番可能性が高いのは、王都のある東だよね」
レティの言葉に、エリーは頷いて返す。
で、あるならば。
ほとんど減っていなかった果汁を、ぐい、と飲み干す。
少しでも時間が惜しいと言わんばかりに、二人して立ち上がった。
「ああ、その晩の連中は今日は非番なんだよ。
大方、そろそろ酒場に繰り出してるんじゃないかねぇ」
エリーの誘導尋問、もとい世間話によって門番が口を滑らせる。
ついでその連中の名前と人相をざっくりと聞き出して。
にっこりとエリーが笑顔で頭を下げれば、デレデレとした顔で手まで振って。
その様子を見ていたレティは、呆れていいのか褒めるべきなのか、判断に困ってしまう。
ともあれ、見事聞き出したエリーが「どうですか!」と言わんばかりにドヤ顔で帰ってきたので、よく出来ました、と頭を撫でてあげた。
……途端に恥ずかしそうに小さくなるのが、おかしくもあり、可愛くもあり。
くすくすと笑いながら、気が付いたら何度も頭を撫でていた。
髪の毛が乱れたエリーは、全く気にせず満ち足りた顔をしていた。
教えられた酒場に着くころには日も暮れて、いい時間。
いい気分になっている酔っ払い達の間をすり抜けながら目当ての男たちを探すと、程なくそれらしき三人の男が見つかった。
三人が座るテーブルには食べきれるのか? と思うほどに料理が並び、酒もハイペースで注文しているようだ。
……大した給料でもない門番の割に、妙に羽振りが良さそうに見える。
ふと頭をよぎった一つの仮定に、しばし立ち止まり、小さく何事か呟く。
そうしてから男たちへと近づいて、声をかけた。
「こんばんは。ご機嫌なところに悪いのだけど、ちょっといい?」
「あん? なんだ嬢ちゃん達、こんなとこで辛気臭い顔でよ」
既に結構飲んでいるのだろう、赤ら顔の男達の一人が機嫌良く応じる。
辛気臭い顔、には自覚があるのか、困ったように頬を指でかきながら。
「ちょっと聞きたいことがあって、ね。
あなたたち、東門の門番だよね?」
「おう、そうだが、それがどうした?」
不思議そうにしている男達の顔を、一人、一人、記憶するようにゆっくり眺めた後、口を開いた。
「一昨日の、深夜。……何か、変わったことがなかった?」
強めに、区切りをつけて。はっきりと日時を認識できるように告げると、男たちの顔色が変わった。
急に口を閉ざし、何か打ち合わせでもするように互いに目を見合わせ。
しばらくして、一番年配であろう男が口を開いた。
「いや、別にいつも通りだったぜ?」
そう答える言葉も表情も平静を見事に装っていたのだが。
すぅ、とレティの眼が細められた。
「じゃあ、深夜に緊急で誰かが通ったりもしていない?」
「ああ、もちろん」
平坦なレティの声は、つまりは疑っている色もない。
男は落ち着いた様子で、あっさりと返してくる。
「ということは、画商のマルダーニも通ったりは?」
「もちろん、通るわけないだろ」
「どこかで、彼が王都に向かうとか言ってたのを聞いてない?」
「聞くわけないだろ、そんなこと」
そう、と目を細めたまま、一息ついて。
不意に、瞳の冷たさが増した。
「……あなた達、マルダーニから袖の下でももらってない?」
「お、おいおい、そんなわけないだろ!」
「……それもそうだね、言い過ぎた、ごめん。
邪魔したね」
若干気色ばんだ男へと向かって、銀貨を一枚放り投げる。
それを空中で受け取ると、途端に機嫌が良くなって。
「おうなんだ、気前がいいな、嬢ちゃん。どうだい、こっちで一緒に……」
「行こう、エリー。用は済んだ」
声を掛けてくる男を無視して、さっさと酒場を後にする。
その後を、エリーが慌てて追いかけてきた。
「ちょ、ちょっとレティさん、なんであんな中途半端に」
「大丈夫、聞きたいことは、わかった。
……彼の返答は全部嘘。
だから、深夜に誰か通ったし、マルダーニも通った。
その時かはわからないけど、王都に行くとも聞いてる。
……マルダーニから金をもらってこっそり通したみたい、だね」
指折り数えながら言うのを見て、エリーは目をぱちくりと瞬かせた。
「え、あ、『嘘感知』!?」
「うん。彼らが妙に羽振りが良かったから……臨時収入があったんじゃないか、って思って。
別に締め上げても良かったけど、時間がもったいないし」
「なるほど、だからあんな限定的な質問を……」
そういうこと、と浮かべた笑みは、ちょっと得意げで。
「……レティさん、ちょっと頭撫でてあげてもいいですか?」
「……なんだか言葉としておかしいような気がするのだけど……。
それより、宿に帰って準備しよう。
彼が一昨日の夜に馬車で出たのなら、もう王都に着いててもおかしくない」
何かを堪えるかのように手をわきわきさせるエリーへと呆れたような顔を見せて。
切り替えたように真顔で言うと、エリーも真顔で頷いた。
「ところで、今から急いで馬借りれるところありますかね?」
「ああ、それだけど……『跳ぼう』と思うのだけど」
「……それ、私も考えましたけど……大丈夫、ですか……?」
「……多分」
現時点での選択肢で、間違いなく一番早いのはそれだ。
だが、結局試したのはあの時だけ。
……エリーは色々と覚悟を決めた。
跳んで帰った王都にて、画商の話を聞き漁る。
悪口悪評山のよう、聞くに堪えない罵詈雑言。
予想通りで予想以上のこの男。
次回:人の噂も
積んだ悪徳、数知れず。




